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2021年09月30日23:31

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小説を作成しました!「雲泳ぐ有月(くも およぐ ゆうげつ)。」ー高校生編Aー

「雲泳ぐ有月(くも およぐ ゆうげつ)。」―高校生編A―




※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※



※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本である「二方美人(にほうびじん)。」のシリーズ作です。
そちらを知らなくとも当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653

小説「雲泳ぐ有月。」ー中学生編Aー
https://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=24167653&id=1969076964
小説「雲泳ぐ有月。」―中学生編B―
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969157309&owner_id=24167653
小説「雲泳ぐ有月。」ー高校生編B前編ー
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980476502&owner_id=24167653
小説「雲泳ぐ有月。」ー高校生編B後編ー
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980476540&owner_id=24167653





※2 こちらの小説、朗読の台本としてお使いいただく事も可能であるように作られていますので、もしよろしければそのようにもお使いください(ツイッターの相互フォロワーさん以外は許可を事前にお求めください。)。 

  その際の想定時間は30分程度です。







 以下、本編



 福守26年4月

 ついに高校生活が始まった。席に着き、クラスを見渡しても、当たり前に彼は居ない。なにせ別の高校に通っているんだ。居るわけがない。なんだかんだと言い訳をしても、結局のところ自分に勇気がなかった。彼に、どの高校を受験するのか訊いて「なら私もそこ目指してみる」と言う。ただそれだけの事が、私にはできなかった。


「光画 月夜(こうが つくよ)です。西柊(せいしゅう)中学出身です。中学時代はバスケ部でした。ここでもバスケ部に入ろうと思っています。よろしくお願いします。」


 自分の番の自己紹介を終え、他の人の自己紹介を聞きながらぼんやりと考えていた。高校ではもっと勉強を頑張ろう。訊けなかったとは言え、実際彼、浦風(うらかぜ)が行った高校は電車で二駅先にある、地元では有名な進学校。たとえ訊けたとして私ではとうてい合格できなかった。でもなあ、もし訊けてさえいれば、気を遣って私でも行けそうなところを志望してくれた可能性も……無いかなあ。あいつはそういう事はしない人間だと思う。




 私の学力が足りないのがまず一つ、勇気がないのがもう一つ。どっちもどっちで私の大きな課題だ。とにかく、学力についてはとやかく言ってないで勉強頑張れって話なんだから。中学では二年になるまで本気で頑張れなかった。高校では最初から頑張るんだ。いつか志望大学をちゃんと聞き出して、それがどこだろうと「それなら私もそこを目指そうかな」って言えるように。



 福守26年8月

 私は入学以来、平日と土曜日は必ず塾に行くなどし必死に勉強し、予定通り入部した女子バスケ部でも日々の練習に勤しみ、また中学時代とは異なり友人も何人かでき、忙しい毎日を過ごしていた。

 一日24時間が短すぎると感じるくらい、毎日やる事が沢山だった。大体、学校の先生も塾の先生も「これは土日にやってもらうとして」と言うけれど、彼らは土日が何日あると思っているのか、そして自分と同じその「土日にやってもらう」という発言を他に何人の先生が言っているのか、ちゃんと知っているのだろうか。普通に考えて無理に決まっているだろうと何度言いたくなった事か。

 部活については、別にここは強豪でも何でもない高校であり、そのため実際課されている練習内容はさほど厳しいものではなかったものの、どうにも体がうずくというか、足りないと感じて時間が許す限りは自主的に練習がしたい性分というか。中学時代はそんな事なかったのだが、なぜだろう。どうにも体を動かさずにいられない。任意参加の朝練習にも毎日出て、帰りも塾に間に合うぎりぎりまで残って練習していた。そんな事だから勉強の時間が足りなくなるんだということは分かっていたが、体を動かした後の方が集中できている気がするし、それでちゃんと学校や塾の課題は全部こなしているのだからきっとこれで良いんだ。

 ……実際、どのくらい勉強すればそれが十分な量になるのだろうというのは正直分からない。結局、ここは浦風の通う学校よりかは大分偏差値の低いところだし、奴がどんな大学を目指しているのか……あるいはこれから目指す事になるのか。それ如何によってはこの程度の勉強量では全然足りないという事になるのかもしれない。

 中学時代は学年30位を一回取るのがやっとだった私だが、一学期は中間で12位、期末で7位と高順位を取る事ができた。だから多分、勉強はちゃんとついて行けていると言って良い筈なんだ。それでもいつも不安がよぎる。まだ足りない?今のうちにもっと勉強しておかないと後で取り返しがつかなくなる?部活動に勤しんでいるのは勉強から逃げているだけ?やめだやめだ、そんな後ろ向きに考えるな。もうやめ。夏休み中も朝練は出たければ出て良い事になってる。そんな考えを吹き飛ばすためにも、明日も朝練に参加しよう。それですっきりしてから塾の時間まで学校の図書室で勉強しよう。それが良い。



 福守26年12月

 高校に入ってから、私が彼に連絡をする機会はあまり多くはなかった。向こうから連絡してくる事は二か月に一回くらいしか無かったものだから、こちらから連絡するのも遠慮してしまうところがあった。

 それでも4月には誕生日プレゼントをドアノブにかけておいてくれていたし、クリスマスプレゼントも贈るって言ってくれてはいるのだから、一応は奴の中でも私との縁は繋がっているというか、繋げていたいとは思っているのだとは思うのだが。でもやっぱり向こうから連絡は全然してこないし、男心というものはよく分からん。でも、分からないからこそ、例えば定期試験で今までより良い順位を取った時、例えば塾の先生に褒められた時、これなら確実に連絡して良いだろうと思える時は絶対に逃さないようにしていた。

 そして今日、私はまだ一年生なのにも関わらず、日々の練習のたまもので、レギュラーに昇格する事となった。今までは基本的に応援や雑用しかする事のなかった練習試合にも、これからは出させてもらえる可能性が高い筈だ。やっぱり努力の成果がこうして目に見える形で現れるというのはやる気に直結する。素直に嬉しい。そしてこれは確実に、浦風の奴に自慢できる。

 よし、送信完了。レギュラー用のユニホームを着た姿の私の写真とともに、メッセージを送った。

 直後、後悔が襲った。

 しまった。なぜ私はユニホームだけを写真に撮るという発想が無かったのか。気にする事じゃないのは分かっているんだが、私は自分の写真を撮るというのに慣れていないんだ。なんだ、言葉が見つからないが何やらすごく違和感を覚える。自分がそんなにかわいいとか思っているわけではないものの、もうちょっと撮りようがあったというか、なんだ……違和感、そう、とにかく違和感が凄い。特に口元。なんだその笑っているような笑っていないような、その微妙な口角は。

 時間が長く感じる。さっさと返事をよこせ。どうせ「そうか、良かったな」とかそんな不愛想な一文だけが送られてくるのだろう。それで良いから、さっさとしてくれ。そんなのに対しても「いつもながら不愛想なやつ」なんて思いつつ私は微笑んでやるから。それを小さな幸せと感じてやるんだから、さっさと返事をよこさないか。



 30分ほどしてやっと返信が来た。どれどれ。「驚いた。まさか一年でレギュラーとはな。勉強の成果も出ているようだし、高校生活上手くやれているんだな。安心した。お前は凄い奴だ。」予想外に饒舌じゃないか。だが私は知っているぞ。それに気を良くして私も長文を送るとそれに対しての返信は無いか、今度こそ一文だけかなんだ。それで私は少ししょんぼりするんだ。

「ふふん、どうだ、私は凄いだろう。これからも頑張るから期待しているが良い」

 よし。この程度に留めておけば、たとえ返事が来なくても私はさほど落ち込まずに済むという

「無理はするなよ。期待じゃなくて、応援している」

なんだ、気まぐれなのか随分返信が早い上にやけに素直だ。

 まったく、普段からもっと積極的に返信をよこしていろというものだ。普段不愛想な癖して急にだから逆に驚くじゃないか、この。「ああ、今日は随分素直じゃないか。応援ありがとう。私もお前を応援しているぞ、浦風よ。」と。私は期待するからな。今日は沢山やり取りできる日だって。お前、これで返信来なかったら怒るぞ。馬鹿浦風。




 福守27年5月

 二年生に上がってからというもの、周りから、特に女子生徒達から褒めてもらえる事が異常に増えた気がする。勉強についても、結局学年一位は取れなかったものの大体十番以内には入れていて、周りからは凄い凄いともてはやされ、勉強を教えてほしいと言われる事も増えた。部活についても、部の内外から「格好良かった」とか「憧れる」とか、嬉しいのは確かなのだが、ここまで持ち上げられる事が人生の中で初めてだから、何やら落ち着かない。

 いや、でも嬉しい。勉強も部活も、頑張った事が周りから認められているんだ。素直に喜べば良いのだ。当たり前に、頑張りを認めてもらえているのは嬉しいに決まっている。この前の文化祭でも複数の女子生徒に一緒に歩こうと誘われたし、面識のない一年生にも声をかけられた。それらは素直に喜ぶべきことなのだ。

 部活の事で褒めてくれる人たちからよくよく話を聞いてみると「小さいのに大きい人を抜き去っていくのが格好良い」という事らしい。小さいのにというのに若干引っかかる部分はあるが、確かにバスケットをするにあたって全国平均すらはるかに下回る身長なのは否定しようもなく小さい。だがそうか、あまり気にした事はなかったが、もしも私が頑張る事で、体格で劣る人が何かスポーツをするにあたって前向きな気持ちになれるのなら、それはとても良い事だ。勉強だって昔は浦風に教えてもらっていた私が、今では自分で頑張って、他の人に教える事もある。浦風にいっぱい自慢してやろう。近頃の私は凄いんだぞ、ちゃんと頑張っているんだぞ。ついでに、それで女子生徒達から好かれているんだぞ、と。

 あ、そうだ。あいつも嫉妬とかするのだろうか。女子生徒達から好かれている、ではなく「同級生達の間では人気者になっている」なんて書いたら、あいつも焼きもちというか独占欲とか、見せてくるのかな。どうだろう、試してみようか……いや、やめておいた方が良いかな、どうだろなあ。




 福守27年8月

 やっと!やっとだ!あの馬鹿!私がメッセージを送ったのは7月だぞ。もう2週間も経つんだぞ。私が、この勇気のゆの字もない私が、どれだけ頑張って送ったと思っているんだ。「ところでもう高校二年の夏休みだが、志望校は決めているのか?私はまだ決めかねているから、参考までに聞かせてほしいんだ」なんて!私が書きかけの文面とにらめっこしながら、貴重な夏休みの中を、5時間もかけて書いて、2時間かけてやっと送信ボタンを押したんだ!それなのに、進学校で、知らないけどもしかしたら塾とか学校とかで合宿でもあったのか……でも、とにかく私は返信が2週間も来なかったのがどれだけ不安だった事か!あの馬鹿!

 でもそっか、そっか。夏宮(なつのみや)大学か。夏宮大学なら!確かに地元では一番の大学だけど、でもまだ行ける……行ける可能性はある!なんとか目指せる圏内だ!やった、やった、沢山勉強頑張ってきて良かった。返信が来ないのずっと不安だったけど、この夏休みもちゃんとここまで勉強してきてて良かった。これからもいっぱい頑張るぞ。

「そうか、地元では一番有名なところだものな。私も実はそこにしようかと思っていたんだ。一緒に目指そうじゃないか。これは勝負だ。志望校変えるんじゃないぞ、分かったな。勝負だからな!」

 送った…私は送ったぞ。どうせ悩み始めたらずっと堂々巡りするんだ。あっさり送ってしまった方が良いに決まってる。よし、よし。送信完了だ。よし、私は成長してる。もうメッセージ一通に9時間もかけていたあの頃の私ではないんだ。せいぜいかかった時間は1時間ちょっとだ。よし。……いややっぱり、なんで素直に「同じ大学行きたいから私もそこ目指そうかな」とか書けなかったんだ私は。馬鹿か私は、なんで。というか一時間もかけて……ああ、返信来ないかな。勉強再開すべきかとも思うんだけど、返信……もしすぐ来て、勉強しててそれに気づかなかったらなあ。

 来ないな、もしかしてこのまま返信ないパターンか?いやそんな、あの文面で返信なしはおかしいだろう。そうだろう、いや……もしかして同じところ目指すって嫌だったり?無い、無い無い。そんなわけがないだろう。高校別々になっても毎年誕生日プレゼント贈り合ってる仲だぞ。まさかそんな、同じ大学に来るなよなんて思うのはもうそれ、完全に嫌われてるって事だろ。そんなわけが無いに決まってる。

 あ!来た。よし、見るぞ。まさか「いやお前自分の進路はちゃんと自分で決めろ。俺と同じになんかするな」なんて事が書いてありませんように。でも高校別々になったのって多分そういう事だし、可能性は……ええい、見るぞ私は!

「勝負か。なら引き分けになるようお互い頑張ろうな。ありがとう。」

 なんだ、この違和感は。なんだか……素直すぎるというか、弱ってる……ような?あいつがこんな。なんだ、高校での友達を失って、私のありがたさに気づいたとか?……いや適当言っただけだが。とにかく、なんだかおかしい気がする。

「ああ、そうだ。二人とも無事合格して、引き分け。それでまた大学一緒に頑張ろうな。高校はまあ上手くやれてはいるが、お前が居ないとどうにも張り合いが無くってな。やっぱり浦風。お前が隣に居ないと物足りないんだ。だから絶対、約束だぞ。」

 普段だったら恥ずかしがって送れないような文面だけど、驚くほど素直に書けて、すんなりと送れた。何か怖い気がしたからだ。なんだ、弱っているというのが気のせいならそれが一番良いんだが。ん、

「ああ、約束だ、月夜。同じ大学でまた会おう。」

 なんだこの返信は。やっぱり何かがおかしい。どうにもおかしい。あの天邪鬼の朴念仁が絶対におかしい。何があった。

 落ち着け。同じ大学を志望する事になったんだ。これからはそれを名目にして、今までより密に連絡を取る事が可能な筈。こいつに今「どうした、どうしてそんなに弱っている。何があったのか教えてくれ」なんて言っても強がってくるだけ。こいつはそういうやつだ。

「うむ、約束だ。これからは同じ目標に向けてともに戦う仲間なんだ。何かあったら頼って良いのだぞ。私だって頼らせてもらうからな。浦風よ。」

 このくらいに留めて、私は私で、いつでも頼ってもらって大丈夫なように自分のやるべき事を頑張る。あいつがいつ頼ってきても良いように。あいつが昔私にしてくれたみたいに。あいつの事だ。私が大変そうだったら遠慮して自分の事で頼ったりなんてできないだろう。




 福守28年5月

 あっという間に、もう三年生になってしまった。そして今日は高校最後の文化祭だった。正直一年、二年の頃は特に思うところも無かったが、最後だと思うと今回ばかりは来るものがあった。何より今日は、久しぶりに浦風と会う事になっていたから。

 去年の夏以来、どうにもしおらしくなってしまった気がするのがどうしても気になって、一度どこかで何か理由をつけて会いたいと思いつつ、その理由を見つける事ができないままここまで来てしまった私だった。しかしここで、最後の文化祭をその理由としてどうにか用意する事に成功した。正直理由付けとしては弱い気もしたが、どこかではしゃいでおかないと鬱憤が溜まって良くないと言うと、奴はすんなりと承諾してくれた。昔からそうなんだ。大体、私の考えすぎで二の足を踏み続けて、いざ誘ってみると普通に乗ってくれるのが浦風という奴なんだ。

 今日は色んな事を忘れて楽しもうと意気込んでいた。そう、色んな事……二年生の最後の定期試験で順位が下がった事……この前の誕生日のあれこれ……そんな事に気持ちを割くのはもったいない。

 本当に久しぶりだった。彼は少し遠くの高校に行ってはいるが、別に引っ越したわけでもないし、会おうと思えばいつでも会えたけど、結局それは叶わないまま。だから中学の卒業以来、二年以上ぶりの再会だった。

 実に二年以上ぶりに見た浦風は、なんというか、大人びた雰囲気と言ったら良いのか、それとも疲れた雰囲気と言ったら良いのか、

 あいつは中学時代、いつも仏頂面で、笑った姿などほとんど見た事がなかった。でも不思議なことに、あいつは……ちっとも笑わないのだけど、なぜだかわかったんだ。嬉しそうだな、とか、楽しそうだな、とか、仏頂面のままなのに、なぜか私にはそれを感じ取る事ができたんだ。それが特別な感じでとても嬉しかった。

 だけど、今日会った彼は……よく笑っていた。ふと見上げると、いつも微笑んでいた。そしてその微笑みに私は、ひどく哀愁を感じた。その微笑みを見るたびに、なぜだか昔の父さんの姿を思い出してしまう。小学生時代、祖母が死んでしまった時。あの時の父さんも、こんな感じでよく微笑んでいた。今にも崩れてなくなってしまいそうな、ひどく弱弱しい笑顔だった。その時の気持ちを思い出してしまう。きっと何か、浦風には私に言えない、すごく悲しい事があったんだ。去年感じた違和感はきっと気のせいなんかじゃなかったんだ。気づくと彼の右腕を思い切り掴んで、そこに顔をうずめてしまっていた。彼は、右腕に顔をうずめる私の背中を、優しくさすって言ってくれた。「ありがとう」って。

 泣いているのがばれないよう必死で彼の袖に顔を押し付ける私に向かって、彼はそのまま続けた。「色々あって、正直堪えた。すべてを投げ出したいって気持ちにもなった。お前との約束。一緒に夏宮(なつのみや)に受かろうってのがあったおかげでなんとか頑張れてる。だからありがとう」確かそんな感じ。

 彼に何があったのかは分からない。軽々しく訊いて良いのだろうかなんて思ってしまって、私はそれを訊く勇気すら振り絞れない。

 でも、分からなくても私にはできる事がある。一生懸命に頑張って、約束を果たす事だ。私は彼と一緒に居たかった。大学のお休みの時間とか帰りとか、彼と会ってどうでも良い話とかしたかった。だから私は同じ大学に受かりたかった。それは今でも変わらない。だけど今はそれだけじゃない。大学では、今度こそずっと彼と一緒に居て、どんな事があっても支えてやりたい。だから、同じ大学に行きたい。

 彼は「私と同じ大学に行きたいから頑張っている」のではなくて「約束という義理を果たすために頑張っている」わけで、私とは思いは異なるのだろう。でも今は、結果として『夏宮大学に受かる』という、同じ目標を持って頑張っている。それで良い。今はその約束が彼を支えてくれるなら、それで良い。同じ大学に入ったその後は、私自身が精いっぱい支えるから、今はそれで良い。

 私は彼の事を思い出しては泣きそうになりながら、問題集を開いた。今日も明日も、それはきっと変わらないだろう。



 福守29年3月 

 卒業式を数日前に終え、合格発表の日がやってきた。私は今、三年ぶりに浦風の家に居る。ホームページで発表されるのを、二人で一緒に見ようと私が誘ったのだ。

「更新直後に見るより、少ししてからの方が混みあってなくて良いんじゃないか?」

と彼は言うが、私にそんな心の余裕があるわけがない。塾の講師も学校の先生も、採点結果を見るにどう考えても合格できている筈だと言うがそう言われても本当に合格だと発表されるまでは安心などできはしないのだ。

 合格発表まであと4分。私がノートパソコンの前でそわそわしていると、浦風は奥の部屋からクッキーを持ってきてくれた。浦風の母さんが、私が来るという事で一緒に食べるようにと用意しておいてくれたらしい。中学時代もそんな感じで、ちょっと高いお菓子とか用意しておいてくれていたのを思い出しながら、私はいったんノートパソコンの前から離れ、折り畳みのテーブルの前へと行き、クッキーをつまんだ。

 おいしい。さくさくとした食感が心地よい。それに、覚えてくれていたのだろうか。私好みの、少し薄い味だ。

「月夜。」

 声をかけられた。口の中がクッキーだらけなので仕方なく「むー」と言いながら振り向くと、私に代わって浦風がノートパソコンの前に座っていた。そして

「二人とも合格だ。見てみろ」

 思考が固まった。そうだ、クッキーに気を取られている間に合格発表の時間になっていた。私は口の中に残っていた、一度砕けて唾液で固まったクッキーの残骸を急いで飲み込み

「なんだと!……本当だ、間違いない、私も……浦風も!ちゃんと合格と表示されてる!」

 ちょっと自分で思っている以上に大声を出してしまった。浦風はそんな私の様子を見て「そう言っただろ。おめでとう」と微笑んだ。

 それは文化祭の時の見たものではなくって、私がずっと見たかった、嬉しそうな…少しだけ、嬉しそうな微笑み。ずっと見たかったものがやっと見られたが、私はそんな一回だけ、一瞬だけで満足なんてしない。これからずっと、何度でも見せてもらうからな。でないとここまで頑張って勉強した割に合わない。

「これからいっぱい一緒に居られるぞ!どうだお前も嬉しいだろう!くくく、私は嬉しいぞ!やったな!どうだ追いついたぞ!もう負けっぱなしの私じゃないからな!これからはいくらでも頼らせてやる!」

 散文的にもほどがある私の言葉をひととおり聞き終えて、奴はそっと私の頭に手を伸ばした。


―以上―
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