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『世界の肖像』コミュの崩れ落ちる人びと

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アフリカで最も豊かな国、南アフリカ共和国の
アフリカで最も豊かな街の一つ、
ケープ・タウン。

美しい景色も兼ね備えたこの街は、
世界中の人々が訪れる観光地ともなっている。

人々の行き交う道の真ん中で、
1人の青年が死んでいた。

彼は、南アフリカ共和国の隣の国、
ジンバブエからやって来た青年だった。



アドニス・ムサティさんが生まれた
23年前は、
ジンバブエは、南アフリカ共和国と並ぶ、
アフリカの先進国として栄えていた。


イギリス領だった時代から、
ローデシアと自分勝手に名乗って、
アパルトヘイト(人種隔離政策)を行っていた
白人の少数独裁政権は消滅し、

新しい国ジンバブエとして独立したばかりだった。

それからのジンバブエは、
アフリカの先進国として、
経済的、文化的にも発展して行った。



だが、それは、10年前までの話だ。


ムサティさんが大人になるころには、
1980年の独立以来権力を握り続けている
ロバート・ムガベは、
世界に悪名を刻もうとしているし、
かつては60歳だった平均寿命は、
たった10年間で40歳にまで落ち込み、
政策とともに崩壊した経済は、
失業率80%、
インフレ率16,000%にも達し
世界最悪の状況となった。



ムサティさんは、
南アフリカ共和国へと向かうことを決意した。

働いても、お金は、もう意味を成さず、
例え、何百万という単位のお金があったとしても、
店には、食べ物も何も無かった。


一方、隣の国、南アフリカ共和国は、
アフリカを代表する大国だ。

BRICSと呼ばれる国の一つにもあげられるほど、
経済発展で世界的に注目されている。


そんな国が、ジンバブエの
国境のフェンスを越えた向こうにある。


国境を越えたムサティさんは、
当てもないまま、働くための許可証を求めて、
ケープタウンの難民センターにたどり着いた。

だが、そこで待っていたのは、
ダンボールでの生活と餓えだった。


いつまでたっても許可証はもらえず、
飢えと乾きで、
ついにムサティさんは、
ケープタウンの通りの真ん中で、
崩れるように倒れて行った。

その前の4日間は、
何も食べていなかったと伝えられているが、
ムサティさんの家族へは、
ジンバブエ大使館からも、
南アフリカ共和国からも連絡はなかった。



今、ムサティさんと同じように、
仕事と食料を求めて、
25,000人ものジンバブエの人たちが、
ケープタウンにやって来ている。

そして、仕事と食料を求めて、
やって来るジンバブエの人々は、
南アフリカ全体で、
300万人以上だと言われている。


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関連リンク
BBC
Zimbabwean dies queuing for visa
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/7090730.stm

Forty years in Zimbabwe's schools
http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/6566919.stm

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『世界の肖像』
ムバヤさんの80年
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=249573301&owner_id=5766188

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写真
1.ビクトリアの滝
2.ジンバブエ大統領ロバート・ムガベ
3.ジンバブエの首都ハラレ

コメント(18)

私がまだ小学生だった二十年前、お隣モザンビークの内戦で傷ついた子どもたちの手記?や、子ども兵の存在を知り、同じ子どもという立場から激しく憤りを覚えたものでした。
そして今はジンバブエ。
人間が積み重ねる歴史って、青年が故郷を遠く離れた街で崩れ落ちるために重ねられるものなのでしょうか。
外務省が出している南アフリカの渡航情報、ケープタウンの現状が危険情報として克明に記されていました。
「創造的資本主義」がそれを助長しているのでしょうね。
かつては60歳だった平均寿命は、
たった10年間で40歳にまで落ち込み、
政策とともに崩壊した経済は、
失業率80%、

日本では知らない事が山ほどあって知らない事は罪だと感じています。
いつもありがとうございます。
一般的に知られている南アフリカはとても近代的だと思います。

しかしアフリカ大陸(全土の様々な国)と言う視点から見ると、南アフリカの突出した発展(成長?)には少し違和感を覚えます。

上記の皆さんのコメントからも頷けるモノが沢山ありました。
世界人類が平和でありますように。

オーム ナモー ナーラーヤン
なぜ、皆んなが幸せであることを第一に考えられないのでしょうか・・・。
遠い国の話ではなく、身近なこととして捉えて、
多くの人がこの事実を知って状況を変えようと動けば、
世界は変えられるのではないかと乙女座揺れるハート
南アフリカはジンバブエからの来る難民流入を抑止してるんだろうね。
地図上には線が書かれてるけど、地上にはどこにも引かれていない境界線・・。
でも、見えない境界線が餓えで苦しんでいるジンバブエの人たちを苦しめているんだろうね。見えるなら簡単に消しゴムで消せるのにね。
飢えと貧困・耐えられない事実ですね。
アフリカの悲劇は旧殖民国の資源獲得の代替戦争ですね。
そして部族間の戦争に暗躍する武器商人の暗躍が悲劇を大きくしています。
国連の安保常任理事国の反対で武器輸出の禁止条約が成立が日の目を見ないのは大国のエゴが世界中を不幸にしています。
>国連の安保常任理事国の反対で武器輸出の禁止条約が成立が日の目を見ないのは大国のエゴが世界中を不幸にしています。

国連の安保常任理事国というのは拒否権(5カ国が全員一致しないと議決できない権利)をもつ、ご存知米・英・仏・ロ・中です。
それぞれの大国が反対しているというのは、その国の政権が輸出禁止を求めていないからであり、その国の国会が輸出を禁止しようと提案または決議をしないからであり、その国の国民が、そんな政権や国会を容認しているからです。
それぞれの国の市民が声を上げ、その数を増やすことしか方法はありません。

国連など国際舞台での自国のスタンス(賛否いずれの立場をとっているか、またその理由)を国民はあまりにも知りません。これも自国の政治の一部ですから知らないでは済まされないし、知らずして国民の責任を果たしているとは到底言えません。

白人政権下で政治犯として投獄されていたネルソン・マンデラがアパルトヘイト崩壊と同時に釈放され、やがて南アの大統領になった時、南アで『虹の国づくり』が始まった。これまであった人種間の憎悪と確執に終止符を打ち、希望のある新しい国づくりをすすめようと始まった『虹の国プロジェクト』

その後南アはどうなったか?
どこでつまづいたのか?
いつから他のアフリカ諸国を搾取するようになったか?
詳しく知っている方、教えてください。

ジンバブエ、
ボブ・マーリーが独立記念式典で歌ったときの映像を思い出しました。
そのときの国民の希望に満ちた顔・・・

長期に亘った白人支配の傷跡が政治経済の歪みとして表れているのでしょう。
そしていま現在においてもアフリカは常に犠牲者であり、
北の強力な資本主義の食い物とされ続けているのですね。
「一部の権力者が利権を争い・・・」とはよく言いますが、それがいかに本当に「一部」であるか。
「人の痛みが分からない」とはよく言いますが、単純に殴られれば痛い、見下されれば苦しい、見放されれば希望がなくなる、この単純な「感覚」がどれほど消えてしまっているか。
最低限の、「生きる」という希望が消えませんように。
働いてお金をかせいでもお店に食べ物がないという状態。貨幣価値がないのに働く意欲はなくなるでしょう。アフリカの富はあるひとには想像もつかぬほどあるのでしょうが、その影には餓死する人もたくさんいるのですね。やるせない気持になります
言葉もありません。なぜムガベはこんなに自国民を苦しめるのか、なぜどの国も国連も助けないのか。
政治や経済で動く社会はいらない、心で動く社会が欲しいとただそうとだけ思いました。

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