町に奔走して、はや３週間。
そろそろ総司令本部（G.H.Q）に報告しないといけないし、狙撃銃の融通にも掛け合わなければならない。一応、レポートは毎週送ってはいるのだが……
書類から目を離したノラが溜息を尽く。
正直、あの扇子男に遭いたくない。ネチネチしてて全然性格が合わないのだ。正に水と油。
だが今回はそうも言ってられない。司令部を出た先で、軽便トラックを駆るオヤジに声をかけ、丁度良くガルガンティン市街にまで杉の苗を買いに行くというので、便乗させてもらった。
杉と言っても遺伝子改良を施した“マルチプル・タイタン杉”という品種である。大ユピタルのテラフォーミングの第三段階として、安定した酸素を供給するため品種改良腫で、とにかく二酸化炭素を吸いまくり、とても成長が速い。３〜４年で0.1リーグ（180ｍ）にも達する巨木になってしまう。
基本的に遺伝子操作で数十年の寿命なのだが、ほんの時々、奥地でタイタン杉の生き残りが発見されたりもしていて、それはもう…2リーグ（3.6ｋｍ）の高さ、周囲6リーグ（約10ｋｍ）にも繁茂するご神木へと変容する場合もある。ま、殆どないけど。
建築資材としてはうってつけの高度も持ち合わせており、鉄、モルタル、木材を上手くハイブリッドさせた建造物がここ、ガルガンティン地方の特徴でもある。
逆にこのタイタン杉は、何だか燃え辛いのだ。密度とかの問題らしいが、薪としては期待できない。しかしその特徴は反面、防火剤の素質もあって、それ故に建築素材としては欠かせない。
これだけの建造ラッシュの中、タイタン杉の苗から育てるなんざ…なかなかこのオヤジ野心家だな……等と思っていると、1時間ほど揺られてやっとガルガンティン総司令本部に到着した。
ガルガンティン総司令本部―
ドン・ボルゾックが無謀にも『アララト』で強硬衝角攻撃を行い、大破してしまった中央要塞がそれに当たる。
だから、ひっきりなしに再建のための建築現場があちこちで行われている。
―因みに余談だが……
功績本来第一等であったドン・ボルゾックだが、このあまりに破天荒な突撃の為アララトが大破、G.H.Qに使う筈だった要塞も大破してしまい、その功罪を相殺して昇格も無ければ降格も無かったらしい。
ガルガンティンには現在、各国の軍閥（ウォーロード）が尻馬に乗ろうと多くの折衝を重ねているというだけあって、ひっきりなしに人が出入りしている。
ユピタルの歴史は裏切りと裏切りの連続だった。
一番初めにザヒル・シャーの統一王朝があったのだが、新興王国ヴ帝国が発足し、それの祝賀に行った際、大ユピタルは分裂、社会主義国家との分断戦争に突入する。
それを撃退したのが各軍閥（ウォーロード）達…本人達は「ムジャヒディン（聖戦士）」と言っていたのだが、今度は彼等同士が内輪揉めしだした。
その中で、法の秩序を元に台頭したのが「アトゥンの火」だったのだが、次第に恐怖政治ばかりになってきた。
人々は殆ど絶望していた時、軍閥のなかで唯一「ザヒル・シャーを取り戻して元の国家に戻そう」という運動を行っていたのが、パンジール・ウルケーだけだった。
そのパンジール・ウルケーを潰したかったのが、アトゥンの火。そこでウルトラCの同盟を行い、強国のヴ帝国にパンジール・ウルケーを潰させようと目論んだのだ。
ところがマルマラ海戦にて奇跡の勝利。取って返す刀で、アトゥンの火の最重要拠点であったガルガンティンまで奪われるというのが今の現状である。
だからこそ、大義を持つパンジール・ウルケーを盟主に、アトゥンの火によって虫の息であった各国の軍閥が日参しているのだ。
ある意味したたか…だが、或る意味海千山千のムジナ共でもある。北の小国で在った時のパンジール・ウルケーの発言には聞く耳を持たなかったくせに、奇跡の連戦連勝をした瞬間、尻尾を振ってくる輩である。
そういう有象無象を相手にしなければいけないあの扇子男に、若干だが同情の念が湧いた。
「おや…君は“英雄（カーラマン）”ではないのかね？」
司令部の階段を下りてくる数人を引き連れた、妙に洒脱なスーツを身に纏う金髪のオールバックの青年に、目を奪われる。
「？ どちらかで会いましたか？」
「いや、出会い頭に失礼。私、ヴ帝国の准将…オニール・アジーンと申します」
あまりに身分違い、そして向こうの洗練された身のこなしに、ノラの身体は一気にぎこちなく緊張する。
「あ、や。は…はじめ…まして？」
気さくに握手を交わしてくるオニール准将。だがその握力は決して友好的ではない。
「貴方のお蔭で、我が軍は大損害を被った…脱帽するよ！ そしてその英雄に遭えるなんて！」
にこやかな笑顔。だが、顔は笑っていない。
「きょ、今日は…ななな…なんのために？」
「ああ、捕虜協定さ。そうだ、君からも宜しく言っておいてくれたまえ」
オニール准将はそのままぐっと顔面と顔面を近づけた。キス出来るくらいの距離だ。
「ウチの不手際もあるが、キミ達が捕えたマーガレット・フィンチレイ中将は…我が軍の至宝だ！ くれぐれも丁寧に扱いたまえ……！」
そういうが早いか、握手の手を放して優雅に髪を櫛上げると、後ろも振り向かず階段を下りて行った。
「願わくば、貴殿とは戦場でまた会いたいものだ、はっはっは！」
…扇子男も得体の知れない、不気味な才能の淵を感じたが、このヴ帝国の将軍も底知れない恐ろしさを備えている。
背筋がブルッときたので身を捩らせながら、涙目のノラは何か大きな渦に飲み込まれていく自分をイメージした。
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