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2023年04月10日21:00

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小説を作成しました!「今、ここに居る」第七話(最終話)

※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※

※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本である「二方美人(にほうびじん)。」の第二世代シリーズです。
「二方美人。」やそのシリーズを知らなくとも当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653

※2 当作品及び今後制作予定の第二世代シリーズの、世界観や登場人物の説明まとめ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984088366&owner_id=24167653

当作品の他の話へのリンク
第一話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984762689&owner_id=24167653
第二話
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第三話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984776631&owner_id=24167653
第四話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984783625&owner_id=24167653
第五話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984790862&owner_id=24167653
第六話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984798454&owner_id=24167653
第七話(最終回)
―――





「今、ここに居る」



 第七話


 徒競走当日。さあて、さあて。最悪だ。もう十月なのにまだ暑い。強すぎる日差しに意識が朦朧とする。なんでこんな事になった。私は今、二年生代表として走っている。泡陽君は汗と疲れとでどうなっているのか想像もしたくない私の姿を、応援席からずっと目をそらさず見守ってくれている。全く、私が自分で選んだ事でしょ。頑張れ、ほらほら頑張れ。ここまで十週半も走ってきたんじゃないか。ついにあと二週なんだ。あと少しなんだ。頑張れよ。でももう今すぐにでも倒れてしまいたいんだよ。もう嫌だ。

 泡陽君はあの日のクラス会以降、こんな目的も効果もよく分からない謎の地域交流とやらの徒競走なんてものにも真剣で、毎日この日のために例の河川敷を走り込んでいた。私は学校の後帰ってしたい事も特に無かったから、音楽を聴きながらそれを見学して、少し暗くなってきたら家に帰るのが新しい日課になっていた。時々ちょっと暗くなりすぎた日は彼が家まで送ってくれもした。

 あの時は呑気で居られたし楽しかったなあ。彼に送ってもらう時なんて毎回私の中の能天気な部分が「ねえねえ、こんな事してくれるってやっぱりそういう事だよ、勘違いじゃないって」なんて騒ぎ出して、それが表に出ないようにするのに必死だった。ただ、口元がにまにまするのをこらえるのもそれはそれで楽しかった。それが今じゃこんな汗だくで、へとへとになりながら、走ってるていを保つのに必死。こんなのもう、その辺りの小学生の徒歩にすら負けるだろうに。脇腹……脇腹は脇腹か。脇腹が、もう走るなって言ってるんだよ。足だって痛いし頭も痛いし、それに髪も服も体も全部汗でべとべとで気持ち悪い。暑いのに汗で変な寒気がする。今すぐ投げ出したい。それでもなんとか走ってるんだから、もっと早くとかそんな事言わないで。

 こんな事になっちゃったのも大本を辿れば昨日、泡陽君が体育の授業中に他の子とぶつかりそうになって避けた際、足をひねったからだ。保健室から帰ってきた彼は普通に一人で歩いていた。そして大丈夫大丈夫と言って普通にその日一日を過ごして、今日くらいは明日に向けてゆっくりすると言って一人で帰ろうとした。だけど何となく、ちょっとこの笑い方は無理してる時の笑い方っぽいだなんて思ったもんだから、私が帰り際の彼を呼び出して問いただすと、彼は正直に教えてくれた。普通に歩いてる分にはまあ良いけど走ったり運動したりはしばらくだめで、それと痛みが増して来たらちゃんと病院に行って診てもらうようにと言われた。と、ちゃんと教えてくれた。

「ばっ、えと、おろ……いや、お馬鹿さん!それのどこが大丈夫だって言うのよ!悪化したらどうすんの!」

 ちくしょ……えっと、えっとなんだ。畜生に代わる……オタンコナス。ああ、オタンコナス、オタンコナス。まったくもう、泡陽君。知ってたよ。徒競走を休むように言った私に「でも逃げたって思われるのが嫌だ」って。君のそういう負けず嫌いなところ。他の人が見たら意外だって思うかもしれないけど、私は君にも負けず嫌いなところがある事、ちゃんと知ってたよ。あと「それに、架帆さんの前では格好つけたいから」ってな。私もうこれで勘違いって言われたら怒るからな。でもってあの時の私。恨むからな、あの時の私。

「分かるよ、君の気持ち。なら私の気持ちも分かってくれるよね、私だって君の前では格好つけたいのよ。私が君の代わりに走る。代表決めの時の君、私の事庇ってくれたんでしょ。だから今度は私が君を庇って、君の代わりに走る。応援に来てよ。見ててよ私の事」

 ああ、なんであんな事言ったんだ私は。思い出すだけで恥ずかしい。しかも別に代役なんて無くても良いじゃないか。彼を休ませてあげるだけで、別に私が走る必要なんて無いじゃないか。……でも違うんだよな、分かってるよ。泡陽君が逃げたと思われたくないって言ったから。だからさ。

 やっと最後の一周。もう他の人はみんなゴールしちゃって、私だけ完全に周回遅れ。既に走り終わった人達、土曜日にわざわざ駆り出された先生達、そして地域から来た応援席の大人達、ごめんよ。まだ終わらないんだ。私だけもう一周あるからもうちょっと続くんだ。私が代わりに走るなんて家族にも友達にも伝えなくて良かった。こんな姿、お母さんにもお父さんにも鈴美にも、それに悠乃にも他の友達にも絶対見られたくない。皆もしここに居たら応援してくれただろうけど、いやあそれでも無理無理。絶対ひどい顔してるし、それに……。まあさ、複雑な女の子の気持ちって奴だと思って一つ許してほしい。

 もうだめ、もう無理。もう流石に歩いて良いかなあ。だめだよね、どんなにゆっくりでも、一応は走ってるって形は保ってないとだめだよね。ゴール横の応援席に居る泡陽君の前を通る際「架帆さん」と、叫ぶでも呟くでもない、中途半端な大きさの声が聞こえた。ありがとう、それで私はまたもう少し頑張れる。頑張れるんだ、何が何でも頑張れるんだ。こんな周回遅れの晒し者を、君は格好良いって思って見てくれているだろうか。分かってるよ、だろうか、じゃない。だろうね。君の事、少しは分かってきたつもりだよ。君はそういう人よね。

 少し前の私だったらこんな時、架空の王子様を思い浮かべてなんとか頑張ろうとしたんだろうね。それでも頑張れなさそうだったら今度は実(みのる)お姉さんを思い浮かべてた。今でも架空の王子様はきっとどこかで私を見守ってくれていると思ってるし、実(みのる)お姉さんも遠くできっと私を応援してくれてるよね。それらは今も昔も私を支えてくれる大きな存在だけど、今の私には、それより更に大きな支えがあるんだ。確かに今、ここに居る君が。藤白 泡陽(ふじしろ あわひ)君が、見守って応援してくれている。だから私は、最後まで頑張れる、頑張れるんだよ。

 あと少し、あと少し。あと少しと思ってからがまたやたらと長い。コーナーを曲がって少し走ってまた曲がって、足がよろけそうになるのをなんとかこらえて、そしたらまた長い直線。もう誰も私を見ないで。泡陽君以外私を見ないで。汗を拭きたい。ポケットの中のハンカチで顔を拭いたい。だけど多分もう、そのハンカチはポケットの中でぐしゃぐしゃで全然役に立たないんだろうな。

 再びやってきたコーナー、次に短い直線、そしてまたコーナー。これでやっと最後の直線。さっき走った直線の半分の長さ。ここをまっすぐ行けばやっとゴール。暑い、熱い、疲れた。脇腹が痛い。脇腹だけじゃない、どこもかしこも痛い。汗が冷たくて気持ち悪い。頭が痛い。でもやっと、報われる。やっと完走できる。

 ゴールまであと数メートルというところで、ごっ、と鈍い音が響いた。こんなところまで来て、足が絡まった。左足で右足を蹴ってしまった。やらかした。

「お嬢さ、架帆さん!」

 泡陽君の声。そっか、そうなんだ。そっかそっか。彼の声に頬を緩ませ、転びかけた体を左足で強く踏ん張って支え勢いを利用してそのまま右足を前に出し、どうにかこらえた。その際に左足の外側に変な力がかかってしまったけど、さほど痛みは無い。そのままなんとかゴールまで走り抜けた。

 ゴールを迎え、息も整わないままに足を止め彼の方を振り返ると、彼は既に駆け出していた。そして私の前に来て再び「架帆さん」と私に呼びかけ笑顔で両腕を出しハイタッチを求める彼に、なんとなーくいたずらしたくなった私はすぐにはそれに応えず、まず彼の首にかけてあったタオルを取って息を整えながらゆっくりと自分の手と顔を拭き、そしてそれを自らの首にかけた。その間彼はずっと、まるで一人で手押し相撲でもしているようなポーズで所在無げにしながら私を見ていた。

 私は少し意地悪く微笑み、ようやくハイタッチをしてあげた。安心したような顔をする彼にまたしても私はいたずら心がくすぐられ、合わせた両手をそのままゆるく握り、笑いながらその手を軽く振ってみた。びっくりして恥ずかしそうに目を逸らす彼に「今度は私が倒れる前に助けてくれたね」だとか「お嬢さんも架帆さんも、君の口から出たものだったら私はどっちも嬉しいんだよ」だとか、あと「足怪我してんだから走らないの」だとか。とにかく言いたい事は沢山あったけど、今一番に言いたいのは、やっぱりこれ。

「君と私の、完全勝利!」

 それを聞いた彼は私の目を見てにっこりと笑うと、一度手を振りほどき、そして私を強く抱き寄せた。彼の匂いと体温。驚いたのはほんの一瞬。私は彼の胸の中で静かに目を閉じた。体中汗でべとべとな事だとか、ここが校庭で周りに沢山先生や大人達が居る事だとか、今はもう全部全部、どうだって良い。


―――終わり―――
第六話
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第一話
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