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2023年04月08日20:56

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小説を作成しました!「今、ここに居る」第五話

※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※

※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本である「二方美人(にほうびじん)。」の第二世代シリーズです。
「二方美人。」やそのシリーズを知らなくとも当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653

※2 当作品及び今後制作予定の第二世代シリーズの、世界観や登場人物の説明まとめ。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984088366&owner_id=24167653

当作品の他の話へのリンク
第一話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984762689&owner_id=24167653
第二話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984769677&owner_id=24167653
第三話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984776631&owner_id=24167653
第四話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984783625&owner_id=24167653
第五話
―――
第六話
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984798454&owner_id=24167653
第七話(最終回)
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1984806154&owner_id=24167653





「今、ここに居る」



 第五話


  十七時三十分。長かった夏の日が少しずつ落ちていくとともに空の色が変わりつつある中、私は彼の話を時折相槌を打ちながら聴いていた。

 彼が昔空手を習っていたというのは先ほどの話の流れで既に一度聞いていたが、今度はその経緯も詳しく教えてくれた。要約すると、彼は小さい頃から弱そうに見えるからと彼にとって望まない形でからかわれたり意地悪をされたりという事がずっとあって、それで中学に入るとともにお父さんに無理やり道場に入れられたらしい。それで強くなればそういう意地悪される事が無くなるとでも思っていたのだろうか。

 ただ、その目論見は外れて、むしろ「空手なんて習ってるくせに弱そうだ」という事で面白がられて、彼が受ける嫌がらせはより酷くなる結果となった。彼は終始からかわれる、意地悪される、嫌がらせを受ける、そういった言葉を使っていたが、私からすればそれはとっくにいじめだ。彼はいじめられていた。

 そして二年生に上がったある日、彼をいじめるふざけた男の一人が「空手やってるんなら強いんだろ、俺と勝負しろよ」などと言い出し、喧嘩をさせられた。これも彼は喧嘩と言うが実際には喧嘩ではない。彼は手を出せないで、ただただ一方的に殴られるだけだったのだから。

「道場の先生が、格闘技(かくとうぎ)を習ってる人は何が何でも習ってない人には絶対攻撃したらいけないって言うから……」

 なんて律儀な子だろう。反撃もしない相手を一方的に殴り続けるようなドぐされ……口が汚いけど良い。今回ばかりは良い。そんな性根の終わってる腐り切った生ゴミ以下のクズ野郎くらいは殴って良いしょうに。遠慮なくぼこぼこにしてやれば良かったのに。

「それでその時、窓ガラスに突き飛ばされて……右手をつこうとしたらガラスが割れちゃって、それでこんなになって。これ以外の傷は綺麗に治ってくれたんだけどね」

 そう言って誤魔化すように笑いながら、自身の右手をさすっている。いつものぽやぽやした笑顔が、今はすごく痛々しい。

「お父さんには『空手習ってるくせになんで習ってない子に負けるんだ、恥ずかしい』なんて言われて。悔しかったし、それになんだかすごく空しくなっちゃって。その『負け』って言葉が何度も何度も頭の中で響いて。それで嫌になって、右手の怪我を理由にして道場やめちゃったんだ。でもその道場ってこのすぐ近くにあるから、ここで暮らしてるとたまに先生とすれ違う事もありそうで、そう考えると凄く気まずくて。それがお父さんの転勤先に付いていって、ここを一回出ていった理由」

 そっちかい、と突っ込みたくなった。いじめてきた奴らが居る地元から離れたかったって話かと思って聴いてたのに、こいつ……この子はいったいなんなんだろうな。無性に腹が立……怒りが湧いてきた。

「お父さんも君も分かってない。そもそも君のそれは負けてなんてないんだよ。君の勝ちなんだよ」

 言葉に怒気が混じってしまっているのが自分でも分かった。泡陽君の前で怒ってる姿を見せるのは初めてだったから泡陽君は最初少し驚いた様子だったけど、少しして穏やかな笑みを浮かべ「ありがとう」と呟いた。ただその顔も、その言葉も、私にはどうにも「少しも気持ちが救われてなんてないけど、気遣ってもらったから笑ってお礼を言わないと失礼だ」なんて義務感からそうしているように思えて、それがやるせなくて、返事の一つもできなかった。そしてそのまましばらく沈黙の時間が流れた後、彼は立ち上がりながら言った。

「今日は色々とありがとうね、架帆さん。ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって。暗い話まで聞いてもらって。もう帰らないとだよね、送るよ」

 その言葉に甘え、私は彼に付いてきてもらいながら三十分ほどかけて自宅への帰り道を歩いた。その間も私はずっと彼のお父さんやいじめの犯人達に対する悪口を言い続け、彼はまた何度も愛想笑いを浮かべ、その度に何度も「ありがとう」を口にした。

 ありがとうは私の台詞だよ。そんな言いづらい事、教えてくれてありがとう。それとごめんね。せっかくこんな話までしてくれたのに、それを聴いた私は君の気持ちを少しも楽にしてあげられてないよね。

 それにね、謝りたいのはもう一個あって。こんな大変な話だってのに、私はなんだか……そのね。不謹慎で自分本位で、だめなんだけどね。君を心配するとか過去の君の痛みを想像して一緒にそれを感じるだとか、そういうのだけじゃなくって……他の人が知らない君をまた一つ知れた気がして、なんだか嬉しくもあったんだ。


―――
第四話
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第六話
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