仲里依紗さんが 「パッソ」 のCMでヘンテコな歌を歌っているが、あれは長崎の俗謡らしい。長崎弁である。
以下に、詳細な解釈を示してみる。この手の歌の歌詞の解釈は、しばしば、意訳で済まされる。それでは、いいかげんに片づけられる嫌いがあり、文法的な解釈をあえて添えた。
■ でんでらりゅうば でてくるばってん ■
【 でん 】 語調を合わせるための虚辞だろう。
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【 で 】 <出> 動詞 「出る」 の未然形。
【 られ 】 可能の助動詞 「られる」 の未然形。
【 う 】 推量の助動詞 「う」 の終止形。
【 ば 】 上記 「う」 に付いて 「〜ならば」 の仮定を表す助詞。
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で+られ+う+ば → 出られうば → 出らりゅうば
【 でてくる 】 <出て来る> 「出て行く」 の義の動詞。終止形。長崎弁は、英語のように、「来る」 と 「行く」 の視点が標準語と逆転することがあるという。
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【 ば 】 格助詞 「を」 に係助詞 「は」 が続いた場合には、「をば」 と連濁を起こし、これは、しばしば、単に 「ば」 となった。
【 とて 】 「と言って」 の義。逆接の仮定を示す接続助詞。
【 も 】 強調の意の係助詞。
…………………………
ば+とて+も → ばとても → ばっても → ばってん
※福岡市 「ばっても」、五島 「ばとも」 の採取例がある。
「出られようなら、出て行くとても」 というのが最初の義である。
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■ でんでられんけん でてこんけん ■
【 でん 】 同上
【 で 】 <出> 動詞 「出る」 の未然形。
【 られ 】 可能の助動詞 「られる」 の未然形。
【 ん 】 否定の助動詞 「ず」 の終止形 「ぬ」 の音便形。
【 けん 】 方言口語にのみ見られる 「理由」 を表す接続助詞。あるいは、過去の推量・原因推量を表す助動詞 「けむ」 が固定化して助詞となったものか。
【 で 】 <出> 動詞 「出る」 の未然形。
【 て 】 動作の連続性を表す接続助詞。
【 こ 】 <来> 動詞 「来る」 の未然形。ここでは 「行く」 の義。
【 ん 】 否定の助動詞 「ず」 の終止形 「ぬ」 の音便形。
【 けん 】 同上。この2つめの 「けん」 は 「原因」 を表すというより、それが転じて、言い切りを避ける婉曲表現になっている。
「出られぬので、出て行かぬから」 が次の義。
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■ こんこられんけん こられられんけん ■
【 こん 】 語調を合わせるための虚辞。
【 こ 】 <来> 動詞 「来る」 の未然形。
【 られ 】 可能の助動詞 「られる」 の未然形。
【 ん 】 否定の助動詞 「ず」 の終止形 「ぬ」 の音便形。
【 けん 】 前出どおり。
【 こ 】 <来> 動詞 「来る」 の未然形。
【 られ 】 可能の助動詞 「られる」 の未然形。
【 られ 】 語調を合わせるための虚辞。
【 ん 】 否定の助動詞 「ず」 の終止形 「ぬ」 の音便形。
【 けん 】 前出どおり。
ここに出てくる 「来る」 は、すべて、「行く」 の義。
「行かれぬので、行かれぬから」 の意味。
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■ こん こん ■
【 こ 】 <来> 動詞 「来る」 の未然形。
【 ん 】 否定の助動詞 「ず」 の終止形 「ぬ」 の音便形。
「行かぬ、行かぬ」。
起源は、さほど古いわけではなく、明治38年 (1905年) の日露戦争当時に、長崎の巷間で歌われた 「長崎節」 の1つに、詞のよく似た以下のものがあったという。
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ロシヤの軍艦 なぜ出んじゃろか
出られんけん 出ん出られりゃ出るばってん
出られんけん 出ん
コサック騎兵は なぜ来んじゃろか
来られんけん 来ん来られりゃ来るばってん
来られんけん 来ん
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これは、当時、長崎で拘束されていたロシア兵の気持ちになって、「わが国の軍艦は、なぜ来ないのか。コサック兵は、なぜ加勢に来ないのか」 と嘆いてみせたものらしい。
コサック兵とは、ウクライナやロシア南部がポーランド領であった時代、チュルク人に荒らされて無人であったドニエプル川以東の肥沃な土地に住み着いた
武装農民
のことである。ポーランド王国を相手に互角に渡り合った、独立独歩の自由民と言っていいスラヴ人で、独自の民族性を獲得するに至り、「コサック」 という特別の枠組みでとらえられるようになった。
ポーランドがロシアに解体されたのちは、コサックは滅亡への道をたどったが、ロシア帝国は、国土の辺境の地に、このコサックを摸した武装農民を植民させた。軍務と引き換えに特権を与えられた武装集団であった。
それゆえ、ロシア帝国においては、勇猛果敢な職業軍人=コサック兵だったわけだ。
時が降るうちに、上の歌詞のうちの、「出る」 とか 「来る」 とかいうコトバの繰り返しだけが面白くなってしまい、それに特化したのが、「でんでらりゅうば」 であるらしい。一種のコトバ遊びである。
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