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海外現代文学コミュの藤井光の海外文学翻訳論

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「第二の思春期」の社会人が読むべき翻訳小説は 藤井光さんに聞く
2017年10月4日

http://www.asahi.com/and_M/articles/SDI2017100346321.html?iref=comtop_fbox_u08


 いま、翻訳小説が面白い、と言われて、「そうそう!」と思う人は多くはないだろう。海外小説といえば、何かの折に読んでみたが結局よく分からなかった……そんな人も少なくないだろう(筆者もそのひとりだ)。

 しかし、現代の米文学作品をはじめ、多くの翻訳を手がける藤井光さんは、「僕みたいな30代後半の人間に、現代の翻訳小説は大事なことを伝えてくれます」と語る。藤井さんは、翻訳と同時に自ら『ターミナルから荒れ地へ 「アメリカ」なき時代のアメリカ文学』(2015年、中央公論新社)というエッセイ集も手がけ、同志社大学英文学科准教授として教壇に立っている。

 現代の海外小説の面白さはどこにあるのだろうか、私たちの言葉でそれらを届けてくれる藤井さんに、その魅力や翻訳する際に気をつけていることを聞いた。

       ◇

――エッセイ集からは、学生さんたちと小説を読みながら、世界について考えている様子が伝わってきました。授業ではどのように教えているのでしょうか。

 僕は、学生たちと一緒に、僕自身の感覚や知識からはみ出た、いろんな発見をしたいと考えています。授業では作品を読むことが基本ですが、どの学期も、物語に応答して何かを「つくる」ということをやってもらっています。これはマヌエル・ゴンザレスの「操縦士、副操縦士、作家」という短編を読んだ学生がつくってきたポスターです。

――『ミニチュアの妻』(2015年、白水社)所収の短編ですね。ハイジャックされた飛行機が登場しますが、なぜか墜落することもなく20年の月日をダラス上空で飛び続けており、ダラダラした日常が描かれている。このポスターはすごいですね。


 「マヌエル・トラベルグループ」のパッケージ旅行、ということのようですね(笑)。空き瓶の底に成形したスポンジでビル群を仕込み、水を入れるとスポンジの飛行機が浮かぶ、という作品を持ってきてくれた学生もいます。こうした学生の「すごいアイデアを思いついた!」という感触と、作家が不思議な世界を描くときの発想は、かなり近いと思います。かつては海外小説というと、大作家が書斎のなかで何かすごいことを書いて僕たちに伝えてくれる、というイメージでした。

 一方、いま世界で話題の現代文学は、僕たちの隣の部屋にいるようなお兄さん、お姉さんがふと思いついて、抜群の言語センスがあったので生まれた、という作品が大半です。

――藤井さんは、新世代の作品であったり、メキシコからの移住作家など英語が母語ではない作家の作品群であったりと、幅広い小説を訳されていますよね。どういった作品を選んでいるのでしょうか。

 大きな軸としてあるのは、ほとんどが戦争の話ですね。題材には内戦も、ベトナム戦争も、第二次大戦もあります。その延長線上に僕らのいまの日常がある。戦争を扱うそうした小説は、人間の普遍的なもろさや危うさを描き出していると感じています。

 戦争が起きていない社会に住む人であっても、例えば家を買う時や子どもの学校を選ぶ時でも、災害から犯罪まで何らかのリスクを想定しながら生きていると思います。こうした日常からふと、一歩敷居をまたいだら、地続きに戦争の世界がある。戦争や軍事行動は今ではリスク管理の発想で語られますから。そうした感触が描かれた作品を、僕は日本語で紹介している気がします。

――翻訳なさったセス・フリード『大いなる不満』(2014年、新潮社)に収められた「フロスト・マウンテン・ピクニックの虐殺」は、悲惨な死が毎年勃発するのに恒例のピクニックをやめられない街の人々が描かれていて、非現実的ですが、どこか身に覚えがある世界を書いています。


 アメリカ文学の翻訳をしていますが、決してアメリカの話と片づけることはできません。むしろ、作家自身もアメリカのことをあまり意識せずに、最初から「現代社会の人たち」という枠を設定して描いているような節がある。作品を読むと、身近に迫ってくる問題ばかりだなあ、と感じています。

――藤井さんは、空港のような「ターミナル」から、もっとボーダーレスな「荒れ地」を作家たちが描くようになってきた、と論じていらっしゃいましたね。

 空港の「ターミナル」は、スピードや効率が最優先されて人が振り分けられる、機能最優先の空間ですよね。無駄なく情報と人がやりとりされ、伝統へのこだわりや歴史性は重視されない場所です。グローバル社会におけるビジネスパーソンは、その機能美に乗ってスムーズに移動するでしょうし、そうした「ターミナル」は、自分の持っている能力だけで勝負ができるという現代社会の構造と似ています。そして、アメリカが理想に掲げる多文化主義の社会像とも、きれいに重なりますよね。

 しかし、その機能美を支えるために、空港あるいは社会で働く人々が必要です。例えば移民たちです。彼らは、「ターミナル」をスムーズに移動できる搭乗券やIDは持たず、仕事にクレームをつけられたら生活がガラッと一変してしまうような危うさのなかで生きている。作家たちはそうした矛盾に気づいていきます。「ターミナル」的な社会の中で矛盾がぶつかりあっていることを発見し、その“裏側”である、もっと複雑な文脈が入り乱れた「荒れ地」を描こうとしている――それが、僕が小説を翻訳していて感じることです。

――藤井さんもそうした「荒れ地」を描く作品に惹かれるわけですね。

 はい。ただ、これは微妙な話なのですが、例えば、移民の人が描く典型のひとつとしてアイデンティティの葛藤と解決を描くものには、正直に言えば僕はあまり惹かれないのです。僕は政治的にはこうしたアイデンティティの問題は絶対に解決されるべきものだと思うものの、その先の想像力を発揮するべきものが小説であると感じるのですね。

 例えば家庭のなかでは親の生まれた国の言葉を用い、学校など家の外では英語を用いる主人公がいる。そのうち、両者のどちらに自分は属しているのか思い悩み始め、二転三転するうちに、「ああ、自分はどちらも受け継いでいるアメリカ人だ」と納得する物語のパターンがあります。

――ハイブリッドな文学の定型ですよね。

 それは、各グループが自分自身の伝統を肯定しながら「アメリカ人としてアメリカ社会の一部であれ」というアメリカの多文化主義的な理想と重なるわけです。一個人としてそうしたアイデンティティの決着を見ることは幸せだと思いますし、大事なことです。しかし、そこで自分探しをしても、そんなきれいには収まらないアメリカの姿を小説は描かなければいけないのではないか。そんな気がしてなりません。

――それこそアメリカだけではなく、日本でもどこでも、現代社会の普遍的な問題ですよね。

 繰り返すように、アイデンティティの解決は、政治的には正しいですし、きちんと実現されるべきものだと思います。しかし一方で、なんらかのグループに帰属して安心したいとは思わない、つまるところ誰にも尻尾を振りたくないという作家たちがいる。自分自身を支えていると思っていた基盤がなくなってしまったような、そうした殺伐とした「荒れ地」を想像力で描きたい――そんな作品たちがあるのです。

――藤井さんは、翻訳に際して、作品や世界に対してとても謙虚な立場を取られていますね。

 エゴが強いタイプの人は、文芸翻訳はやりきれないのではないか、とは感じます。そもそも、自分を越える何かを物語として受け取り、それにどう応えようかと書き手として自分を問い詰めながら描かれているのが元の小説であり、その小説にどこまでこたえられるのかということを、翻訳者はときには何年もかけて考えるわけですね。

 そうした思いを受け継がなければと思いますし、一方で、翻訳はそうやって元の小説を受け止めて、後につづく、未来の読者にバトンを引き継いでいかなければいけません。

 自分探しをしている場合ではないというのはここにも関係していて、自分のアイデンティティが見つかったと納得することは、結局は「自分ファースト」に過ぎないのかもしれないのですね。そうではなくて翻訳というのは、究極のことをいうと、「自分がいない世界」――つまりは自分の死後の世界まできちんと想像できるかどうか、という点にかかってきます。翻訳というプロセスを日常的に経験しているので、余計にこう感じるようになっていってしまうのです(笑)。

――そうした感覚は、日々あくせく働いていると失いがちですね。

 30代後半になり、人生における「第二の思春期」に入ったように感じます。社会人になってから数えるとだいたい十代後半、まさに社会人としての思春期ですよね。仕事もできる範囲が増えて来て、一方で周りの目や評価も気になってくる。そして「自分」を生きることに必死になればなるほど、人に迷惑をかけることも多くなる。

 僕は逆に、平均寿命からいうと、おおよそ自分の命の半分は終わったな、むしろ死者との距離が近くなってきたな、ではどう過ごさなきゃいけないだろう……と最近つとに考えています。やっぱり究極的には、自分がいなくなってもまだ続いていく世界に対しての畏敬の念があって、それを踏まえて、人に対してどういった行動をすればいいんだろう、という思考になっていきますね。翻訳小説を手がける、読むといった経験は、もしかしたら、そういうふうに発想を変えることにつながるかもしれません。

(文・ライター 宮田文久、写真・佐伯慎亮)

コメント(1)

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO25893920Z10C18A1BC8000/

英語文学 翻訳に新風
多様な世界の今 リアルに映す

 英語文学の翻訳に、30〜40代の訳者が新風を吹き込んでいる。英語圏の内にも多様な文化的・言語的背景を持つ作家が現れ、言葉のニュアンスが複雑さを増すなか、世界と文学の「今」をとらえる訳文に挑戦している。

複雑な言語的・文化的背景を反映した翻訳作品が増えている


 昨年秋に翻訳刊行された「ぼくらが漁師だったころ」(早川書房)はアフリカ・ナイジェリア出身で、現在は米国在住の作家、チゴズィエ・オビオマのデビュー作だ。英国の権威あるブッカー賞の最終候補に残り、話題を呼んだ。

 ナイジェリアの小さな町に住む4人兄弟が神話的な暴力にさらされる物語。ナイジェリアの言語環境を映して、主人公は学校では公用語である英語、友人とは現地語のヨルバ語、家族とはイボ語を使う、という設定だ。作品は英語で書かれている。

翻訳を手がけたのはアフリカ文学者の粟飯原文子氏(43)だ。粟飯原氏によると「イボ語特有の表現を、あえて直訳的な英語で書いている部分がある」。その原文の調子を出すため「ぼくの心が証明している」といった、日本語としては違和感のある訳文も試みた。「そこに作者の意図がある。日本語の読者も、立ち止まって考えるものにしたい」と語る。

非西欧にルーツ

 今日、英語圏では非西欧にルーツを持つ作家が台頭している。2000年以降のノーベル文学賞を見ても、トリニダード・トバゴ出身のインド系作家ナイポールや南アフリカのクッツェーがいる。昨年受賞したカズオ・イシグロは日本生まれの英国人作家だ。

 原文ににじむ文化的・言語的背景や、母語と英語が混交したハイブリッドな感覚をどう反映するかが、翻訳の現場に問われている。

 作家で翻訳家の谷崎由依氏(39)はジンバブエ出身のノヴァイオレット・ブラワヨ著「あたらしい名前」(早川書房)でその課題に挑んだ。米国に移住する少女の日々をつづった自伝的な小説で「繰り返しを多用する文章には、1つの単語を重ねて強調する、アフリカの言語感覚が反映されている」と話す。

 回想以外はすべて現在形で書かれているのも特徴だ。「『…みたい』『…だから』など文末表現を工夫し、少女が知っている英語だけでしゃべり続けるような、原文のリズムを再現した」

 メキシコ出身で米国在住の作家、サルバドール・プラセンシアの「紙の民」(白水社)を訳した英米文学者の藤井光氏(37)は「規範的な英語になじめない作家が英語という材料をいじっているうちにできた物語には独特の美しさがある。それに目を向けたい」と話す。

 たとえばインド生まれでアブダビ育ち、米国在住のディーパク・ウニクリシュナン(日本未訳)の小説では、1文が時に160単語を超す。このような場合は「意識して異様さを醸し出すより、素直に訳すことで特有の違和感を表現する」。

 昨年は、イラクからフィンランドに亡命したハサン・ブラーシムの短編集「死体展覧会」(白水社)を英語版から訳した。原文はアラビア語。重訳ゆえに「もとの文化の響きを少しでも伝えるため」(藤井氏)「預言者の言行録(ハディース)」「天女(フーリー)」などあえてルビを細かく振った。

原文尊重の流れ

 多言語・多文化に向き合う翻訳は、おのずと原文を尊重する方向へ向かう。英文学者の山本史郎氏は「米国でも、自然な訳文にしすぎないほうがいいとの考えが出てきている」と指摘する。

 日本は翻訳大国といわれる。明治・大正期には名だたる作家・詩人によって訳の正確さより日本語の格調を重んじた訳書が出され、その後は原文にひきずられた「翻訳調」の訳書も多かった。

 1990年代以降、村上春樹氏や柴田元幸氏、鴻巣友季子氏といった現在50〜60代の翻訳家たちがこれを刷新する。原文の味わいを生かし、日本語としても自然な文体が普及して、翻訳の質は格段に高まった。

 さらにその下の世代は、正統な英語や日本語の表現というルールに縛られない柔軟性を備えている。80年代以降、西欧・非西欧を問わず流入した豊富な海外文学をリアルタイムで摂取し、古典もサブカルチャーも等価に受容してきた世代。米同時テロ後、世界は多様で複雑であることを皮膚感覚で知ってもいる。

 藤井氏は「先行世代と比べて、自分たちが使う語彙は少ない。それは現代の作家がシンプルな単語を使いながらユニークな世界を作ろうとしているからだ」と語る。翻訳のあり方も世界の姿を鋭敏に映し出している。

(文化部 桂星子)

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