mixiユーザー(id:24167653)

2021年09月30日23:35

263 view

「雲泳ぐ有月(くも およぐ ゆうげつ)。」―高校生編B前編―

「雲泳ぐ有月(くも およぐ ゆうげつ)。」―高校生編B前編―




※ 一人称小説ですが、良かったら是非、朗読の台本としてもお使いください。
金銭が絡まなければ使用自由。
大幅な改変等はツイッター @annawtbpollylaまで要許可申請。

自作発言は厳禁です。 ※



※1 今作自体は小説という体裁で作られていますが、
声劇台本である「二方美人(にほうびじん)。」のシリーズ作です。
そちらを知らなくとも当小説単独でもお楽しみいただけますが、 同シリーズ作や派生作品も読んでいただければとても幸いです。

(以下リンク)

「二方美人。」(1:4)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958862956&owner_id=24167653

「二方美人。」シリーズ及び関連作品のみのまとめ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964303733&owner_id=24167653

小説「雲泳ぐ有月。」ー中学生編Aー
https://mixi.jp/view_diary.pl?owner_id=24167653&id=1969076964
小説「雲泳ぐ有月。」―中学生編B―
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969157309&owner_id=24167653

小説「雲泳ぐ有月。」ー高校生編A−
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980476466&owner_id=24167653
小説「雲泳ぐ有月。」ー高校生編B後編−
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980476540&owner_id=24167653




※2 こちらの小説、朗読の台本としてお使いいただく事も可能であるように作られていますので、もしよろしければそのようにもお使いください(ツイッターの相互フォロワーさん以外は許可を事前にお求めください。)。 

  その際の想定時間は前後編合わせて45分程度です。







 以下、本編



 福守26年4月

 高校に入学して一週間。電車で二駅先のこの高校に来るため、朝をいくらか早く出なければならないのに多少の諦めがついてきた。

 高校初の担任は幽谷 散香(ゆうこく さんか)という名前の先生だ。普段であればそんな気にする事もないのだが、幽霊の谷に散った香りという、生きた人間につける名前じゃないだろと思える縁起の悪さに、俺はこの先生の名前を一発で覚えられた。加えてその先生本人があまりにも生気のない、名前の通りの人だからより一層覚えやすい。俺個人としては物静かで事務的な先生の方が元気すぎる先生よりかはありがたいものの、他の生徒達からしたら暗すぎるんだろう。初日からあの先生に対する愚痴が教室内を飛び交っていた。

 そんな事はさておきとして、そういえばもうそろそろ部活動に入らなければならない。まあ、これは中学時代と同様テニス部で良いだろう。あと、この学校は中学と違って生徒会と部活を兼任できるそうだ。そういう事なら中学時代も入っていたし、高校でも生徒会役員に立候補してみるのも面白いかもしれない。

 あまり多くに手を出していきなり勉強に手が回らなくなるなんて事にはならないよう注意はしつつ、なるべくこの三年間を有意義なものにしたい。俺の三年間の目標はとにかく有意義で楽しい生活を送る事だ。



 福守26年7月

 高校に進学してから3か月が経ち、電車通学にも完全に慣れた。担任の先生は暗いが仕事はきちんとしてくれる。理不尽な事は言わないし、あらゆる事について事前連絡をしてくれる。部活動と生徒会にも入り、体を動かしたり雑用係をしたりというのも悪い気分ではない。クラスでも部活やら生徒会やらでも、それぞれに友人とは言えないまでも普通に会話のできる相手もそこそこできてきた。勉強にも付いていけている。中間試験でもまあまあ上の方には居られた。

 つまらない。

 焦りを覚えた。なぜだか、充実している筈の日々が、あまりにもつまらない。なぜだ。中学時代はクラスでも月夜(つくよ)くらいしか話す相手も居なくて、部活や生徒会でも仲の良い相手は居なくて、むしろ嫌味を言ってくる奴が居て嫌だった。それと比べて今、高校ではクラスで話す相手も普通に何人かは居て、部活でも生徒会でも特に嫌味を言ってくるような輩は居ないし、普通に人間関係が上手く築けているはずだ。

 分かっている。そう、月夜が居ないからだ。俺の中学時代が楽しかったのは、月夜が居たからに他ならない。

 だが、それじゃだめだ。月夜が居なければ日々をきちんと楽しく送る事もできない。それじゃあ、俺は月夜と対等で居られない。なぜ俺は月夜と同じ高校を選んで受験するという事をしなかったのか。それは月夜に依存したくなかったからだ。なのに、せっかく別々の高校に行ったのにこんな事では。

 俺が高校に入学してから楽しかった事を思い出そうとしても、4月に月夜の誕生日プレゼントを贈ったら喜んでもらえた事と、先月、俺の誕生日にあいつからボールペンがポストに入れられていた事しか思い出せない。

 月夜からは今でも連絡がよく来る。来たものには気づいた時点できちんと返信は送るようにしてはいるが、俺から自発的に連絡を送る事はなるべくしないようにしている。そうでないと、別々の高校に行った意味がない。向こうから来た連絡を見るに、月夜は高校生活を楽しんでいるようだ。それは良かった。だからこそ、俺もあいつに負けずに頑張らなければならない。月夜に追いつかなければならない。



 福守26年12月

 月夜から写真付きでメッセージが送られてきた。一年生だというのに、もうバスケ部でレギュラーになったらしい。レギュラーのユニホームを見せたかったからだろうとは分かるのだが、あいつが自分の写真を撮って送ってくるのは珍しい。それだけ喜んでいるという事だろう。俺がずっともやもやした日々を過ごしている間に、あいつはどんどんと進んでいる。

 だめだ。このままでは絶対にだめだ。俺にとって月夜との仲は何より大事な縁だ。だからこそ、それが依存なんてものであって良いわけがない。あいつが居なくても、俺は俺できちんと友達を作って日々を楽しく過ごさないと、あいつに合わせる顔が無い。

 友達……そう、友達。よく考えたら俺に友達は居るのか?話せる相手は居る。確かに、授業中何かで二人組を作らなければならないとなった際困った事はない。そこは中学時代から成長している点だと言えるはずだ。だが、友達。居るのか?俺に。

 考えてみると、友達と言えるほどの仲の相手は居ないように思えた。強いて言うなら……前期の生徒会に所属していたのもあって、なんとなく相談ごとを受ける事はある。授業で分からなかったところがあるとか、配られたプリントの書き方が分からないとか、あとは友達と気まずくなってしまったからどう仲直りしようとか。そういう相手からしたら俺は友達なんだろうか。

 俺だったら自分の弱みを見せるというか、何かそういう相談をするのは、信頼だとか親しみだとかを持っている相手になる。だとしたら、彼らにとっては俺は友達なのかもしれない。ここ最近、そうして人に何か頼られてそれに応えるというのに多少の充実感を覚えていたのも事実だ。中学時代、月夜に勉強を教えていたのを思い出すというか。

 もしかしたら、そこが俺にとって大事なところなのかもしれない。俺は充実感を得つつ、相手も喜び、友達と言える関係性がそこで築かれる。そこを頑張っていけば、俺も月夜が居ない高校生活を楽しめる可能性はある。

 少し希望が見えた気がする。そうして人のために時間を割く余裕を作るためにも、今以上に勉強に力を注ごう。どうせ受験もある。勉強はいくらしても、して損をしたという事にはならないのだから。勉強と、友人関係の構築。そして部活は息抜きと考える。そうだ。月夜に追いつくために。



 福守27年3月

 ここ、柳縁(りゅうえん)高校は一応地元では優等生の集まる進学校と言われていて、素行の悪い生徒は少ないという風に聞いていたのだが。どうやら知らないだけで後ろ暗いものを抱えた生徒達もそれなりの数居るようだ。

 去年の暮れ頃、他のクラスの生徒、茂森(しげもり)に、周りから嫌がらせを受けているというような内容の話を聞いたのが最初だった。その相談に乗り出したのを切っ掛けに、自分もそうだと言ってさらに三人。今では男女二人ずつ合計四人から、嫌がらせの話を聞いている。

 彼らの受けている嫌がらせというのは、例えばいつの間にか教科書に落書きされているだの、ロッカーや机の中に女性ものの下着が入れられているだのといったもの。共通して言えるのは面と向かって行うのではなく、いつの間にか被害に遭っているという事だ。

 正直、四人全員が俺とは違うクラスの生徒なのもあいまって、そんなものは俺の手に負える範疇の問題ではない。そう思って間に立って彼らの担任の先生に一緒に相談しにいったりもしていたが、優等生の集まる素行の良い高校で通しておきたいからなのか何なのか、決まって「気のせいかもしれない」と言い、そもそも被害そのものを無かった事にしたいように見えた。

 はっきり言って失望した。先生というのは生徒の上に立つ者達の筈だろう。なんだそれは。お前はそれを本当に正しいと思っているのか。自分が「教師」という職にふさわしい人間だと思えるのか。

 俺は彼らに、とりあえず教科書等の持ち運べる物は持ち運んで被害に遭いづらくすること、被害の様子はなるべく写真や動画に残しておくなどしていざとなったら警察に言えるようにすること等、どうにかこうにか頭をひねって無理やり絞り出した、気休めになるのかも分からないような事を言うのでせいいっぱいだった。



 福守27年5月

 二年生に進級し、彼らへの嫌がらせもある程度は引いていく事を期待したものの、悪化の一途を辿っていた。あくまで表には出ず、本人ではなく物に対しての嫌がらせを行う。その上で、行う内容はさらに醜いものとなっていった。その生徒の顔写真を使ったコラージュ写真が机の中に大量に入れられたり、腐ったパンをロッカーの中に入れられたり、靴箱に虫の死骸が敷き詰められたり。

 被害者の一人、遊佐(ゆさ)に至っては学校の用意したロッカーは鍵がついていないからと、その中に自分で買った鍵付きの金庫を入れてそこに教科書を保管していたら、その金庫ごと近所のゴミ捨て場に捨てられた始末だ。

 そうした嫌がらせについて、この数か月の間で分かった事がある。それは特定の誰か、あるいは特定の誰かが仕切る集団が行っているのではない。不特定多数がそれぞれに、気が向いた時に行っているという事だ。

 これまでに何人か、そうした嫌がらせを行っている現場を押さえて直接本人に問いただした事があった。なぜこんな事をするのかと尋ねると、自分は今回がまだ一回目だとか二回目だとかで、あいつにはみんなやってるし、いらいらしていたから。皆同じような事を言っていた。そして決まって、先生の元へと連れて行って同じ事を問いただすと、一転してやってないなどと言い出す。先生は面倒くさそうに「受験だってあるんだし、そんなので何かあったらお前だって困るだろ」程度に、軽く注意をうながして去っていく。

 腐っている。

 なるほど、勉強が大変でストレスでも抱えているのだろうか。ところで俺は去年、夏休みを利用してほぼ毎日、近くの公園の清掃のボランティアに参加していた事があった。あの時よく見ていた光景だ。昨日まできれいだった場所に、大きな家電が捨てられている。どうしたら良いかと手をこまねいていると、翌日以降なぜだか、そこにペットボトルやお弁当の容器などといったものが捨てられるようになっていく。

 そこは物を捨てて良い場所だと勘違いした輩が現れる。それと同じ。何をどうしたらそう思えるのか、どんな思考回路をしているのか疑問でしかないが、現実問題こうして嫌がらせは続いている。

 ついでに、二年生に上がってからは俺自身にも嫌がらせが行われるようになっていた。新しい担任の先生は昨年度の茂森の担任。つまり、何も期待できない相手という事だ。いらつくばかりだ。

 動かぬ証拠を捉えて警察に突き出したとして、なにせ犯人は一人二人でもなければ、誰かが指揮している集団でもない。そいつ以外の奴らが元気に次の日以降も嫌がらせに励むだけだろう。俺一人の問題であれば別に、机がどうなっていようと俺は気にしないし、靴や教科書、参考書等は常に持ち運んでおけばそれで済む話だからどうでも良い。だが、なにせ他の四人の事もある。ああ、なんだこれ。この学校に月夜が居なくて本当に良かった。あいつはこんな狂ったところに居たらいけない。

 もし俺のせいであいつが何か被害を受けていたらと思うと、頭痛と耳鳴りがした。



 福守27年7月

 この学校の西校舎の四階には、なぜか通常の教室三つ分もの大きさの、生徒達から大教室と呼ばれるものが二つ存在する。

 都合が良い。この高校は夏休みに初日から15日間、そして終わりの15日間は学校に来て全員強制の補講を受けなければならない。そして、夏休み初日は二年生を対象に、文系と理系に分かれてその二教室で模擬試験を行う。面倒臭すぎてめまいがしそうだが、今はそれが都合が良い。

 その模擬試験がやっと終わると、今度は各教科の担当教員が教壇に上がって次々に喋り始めた。驚くほど都合が良い。先ほどまで話していた先生が教壇を降りていくと、次は英語の先生が何か話をするようだ。

 この数か月間、ずっと考えていた。なぜ「捨てても良い場所」なんて勘違いをするのか。何をどうしたら「あいつは嫌がらせをして良い相手」などと思えるのか。そう、答えは最初から分かっていた。狂っているからだ。何かが外れてしまったんだ。かつて有名プロゴルファーの不倫が報じられて、その選手は「自分はゴルフで頑張っているからこういう事をしても良いと思った」と語っていたのを覚えている。人間、一度おかしくなってしまうと、自分でおかしくなっている事に気づけない、あるいは気づいたところでそれを認められない。正当化に走る。そういうものだ。

 だから、およそ常人には考えられない「嫌がらせをしても良い相手」などという概念が生まれる。奴らはどうしても嫌がらせをしたいんだ。そのためならどんな理不尽も何かしら理屈をつけて正当化しようとする。そんな奴にまともにぶつかってもだめだ。とにかく大きな衝撃を与えて我に返らせる必要がある。

 一度、どん底を味わわせて「こんな目に遭うくらいなら、もうしない」と思わせる「底つき体験」と呼ばれるものがある。逮捕というのもその一つ。目的はそれと同じだ。別に今回はそいつらに痛い目を見させるわけではないが。

 俺は一番端の席に座っていたため、英語の担当教員が話をしている最中、手を伸ばして、すぐ近くの小さな窓ではなく、少し遠くにある、大きな窓を開けた。蒸し暑いそよ風が顔にかかる。気持ちが悪い。前の席に座っている生徒が不思議そうにこちらを見た。

 さて、落ちるか。ここは4階。落ちたら死ぬかもしれないし、運よく生き残るかもしれない。死んだ時用に俺の部屋に遺書が残してある。しかし本当に都合が良い。理系と文系に分かれてはいるものの、こうして学年の半数が同じ教室に居る事、この教室が落ちたら死ぬ可能性のある四階という高さにある事、先生達も沢山見ているという事。よく見ると一年生の頃の担任の先生も居た。そういえば幽谷(ゆうこく)先生には彼らの事を相談してなかったな。元担任なのに。あの人に話を聞いてもらっていたら何か少しは変わっていただろうか。

 でもこんなに都合の良い時はもう冬休みまで無いだろうし、仕方ない。今日、今ここで決行するしかない。「嫌がらせをしても良い相手」なんて幻想を抱いていたら、その相手が自分の目の前で飛び降りた、あるいはそのまま死んだ。さすがにそんな事になれば皆妄想から覚めるだろう。




 月夜



 
 ふと映像が見えた気がした。俺の死体を見てどよめく生徒達、先生達。そして、月夜。ここに居ないはずの月夜の姿が脳裏に映った。寒気がした。

 俺は馬鹿なのか?別に俺自身、こんな程度の嫌がらせがされていても大して気にならない。構わず受験に向けて勉強を続けていれば良い話だ。別に俺は死にたいわけでも何でもない。ただ、奴らの目を覚まさせてやりたい。なぜそう思った。それは、あの被害者達四人をどうにかしてやりたいと思ったからだ。

 馬鹿か俺は。あの四人のために俺がここから落ちて、そんな事したら月夜が泣くに決まってる。なんだ、俺は何をしようとしていた。別に俺は、あの四人が好きなわけでも何でもない。ただ頼ってきたから無下にしたくないだけの話で。先生達に相談してもどうにもならなかったから、俺にできる事が何かないかって思って

 頭が痛い。あいつらもだが、俺も俺でおかしくなっていたのか?なぜこんなものを良い案だなんて思ったんだ。月夜。ふざけるな。月夜が泣いて良いわけがないだろう。

 すると、茂森が席を立った。

 嫌な予感がした。いや、だがそんなわけがない。英語の先生が「何をして」と言いかけた時、茂森は、俺の開けた窓から外へ出て、そのまま飛び降りた。

 あまりにあっけなく、何かを言い残すわけでもなく、茂森の姿はそこから無くなった。

 何が起きた。俺は、こいつらの目の前で飛び降りてやったらみんな血の気が引いて我に返るだろうと思って、でもそれは俺もおかしくなっていて。

 茂森?

 生徒や先生達が叫び声を上げている。何人か明らかに過呼吸を起こしている生徒もいる。そんな事はどうでも良い。俺は窓の下を覗き見ると、そこには丸まった姿の茂森が落ちていた。そうだ、確かにこんな都合の良い時は、今日、この時くらいしかないのだから。考えてみれば納得のいく話だった。




(後編へ
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1980476540&owner_id=24167653
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する