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2023年03月27日22:41

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戦時下の動物達(後編)ウクライナのキーウ動物園と桜が咲く平成タヌキ合戦ぽんぽこの舞台多摩丘陵の自然と開発計画 

 今回のは、戦時下のウクライナ首都キーウの動物園と、桜が咲く東京都の多摩丘陵地域の自然の後編である。桜は平和の象徴、ウクライナの首都キーウにも、日本から植樹され、4月下旬には咲く。キーウ動物園の職員と飼育種の絆、多摩丘陵の開発にも焦点を当てる。

 <戦時下の動物達(後編)ウクライナのキーウ動物園と桜が咲く多摩丘陵の自然と開発計画 >

 目次
・第1章 戦時下の動物達 キーウ動物園にて
 (1) 冬のキーウでの電力事情
 (2) ロシア軍による侵攻開始当初の園内の様子
 (3) 戦時下での飼育員と動物達の絆
 (4) 戦時下で再開した動物園 誕生会、そして新しい命
(5) 厳しい冬へ、ロシア軍の無差別攻撃
(6)市民の平和への願い、ウクライナから静岡県河津町へ

・第2章 第2章 多摩丘陵を巡る 小山田緑地、鶴見川源流、長池公園 キーウの桜
 (1) 多摩丘陵の開発
(2) 小山田緑地の大久保分園の様子
(3) 上小山田町鶴見川源流
(4) 八王子市長池公園へ
(5)日本からウクライナの首都キーウへの桜に込めた願い

 写真=1990年に世界遺産に登録されたキーウ市のペチェルーシク大修道院 掲載元 世界遺産プラス https://si-p.net/heritages/225/1220
 フォト

 2023年3月24日付 戦時下の動物達(前編)、ウクライナの自然環境と動物園移送プロジェクト、日本の里山を代表して東京都八王子市長池公園 トモエガモ夫婦
 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984678746&owner_id=32437106


     第1章 戦時下の動物達 キーウ動物園にて

 (1)冬のキーウでの電力事情

前回に続き、ウクライナの戦時下の動物達について紹介する。首都キーウは、冬場の日中氷点下まで下がる中、ロシア軍によるインフラ攻撃により、人々は満足に暖房器具を使えず、度々停電に見舞われていた。ウクライナ政府は、2022年11月28日の段階で、暖房に使われるボイラー施設や火力発電所など計592施設が損傷したことを明らかにした。復旧に当たっているとはいえ、損壊施設が多く、冬まで間に合わない見込みである。日中でも氷点下まで冷え込む中、市民生活への影響が懸念されている。被害を受けた施設の内訳は、ボイラー関連が444か所、セントラルヒーティング関連が128か所、火力発電所が20か所だった。市民が暖を取れるように、政府は発電機を備えた臨時の暖房施設の開設を進めている。これまでに約1000か所で7万6000人以上が利用したという。

 詳細記事 読売オンライン 2022年11月30日付け https://www.yomiuri.co.jp/world/20221130-OYT1T50107/

     (2)ロシア軍による侵攻開始当初の園内の様子

 動物園の飼育種も、ロシア軍の爆撃により、精神的にも不安定な状況に陥っていた。キーウでは、帝政ロシア時代の1907年から開業した動物園がある。飼育されたのは200種類、合計400頭あまりが暮らす。2月24日に、ロシア軍の侵攻が始まると、無期限休園を余儀なくされた。職員は、国外退避、または兵隊への志願により、住み慣れた場所を離れていった。350人のうち侵攻後30人まで減少した。残った飼育員は、家族を伴い、敷地内の施設に移住した。空襲警報が鳴り、ミサイル攻撃を受ける中、使命感から、時に身の危険を犯してまで、職務に励んだ。国内で人気を集める当時47歳のゴリラのトニーは、来園者と顔を合わせることなく、暗い室内で俯きながら過ごすことが多かったという。他の飼育種は、爆撃音などに敏感に反応し、パニックに陥っていた。

 キツネザル母親は、侵攻の最中、数匹の赤ちゃんを産みながら、一匹の育児を放棄した。ゾウは、眠っている最中、サイレン音で目が覚める。不安を抱くゾウを、時に鎮痛剤を打って眠らせるという。動物達を避難させるシェルターは用意されていない。飼育員は、戦況が落ち着くのを願い、世話を続けている。

 詳細 カラパイア 2022年3月12日付け https://karapaia.com/archives/52310920.html

     (3)戦時下での飼育員と動物達の絆

 以下 FRIDAY DEGITALより 2022年6月8日付 ルポ】エサがない、動物に異変…戦火の「キーウ動物園」物語 https://friday.kodansha.co.jp/article/246395?page=1

 戦争により、爆撃被害と共に、物資の輸送網にも影響が出た。動物園では、休園に伴い、入園料(一人当たり120フリヴニャ、日本円で520円換算)が入らず、懐は苦しくなるばかりである。代わりに、再開を見越して、オンラインでの前売りチケットを販売した。収益分は餌代に充てる。

 動物達も平時とは異なることに気付いている。2012年にドイツの首都ベルリン動物園から移譲されたホラスと名づけられた17歳のオスのゾウは、空襲警報音を聞くと、うなり声をあげながら、鼻を振りまわすという。園内で働いて11年になるビクトリアさん(45歳)は、やさしく体をゆすって、語りかけた。「ウクライナは勝つからね、私はここにいるよ」

 写真=ホラスとビクトリアさん
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 彼女の11歳の息子も、園内に移り住み、4畳半程の部屋で生活する。休校に伴い、新調したノートパソコンでオンライン授業を受けているという。

 幸いにも飼育種に直接被害はない。ロシア軍がキーウ州内から撤退する中、道路事情が回復するにつれ、必要な物資が、平時より時間がかかりながらも、届き始めた。

 侵攻当初は、日持ちが悪いカメ用の餌となるレタスを調達できず、室内の蛍光灯を使って、栽培していた。

 3月3日に誕生したキツネザルの子供のうち、母親から育児放棄された一匹は、園長が親代わりとなり、面倒を見ている。

 写真=園長とキツネザル
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 戦時下においても、次の命が育っている。ヤギの出産で、新たに16匹の子供が誕生した。よい乳を出すには、食べ物が必要である。動物園は、蓄えていた干し草を与え続けた。衛生面にも気を使う。糞に関しては、処理業者の回収頻度が下がったことにより、飼育員総出で後始末をする必要があった。

 園内で飼育種と寄り添う職員は、至って冷静だった。安全面を確認したうえで、5月12日に営業を再開し、一般の人々を受け入れた。

    (4)戦時下で再開した動物園 誕生会、そして新しい命

 客足は、平時の70%、動物達が室内から開放されると、飼育員の間でも張り詰めた緊張が、解かれた。当時47歳のゴリラのトニーは、岩場でじっとしながら、来園者に視線を注いだ。昨年腕を骨折したものの、順調に回復しているという。

 8月8日にトニーは、無事48回目の誕生日を迎えた。動物園がフェイスブックのアカウントで報告している。ささやかなプレゼントとして、木の実を用意した。木の切り株に置かれたプレゼントを、じっとみつめている。

 写真=木の実を見つめるトニー
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ゴリラは、動物分類上我々と同じヒト科で、ゴリラ属に含まれる。1300万年頃前まで共通の祖先を持っていた。感受性が豊かで、ヒトと心を通わせるという。戦時下においても、飼育員との心は通じていた。

 キーウ近郊は、度々ロシア軍のミサイル攻撃があるとはいえ、大規模な衝突はおきていない。湿度が低い分、夏はからっとしていて、過ごしやすい。

 2022年7月5日、園内で、2頭のアメリカバイソンの赤ちゃんが誕生したと発表した。名前は6月27日産まれのヴァルタ(編集注:警護隊の意)と、7月4日産まれのヴィキンフ(編集注:海賊の意)である。母親はヴェスタという。

 詳細 写真 掲載元 UKRAIN FORM https://www.ukrinform.jp/rubric-society/3522242-kiu-dong-wu-yuandebaisonno-zigapi-dan-sheng.html
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 バイソンの妊娠期間は274日から285日、子供は生まれた直後には、立ち上がり、その日のうちに歩けるようになる。動物園では、先の見えない戦時下の生活に不安を覚える国民に一筋の希望を与えるべく、すぐに赤ちゃんをお披露目したという。飼育員も来園者も「この子がストレスなく、無事に過ごせますように」と祈りをささげた。バイソンの平均寿命は野生下で15年から20年、飼育下では25年といわれる。空襲警報がなれば、直ちに来場者は安全な地下室へ、動物達は室内への退避を迫られる。戦時下においても、動物園では、日々命の営みが繰り広げられていた。

       (5)厳しい冬へ、ロシア軍の無差別攻撃

 夏場、戦況は膠着状態だった。8月下旬頃から、ウクライナ軍はアメリカから供与されたハイマースを使って、戦況を優位に進め、失った土地の奪還に成功する。ロシア側は、東部ドンバス地区の完全制覇に目標を絞り、徹底的に攻撃を加える。
 
 転機は10月に起こった。クリミア大橋の爆破事件をきっかけに、ロシア軍がインフラ施設を狙った無差別攻撃が行われると、冬場に電力需給が逼迫した。11月26日の情報によると、高電圧送電施設などの55〜70%が損傷した。

 動物園では早くから対策を練った。薪ストーブを導入し、停電時でも暖をとることができたのである。2022年12月の段階で園内に自家発電機を2機用意した。北東部ハルキウ州の民間動物園に暮らしていた雌のトラ1頭、南部ヘルソン州から避難したサイやヤマアラシを含め、200種が越冬しているという。

 詳細 CNN.co.jp 2022年12月18日 https://www.cnn.co.jp/world/35197559.html

 戦争の最中、飼育員は身の危険にさらされながらも、逃げ場のない動物達に寄り添い続けた。キーウでは寒い冬を越えて、春を迎えた。軍事侵攻から13ヶ月、一向に収まる気配はない。人々は、度々ミサイルが上空を飛行する中でも、日常取戻し、朝型には地下鉄に乗り、オフィスや学校へと向う。商店街も通常通り営業していた。

     (6)市民の平和への願い、ウクライナから静岡県河津町へ

 戦時中、少しでも動物達の身の安全を考え、移送プロジェクトが粛々と進んでいる。静岡県河津町の動物園「iZоо」は、2022年からウクライナの動物園から、爬虫類の受け入れ準備を進めてきた。停電が度々起こる環境下で、温度調節が不安定になる爬虫類は、健康被害が懸念されていた。2023年3月21日、i Zooは、南アフリカ原産のアルマジロトカゲの一組を譲り受け、展示を始めた。一刻でも速い戦争終結を祈り、繁殖を目指すと誓った。

写真=アルマジロトカゲ 掲載元 あなたの静岡新聞 2023年3月24日付
https://www.at-s.com/news/article/shizuoka/1213262.html
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 ロシア軍によるウクライナ侵攻が長期化するに連れ、我々人と共に、動物達の精神面や生態にも影響を及ぼしている。キーウの市民の間で空襲警報は、もはや日常と化している。戦時下にも関わらず、飼育員は、平時どおり動物達と共に、戦争終結を祈りながら、過ごしている。
 

   第2章 多摩丘陵を巡る 小山田緑地、鶴見川源流、長池公園 キーウの桜

 3月24日(金)多摩地区で午後2時30分頃から土砂降りの雨に見舞われたこの日、午前中は、日差しが降り注いでいた。気温は20度、坂道を自転車でこぐと、汗ばむほどの陽気だった。

           (1)多摩丘陵の開発

ウクライナでは、戦況が落ち着いた地域でも、度々上空を飛行するミサイルに警戒を強める。空襲警報が鳴り響くと、人々は仕事や家事、育児をいったん中断し、地下壕へと避難していた。

 日本では1945年8月15日の終戦以降、平和憲法の下、他国の武力衝突に加わらず、経済発展に力を注いだ。多摩丘陵地域は、高度経済成長期まで、手付かずの自然が広がっていた。1994年に全国の映画館で公開されたジブリ作品「平成タヌキ合戦ぽんぽこ」で描かれているとおり、タヌキたちは山の中で身を寄せ、自生した木の実を食べながら過ごしていた。我々人は、森の中の1角にある畑を耕し、野菜を育てていた。人とタヌキが、恵みを享受していたのである。

 写真=平成タヌキ合戦ぽんぽこ 掲載元 MOVIE WALKER https://moviewalker.jp/mv28137/
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 転機は、高度経済成長期に当たる1960年代後半だった。都市部へ働きに出るサラリーマン用の住宅難を受けて、大規模な造成・開発が行われた。1971年に多摩丘陵の東側の諏訪団地から入居が始まり、西側へと事業規模が拡大する。住宅地に代わるにつれて、タヌキ達の居場所は極端にに狭くなった。作中のタヌキは、二者択一を迫られた。わずかに残る森の中に身を寄せ、食べ物の不足分を、人里に出て残飯などで補うのか、またはヒトの姿に化けて、新たな世界に溶け込むのか、限られた選択肢の中で、雑食性のタヌキは、適応力が高く、それぞれ分かれて暮らした。これまで一つの社会を築いていたタヌキの世界は、分断されたことに変わりない。経済活動により、タヌキが犠牲になった事実がある。

小山田緑地の最寄駅となる多摩市の西端に位置する唐木田地区は、1987年のバブル期以降開発に着手した。神奈川県川崎市麻生区の新百合ヶ丘駅と多摩地区を結ぶ、小田急多摩線は、1974年6月1日まで、諏訪団地が最寄の永山駅まで開通した。翌1975年4月23日には多摩センター駅の開業に伴い、路線距離が2,3キロ伸びた。現在始発の唐木田駅開業は、バブル期の1990年3月27日だった。町田市北部小山田緑地との境目に位置する清掃工場の受け入れと引き換えに、小田急線69番目の駅として開業へこぎつけたのである。新百合ヶ丘駅からの距離10,6キロ、谷戸地形の唐木田は、元は湿地帯だった。駅から長池公園方向となる西側へかけての緩やかな傾斜地に一戸建て住宅が並ぶ。

写真 掲載元 唐木田駅周辺の日産販売店 「キューブ」より
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一方、東側の多摩市鶴牧地区の方は、斜面を造成し、バブル期に公団により、集合住宅として分譲した。駅から最もアクセスがよい、集合住宅は西側の斜面の麓に位置するエステート中沢である。分譲時は1993年、総戸数153戸、間取りは74.99平米から132.49平米になる。駅改札口からの距離は、およそ100メートル、新宿駅まで座って通勤できる便利さから、ファミリー世帯を中心に人気を集めた。分譲時から、入れ替えがなく、定住化すると、高齢化に拍車がかかる。

 より沿線地域を活性化するべく、2033年を目処に小田急多摩線の延伸計画が進む。当初は、全国30ある政令都市の一つ、神奈川県相模原市の住民の利便性を高めるため、唐木田駅から、JR横浜線の相模原駅を経て、8,8km先のJR相模原線の上溝駅まで結ぶ構想を持っていた。

 写真 掲載元 Munetora train ofiicial blog https://munetoratrain.com/2021/10/08/odakyutamaline-sagamihara/
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鉄道の延伸には、土地の買収、駅舎の設置等、国の建設国債に頼るしかない。採算面が見込めず、JR相模原駅まで先行して開業する方向で調整に入った。途中、鶴見川源流に程近い、町田市小山田バス停付近に一駅設ける予定である。開業に先立ち、JR横浜線相模原駅北側の米軍基地の一部の返還にこぎつけ、鉄道が引きやすくなった。予算の都合上、上溝駅まで延伸の目処は立っていない。上溝駅周辺では、横断歩道や商店街で、小田急線延伸の弾幕が掲げられている。実現できれば、東京都多摩市周辺地区と、神奈川県相模原市のアクセスが楽になり、住民同士の行き来も盛んになる。人口減少時代、鉄道の延伸計画の実現には、ハードルは高い。相模原市は、予算をつぎ込み、多摩線の延伸に向けて、働きかけを行っていく。都市郊外の東京都多摩市と鉄道空白域の町田市北部、神奈川県相模原市の未来がかかっている。

       (2)小山田緑地の大久保分園の様子

 午前11時代から、町田市北部下小山田町に位置する都立小山田緑地と上小山田町の鶴見川源流、尾根沿いの八王子市長池公園を回った。

 リンク 小山田緑地 大久保分園の地図 園内マップより
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/map063.html

 写真 掲載元 As Time Goes By 雪の小山田緑地(周辺)と鶴見川源流散策より
必 赤色の矢印の先が長池公園 私が辿ったルートとほぼ一致している。
 http://time2011.blog40.fc2.com/blog-entry-286.html
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 直近の小山田緑地と続く舞台長池公園の関連日記 2023年3月17日付け 早春の多摩丘陵地域の植物と野鳥、夜景(後編)
 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984628468&owner_id=32437106

 敷地面積は44ヘクタール、今年3月になり、谷戸部に位置する梅木久保分園の一本道から本園の管理事務所を経て、池まで散策した。

 3月24日(金)は、梅木久保分園から、瘤のように聳え立つゴルフ場を跨ぎ、西側に位置するとんぼ池のある大久保分園を訪れた。最寄の小田急線多摩線の始発唐木田駅まで距離にして、およそ1キロ強、林の中の道を抜ければ、山中分園を経て、全長16,6キロメートルになる南多摩尾根幹線道路に突き当たる。神奈川県相模原市橋本駅の南へおよそ1km地点から、東京都稲城市JR南武線矢野口駅とを結ぶ道路は、高低差110m、ロードバイカーの定番コースとしても知られている。

尾根幹線から西へおよそ1,5km先が、八王子市長池公園、まっすぐ数百メートルいくと、唐木田駅である。

 傾斜地に跨る大久保分園は、辺り一帯樹木に覆われている。トンボ池から尾根部にかけて、木道が通っていた。周辺には、まばらに住宅があるものの、物音が立たず
、静寂に包まれている。尾根部にある東屋では、年配のグループ客が、ソメイヨシノを鑑賞しながらお弁当を食べていた。

  写真=尾根部からトンボ池を俯瞰する

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 トンボ池のそばには、昔ながらの農家がある。丁度家の主の年配の女性が、腰を落としながら、鉢植えを並べ替えていた。他の散策客は、遠目から庭を鑑賞しながらも、傾斜地に跨る池に目を向けていた。私は、家の主が戻る頃を見計らい、シャッターを切った。

 庭先の写真
フォト フォト

 庭先に育ったのは、ピンクと白の桃の花である。古来から人々は、中国原産のモモを観賞用、または果汁用として栽培してきた。色鮮やかな花は、我々人と共に、蜜を求めるメジロやヒヨドリ、シジュウカラなど、住宅街で身近な野鳥をひきつける。遅咲きの梅の花が散る頃に顔を出す桃は、初春を告げる花だった。

      (3)上小山田町鶴見川源流

 2番目の訪問地は、町田市上小山田町の鶴見川源流の森である。先日3月20日(月)BSプレミアムで午後8時から初回放送される「ワイルドライフ」の舞台にもなった。鶴見川の全長は42,5キロ、多摩丘陵の1角に位置する町田市上小山田町の谷戸部に端を発する。多摩丘陵を東流し、低地の京浜工業地帯を跨ぎ、東京湾へ注ぐ。

 外部リンク 鶴見川原流域の写真と八王子市名が行け公園の写真 鶴見川探訪 2007年12月16日付 https://kk810558.sakura.ne.jp/turumi3.htm

 写真=立ち入り禁止用の策に囲われた泉  
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 写真=源流部の1角
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 源流部の湧水量は1日1300トン、傾斜地を伝った水が、低地から沸き出していた。谷戸部に位置する上小山田町は、古くから稲作が盛んにおこなわれていた。今なお高齢者を中心に、畑仕事に勤しんでいる。

 源流部の泉を西へ進むと、案内板がある。左手は尾根幹線、右手には源流部の森と表記されていた。源流部の森は、自転車で立ち入ることができないほど、ぬかるんでいる。NPO法人によって管理され、観察エリアは限られていた。

      (4)八王子市長池公園へ

 さて、自転車に乗り、緩やかに曲がった道を登り、尾根幹線へ出て、信号を渡り、長池公園に向った。

 これまで紹介したのは、長池公園北部の築池と小高い丘の麓に位置する観察デッキだった。今回訪れたのは、南園トラスゾーンと外周園トラスゾーンである。

 以下 長池公園の地図 八王子市東由木地区公園より 
 https://www.h-yugi.org/nagaikepark

尾根幹線に面した南側園トラスゾーンの入り口では、道の両脇に咲いたヤマザクラの白一色の花が出迎えてくれた。

 写真=ヤマザクラ並木
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 写真=ヤマザクラの花びらをアップ
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 南側の並木道とゆうひ展望台を結ぶ階段沿いに、紫の花をつけたミツバツツジが咲いていた。

 写真=ミツバツツジ
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 ミツバツツジは、日当たりの良い場所から明るい半日陰を好む植物である。日陰に咲いた株は、花数が少ない傾向にあるという。

 山里や丘陵地などでも自生する。人口の茶色一色の杉林に、紫の花はひときわ引き立つ。

 お昼時訪れた長池公園の南側エントラス付近では、年配の散歩客を中心に、瘤のように盛り上がった小高い丘の上で、シートを広げて、お弁当を食べていた。空は曇ってきて、日差しが弱くなってきたものの、日中20度を超える気温から、薄手姿で出かける人々の姿があった。

 南側エントランスで、花を観賞したあと、北側の築池まで自転車を走らせた。カタクリは24日時点でも健在だった。公園の外側の道路に咲いていたヨウコウザクラは、散りつつある。一方、築池で越冬していた一組のトモエガモ夫婦の姿は確認できた。

 長池公園から、多摩市側へと自転車で走る最中、丘陵部に住宅街が並ぶ唐木田1丁目のお花見広場から、写真を撮影した。

 詳細 地図 唐木田の道より https://karakidanomichi.main.jp/guide/

 写真=13時ごろお花見広場で撮影した1枚
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 連日の温かさにより、ソメイヨシノは雨が降り続いた週末に満開を迎えた。足元では、チューリップの花々が顔を出し始めている。八王子市との境目のヤエザクラの原っぱでは、ソメイヨシノの季節が終ると、八重桜が咲き出す。桜は品種ごとに、咲く時期がずれることにより、開花リレーを行う。

 唐木田地区で八重桜の撮影時の日記

 2022年4月21日(木)付 2022年多摩丘陵の春 ヤエザクラとイチリン草 夕景・夜景鶴牧東公園 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1982124506&owner_id=32437106

     (5)日本からウクライナの首都キーウへの桜に込めた願い

 ウクライナの首都キーウにも桜の花が咲く。地下鉄の駅に程近いキーウ市内の京都公園では、1971年に姉妹都市契約を結んだ日本の京都府京都市から持ち混まれた苗木を育て、花を咲かせた。キーウの緯度は、北海道の樺太列島とほぼ同じ、見頃は4月下旬頃になる。

 市内のドニプロウシキー地区では、全長1402メートル25センチになる国内最長の桜並木が、2020年にウクライナ国内記録の登録簿「記録本」に掲載された。

 2020年新たに姉妹都市京都市の協力の下で、28本の苗木を植え、合計268本となった。戦争前の段階で、500本の木を植えるとの目標を掲げていた。

 詳細 UKRAINFORM https://www.ukrinform.jp/rubric-society/3110537-kiu-shini-guo-nei-zui-zhangmetoruno-ying-bing-muga-deng-chang.html

2020年代、世界全土に渡る新型ウィルスの蔓延に始まり、ロシア軍によるウクライナ侵攻により、エネルギー危機が起こった。ウクライナでは、兵士に問わず、民間人の犠牲が絶えない。桜を通して、関係を深めた京都市では、侵攻1年を前にした2023年2月23日、市の合唱団や実際の避難民40人が集った。参加者は、国の花であるひまわりの柄が入ったTシャツを身につけ、青と白の国旗の旗を持ち、ウクライナ国家を歌った。

 NHK NEWS WEB https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230223/2000071306.html

 写真=2021年の京都市とキーウ市姉妹都市締結50周年を記念した切手
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我々ヒトの生活は変わっても、植物はいつの時代にも変わらず、決まった季節に花を咲かせる。遠い日本から、ウクライナの平和を願う声はやまない。今日も東部ドンバス地区を中心に、時に民間人を巻き込んで、激しい戦いが行われている。
 
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