ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

蛍の唄が響き渡る三次元コミュの自伝的短編小説 『ブロンドの彼女はパンクロッカー』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


 『ブロンドの彼女はパンクロッカー』
 
 
 0.


 僕がしまわれている鳥篭の中の気温は、熱中症になるくらいの温度で、睡眠なんか取れる状態じゃないから、僕は一足早く、眠い目をこすりながら出かける用意をしようとした。
 羽根は抜け落ちるものだけど、いつか生えてくるはず。生きていればね。それを悟った僕は、昨日までの過ちを、全て水に流してまた新たな道を歩こう、と心に決めていたから、とりあえずセブンスターに火を点けた。

 目の痛くなる白い煙は、籠の中から大気の中へ消えていく。薄っすら残るあのもやは僕の中途半端な覚悟のようだ。ずるずると引きずり、その場に残り続ける。腹が立ったから空気を殴った。勿論、空振り。他人が見たらどうかしてる、と思うだろう。そういう人間なのだ、僕は。でも、僕からしたらそういう人間的な行動を、自らで決めた枷に身を委ね抑制する人間の方がおかしいと思うのだけれど。君はそれをどう思う。僕は少なくともおかしい奴、インチキだと思うよ。

 TVを点けると、いつものようにバカっぽい人たちが、なにも変わることのないこの世の中の為にお喋りしている。彼らは自分たちがとても無力だと痛感し、情けなさの極致にいるのではないか。彼らはギャランティを番組からもらえればそれでいいだけの薄い人間なのだ。所詮はマスコットキャラクター、唯の顔なのだ。
 
 さりげなく、君は僕の吸っていた煙草を消した。それはなにを意味するのか考えてみたけど、ただ単に君はセブンスターの匂いが嫌いなのかなって思った。だから、僕は変わりにマンゴーの味がする、砂糖水のような甘いものを飲んでみた。ひどく冷たくて、爽やかな味に感じた。それは、雨の降っているこの街の憂鬱な海の香りも吹き飛ばすかのような激しい感覚で、僕はふいに、イラついた。人間は思考し、吐き出せる動物で、僕はそれをしなくてはならない人間だと自負している。それは僕という人間のナルシズムとエゴを表している。彼女はそんな僕を受け入れてくれた。拒否されることに慣れていたから、最初は蹴りを入れてやった。悪いと思っている。でも、そうやって普通に洗濯物を干していたり、自分の好きな配分でコーヒーをブレンドして、マンガを読みながら笑っていたり、そういうところがたまらなく愛おしく感じる。別に特別な人間でいなくていい。吐き気がするなら吐けばいい。したければすればいい。欲望のままに生きればいいじゃないか。君は君だし、僕は僕で、人間なのだから。












 1.


 自然の風は驚くほどこの部屋に入ってこない。本当に今年は暑い夏だな、と思う。そばに置いておいて忘れていたアイスコーヒーの中の氷もすでに溶け、水で薄まったまずいコーヒーを口に含む。そんなことをしながらベランダに腰掛けて空を眺めていても、いつまで経っても風は吹いてこない。蝉は鳴きっぱなしで壊れたラジカセのようで。だから君の匂いも僕のそばまで来ないんだ。アンナ、君は今どこでなにをしている。

 太陽の日差しがバカみたいに彼女の肩や頭のつむじやら至るところに向かってナイフを突き刺している。少しムカついて、蟻のように人間の群がる街の真ん中で立ち止まり、睨みつける。ばかなのよ、あんた。と小声で目深く被ったキャップの中で呟く。そしてまた歩き始める。これから彼女が向かうのはある映画の撮影現場のようだ。彼女は女優を小遣い稼ぎにやっている。
 デイシーンの撮影、特に真夏の野外撮影となるとスタッフもキャストに対してかなりの気を遣う。それが私はとても嫌だった。なにが嫌って具体的なことは何も無いんだけど、とにかく嫌な感じがした。そばで日傘を差していてくれるのも助かるのだけれど。他のスタッフは忙しそうに撮影の準備の為の用意をしている。横にいる男はちらちら私の方を見ている。蹴りを入れてやろうかな。気持ち悪いから。

 真っ赤な僕の血が、本当は緑色かもしれないけど、僕の血が廻っているのがわかる。どくどくどくどく忙しそうに動き回っている。心臓に手を当てて、僕はアンナのベッドの上に目を瞑りながら寝っ転がっている。窓からは未だに風が入ってくる気配を感じない。部屋の隅に置かれたステレオからはシケたカントリーミュージックがごろごろ流れてくる。

 蝉の鳴き声は気が付けばもう聞こえなくなっていた。ベランダの影も赤く染まっている。烏が僕の目をベランダの手すりから覗いている。かぁ、と啼いてそのまま飛び立っていく。起き上がって横を見るとアンナも帰ってきていた。寝息も立てないで、キャップも被ったままで寝ている、死んでいるみたいだ。糸が外れて捨てられたマリオネット。長い睫毛が顔から少しはみだしている。僕は長い間そうやって彼女の寝顔を眺め続けた。色んな角度からアホな人みたいに。そして一人で笑ってしまった。バカだな。知っていたけど。
 急に思いついた。冷蔵庫まで歩いていく。トマトケチャップを手にとってしゃぶりつく。とても酸っぱい味が口の中に広がっていく。そのままそれを彼女の顔に塗ってみた。おもちゃのようだ。おもちゃの人形さん。顔が朱色に撫でられて彼女は目を覚ます。細い指で顔に塗りつけられているトマトケチャップを拭い取って舐めるように口に持っていく。僕の目を見て大声で彼女は。笑い出した。だから、僕はステレオから流れているカントリーを止めてヴェルヴェッツに変えてやったんだ。だってその方が彼女に合っているよ。“毛皮のヴィーナス”。彼女はいつまで経ってもそんな存在なんだろう。










 2.



 窓の向こうはどこまでも広く続く闇だった。
 
 後ろを振り返ればこいつが吐いて、置き去りにした白い煙とレールと向こうの方に見える大きな大きな山々の影だけ。
 僕は今日、東京から離れることにした。
 ネオンの光は大分前に泡のように、緩やかに消えていった。耳の奥ではまだがたがたと汽車がレールの上を走る音だけが響いている。目深に被ったハンチングを更に深くして、寝ようかと思ったとき、これから起こるなにかに胸は躍っていたけど、ポーカーフェイスを装って、静かに、本当に静かに眠ろうと思った。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか。窓の外はまだ若干暗い。さっきよりは少し明るくなったみたいだが。なによりもうすぐ街があるみたいだ。羊の走り回る牧場や、それを追いかける犬たち、大鳥の住む山脈。豊かな緑。優しく吹く南風。その風と戯れるような木々。地平線の向こうにはもう彼がその禿げ上がって照りついているおでこを、いつ披露しようかと待ち構えているような空。赤みがかって桃色の空。
 隣に座っていたお嬢さんはすっかり僕の肩に寄りかかって寝ている。すーすーと静かに寝息を立てて。内心嬉しいのだけれど、肩をそっと離して真っ直ぐに立ててやった。新しい街に着いた最初の日に首が痛くて不便なのは誰だって嫌だろう。
 そんなことをしている間にまた眠っていたようで、隣の人に起こされた。汽車は雄たけびをあげる英雄のごとく汽笛を鳴らしている。祝福なのか、哀れみを湛えた遠吠えなのか、僕には判断しかねる部分があるが、ネガティブに進めてもしょうがないので、僕は気持ちよく朝を向かえ、人でごった返す大きな駅に足を降ろした。












 3.
 


 オレンジ色の東京を音速で抜けて、星の子供たちが輪になって先導したこの道を歩いていったら、目指していた港へはすぐ着いてしまった。僕の前から姿を消したアンナを探しに来たのは言うまでもない。彼女は僕の前からいなくなった。

 兵庫県、尼崎。彼女はこの日本の西の都で生まれた。しかし彼女が呼吸をするのと同時に彼女の母親の命は削られ、彼女がこの世界に顔を出したとき母親は息を絶えた。
 当時、二人は旦那の失業保険とわずかな蓄えのみで暮らしていた。父親は職を探していた。しかし、蓄えも底に付いたとき父親は逃げ出した。幼い彼女を病院のベッドに置き去りにして。

 と、今の話を彼女は感づいてはいるだろうが確かには知らないはず。演奏までの短い時間を利用して訪れた保育施設の園長さんが詳しく聞かさせてくれた。

 

 西の果ての都、大阪。ライブイベントで呼ばれたのは都合が良かった。彼女を探しに行くための口実もあったし、なにより相克の双子である尼崎の少年に呼ばれたことが嬉しかった。この日をどれだけ楽しみにしていたか。
 僕はこの町に電気ギターとドラムスだけで降り立った。今の僕には勉強のできる頭は必要無いと思う。言葉を発生させる声と、楽器があれば十分武器になる。人を殺せるほどの武器になる。今日は終戦記念日。この街に来たことで僕は新しい空気を吸える、と思っていた。いや、実際にそうだったと言ったほうが良いのかもしれない。
 この街にアンナはいるだろう。一人で、この街で彼女はなにを思っているのだろう。僕には見当も付かないけど心当たりはまだある。ライブハウスで待っていようか。彼女は必ず来る。僕を観に、一人で、彼女の好きなジャック・ダニエルを片手に持ちながら。











 4.



 西の都での夜は、光の速さをさらに越して大気圏を突き抜けて、空気だけは僕を味方してくれた。昏睡と覚醒の間を行き来しているような感覚だった。一瞬で全ては終わってしまった。こんな19の夏はもう二度と来ないのだろう。帰りの汽車の中でそう思いながら、泣いていた。

 照明も落ちた、50人くらい詰まった狭いライブハウスの中には、若者たちの吐く白い煙の匂いが壁という壁に染み付き、Rollandのアンプから走り出す疾走ギターたちが人々の体を動かしていて。薬と精液とコンドームの残骸が当たりに散り散りにばら撒かれた部屋の中で。あまりの爆音に地下世界以外の人間たちは近寄って来れない危なっかしい香りがじわじわ漂っていただろう。
 僕らの演奏をアンナは観ていただろうか。とんでもなくひどい演奏で、悲しかったけど、どうだろう。観てくれていたのだろうか。僕はまたわからないことだらけで終わってしまった。僕のギターは指から飛び散った血液で染まり、弦は錆び付いていつもの音があんまり出ていなかったような気がして落ちていた。
 綾波children、The Edukators、大阪のこいつらは本当に激しい演奏だった。最高のパンクバンドだった。こいつらには勝てない、と思った。非常に危なっかしい演奏で、混沌とした狂気と若者の熱が伝わってきた。
 僕らはまだこの日本という国で呼吸し始めてまだ19年しか経っていないのだ。次の演奏会も一緒に演りたい。僕は終戦記念日のあの日、本当の友達とめぐり合えた。アンナには逢えなかったけど、あの日のことをいつか僕らが大人になって思い出したとき目頭が熱くなるのだろうと、今からそんなシケたことを思っていて。
 
 そう、アンナは来なかった。



 この都市での三日間、色々なところに連れて行ってもらった。噂に聞いていた“難波”、串カツが本当においしくて、大阪流の食べ方を教えてもらった“新世界”、オレンジ色の光の中のカオス空間である“飛田”、かなりの人でごった返していた“梅田”、東京の下北沢のような若者の街“アメ村”、戦争反対を発信した僕らの地下世界“心斎橋”、原宿より最高な“堀江”。そして、アンナの生まれた街“尼崎”。


 僕が東の都へ帰る日、ファブ似の髪形が似合っていた桝野と、相克の双子である松山が連れて行ってくれた“新世界”は大阪という街の食文化を物語っている最高の街だった。
 そこから歩いて少しのところにある“飛田”。デカダンな香りの充満するこの街で、初めて会ったとは思えない僕ら3人の一体感が生まれ、最高だった。
 桝野は奈良に住んでいるらしく、明日から仕事だと言うので電車の中で別れを交わした。「また会おう」と。松山にも言ったけど、僕らは死なない限り、この日本にいるのなら、800km離れていようと、いつでも会えるのだ。永遠の別れなんかではないのだ。
 それから、大阪でやっと出会った生き別れの双子はまた東と西に別れることになってしまった。あのとき、夜なのにサングラスをかけたのは涙を流しそうなのを隠す為だった。だって照れ臭いだろう。そんなこと無いかな。それくらい僕は、この大阪での三日間が愛おしかったのだ。できることなら、現実を忘れられるなら、“尼崎”にまた戻りたかった。松山と二人で。



 西の都での夜は、光の速さをさらに越して大気圏を突き抜けて、空気だけは僕を味方してくれた。昏睡と覚醒の間を行き来しているような感覚だった。一瞬で全ては終わってしまった。こんな19の夏はもう二度と来ないのだろう。帰りの汽車の中でそう思いながら、泣いていた。そして二度と灰の雨が溜まることの無い風穴がぽっかり空いてしまった僕は、この三日間のことを思い出しながら、全ての人間に感謝をした。そして、彼女のことを思い出し、睫毛と睫毛を合わせた。











 5.



 東京に着くと、雲で覆われたいつもの空が広がっていた。僕らの家の玄関まで着くと、ほっとしてしまった僕がいた。彼女のお気に入りの真っ赤なサンダルがバラバラに飛び散っていて、僕の狭いベッドの上に、お母さんに甘えているのか、そんな風にして寝ていた。横には僕らのライブのフライヤーが何枚も散らかっていて、横から見えるアンナの顔はキリっと立った鼻が綺麗で、キスをしてしまった。そのまま、僕も寝ることにした。もちろん狭すぎて寝れないからソファで寝たんだけどね。それじゃ、またどこかで。








                         2006.8.21 『ブロンドの彼女はパンクロッカー』

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

蛍の唄が響き渡る三次元 更新情報

蛍の唄が響き渡る三次元のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。