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2017年07月05日00:54

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『小っちゃくなっちゃった!』第2話

『小っちゃくなっちゃった!』第2話

「くっそ〜…完全に無駄足だった…」
 長い十二宮の階段を往復し、徒労感とともにカノンは教皇の間に戻った。
「あ、カノン、どうだった?」
 アイオロスの寝室に戻ると、裸だった少年のサガがチュニックに着替えていた。子供用のチュニックをアイオロスが侍従に用意させたのだ。そして焼いたパンにレタスとハムを挟んだものが彼の朝食として出されており、サガは寝台に座ってそれを食べているところだった。
「アケローオスは留守だった。代わりに、アルペイオス河神に連絡を取ってもらってる」
「そうか」
 アイオロスは朝食を食べるサガの世話をしていたのだが、サガはというと、アイオロスに対して隔意ありげな態度を取っており、アイオロスが手を伸ばしてナプキンでサガの口を拭こうとしたり、飲み物を勧めたりするたびに、いちいち身を引いて距離を取っていた。
「…カノン!」
 カノンが部屋に戻って来たのを見ると、サガは急いでパンを口に詰め込んだ。大慌てで食事を終えたサガは、アイオロスの側から離れ、とてててて…とカノンのもとに足早に駆け寄った。
「…カノン、あの人、何?」
 カノンの背に隠れるようにしてアイオロスから距離を置いたサガは、眉をひそめて弟に問うた。
「何って…。あいつはアイオロスといって、あれでも聖域の教皇だ、一応」
「一応はないだろう!」
 カノンの説明にアイオロスが不満そうに異議を唱える。
「あの人…変だよ」
 サガが困惑した視線をカノンに投げかける。
「変って、何が?」
「あの人、僕が自分の恋人だって言うんだ。おかしいでしょう?」
「……」
 黙ったカノンに対し、アイオロスは声を張り上げた。
「本当だ!おれはお前の恋人だ!サガ、お前の最愛の男だ!」
 だがその主張に、サガはますます身をカノンの背後に隠した。
「…ほら。キモい…」
 愛するサガに「キモい」扱いされたアイオロスは、大岩が頭にぶつかったような愕然とした表情になった。
「…ぶ…くくく…」
 カノンは笑いを押し殺し、
「…ウワーッハハハハ!」
 とうとうそれも出来なくなり、大笑いした。
「そうだよなぁ、アイオロス!今のお前はサガにとって、知らないおじさんだもんな!そんな奴に性欲丸出しですり寄られても、気色悪いだけだって!」
「おじさんはないだろう!おれはまだ二十代だ!せめてお兄さんと言え!」
 どうでもいい点でアイオロスが抗弁する。
 今のサガにとっては、大人になったカノンの姿も「知らないおじさん」には違いないのだが、自分の母親と同じ髪をしているという容姿の類似から、サガはカノンが「成長した自分の双子の弟」だという説明を半信半疑とはいえ受け入れたらしい。となると、「弟」であるカノンと「見も知らぬおじさん」であるアイオロスとでは、親愛の示し具合が違ってくる。
 サガとの関係の親密さをアイオロスに誇示するかのように、カノンは少年のサガを抱き寄せてみせた。
「ざまーみろ、アイオロス!いやぁ、これほど痛快なことは近年なかったわ!サガにキモ悪がられるお前とか…傑作!あーっははははは、いい気味だ!」
「カノン、その言い草はひどいぞ!おれの気持ちも知らず…!」
 サガに「キモい」と言われるわ、カノンに「おじさん」扱いされるわで、アイオロスの心はずったずたに傷ついた。寝台に座った聖域の教皇様は力なく悄然と肩を落とした。
「ううう…。サガ…早く元に戻ってくれぇ…」
 最初、少年の姿に戻ったサガを見たアイオロスは、初めてサガと出会った頃を思い出し、初恋の想いを蘇らせて懐かしい気分になっていた。だがその後はサガと仲良くなれるどころか、下心を見抜かれてひたすら警戒され、距離を取られるばかりで、気分は落ち込む一方だった。かといって、今のアイオロスにサガに対してよこしまな気持ちを抱かずにいろというのも無理な話であった。少年のサガは、あまりに愛らしく、あまりに可憐で、触れたいという欲望を抑えることがアイオロスは出来なかったのだ。
「サガぁ…うう…このままだとお前にキスもできないし、手も握れないし、セックスも出来ないじゃないかぁ…。そんなの嫌だぁ…」
「この期に及んでサガとのセックスが最優先かよ、お前は!?」 
 カノンがアイオロスに怒鳴り返したその時、彼の頭の中に小宇宙で意志が響いた。
『…お〜い、カノン…。双子座のカノン…聞こえるか?』
「…え?あ?」
 カノンが頭上をきょろきょろと見回す。
『あ…届いたかな?カノン、こちらはアルペイオスだ』
「アルペイオス!?」
 急いでカノンが小宇宙の波長を拾い、返事をする。
「聞こえている。カノンだ」
『あ、良かった。届いた、届いた。アテナの結界越しだからおれの声が届かないかもと…。カリロエから聞いたが、何か問題が起きたって?』
「そうなんだ。それで助力を願えないかと…」
『へぇ。…で、今度は何をやらかしたんだ、お前?』
「…今回はおれは何もしてないぞ!」
 問題が起きたのはカノンのせいに違いないというアルペイオス河神の決めつけに、カノンが声を荒げた。
『そうか。じゃあ、これから何かをやらかす予定なのか?』
「だから、何でおれが何かをしでかす前提なんだよ!?その前提から離れろよ!」
 カノンの反論に、アルペイオス河神が驚愕の事実を明かした。
『双子座の聖闘士が何かをやらかすのは、神話の時代からの神々の常識よ!』
「な、なにぃ!?」
 二人の会話を横から聞いていたアイオロスがぶっと吹き出した。
「そ、そんな常識が神々の間で回覧されているのか…。神話の時代からトラブルメーカー扱い…ぶっ、くくく…、カノン、お前…」
「笑うな、アイオロス!言っておくが、双子座の正聖闘士はおれじゃなくてサガの方なんだぞ!」
 兄に汚名を押しつけようとしたカノンだが、アルペイオス河神によってそれはあっさりと阻まれた。
『あいにくだが、双子のどちらも問題児ということで皆の見解は一致している。アケローオス大兄上から留守を頼まれた時に、『おそらくあの双子が何か問題を起こして厄介ごとを持ちこむだろうが、面倒くさがらずに相手をしてやってくれ』と言われたんだが…その通りだったな。まったく、大兄上の慧眼、恐れいる』
「…あの野郎、そんな伝言を残してやがったのか。人を何だと思ってるんだ…」
 うなるカノンに、アルペイオス河神が尋ねた。
『で、何があった?』
「ああ、実はサガの奴が子供の姿になってしまって…。元に戻すのはどうしたらいいかと…」
『了解。じゃ、今からそっちに行くな』
「え…?今、から…?」
 次の瞬間、「どーん!」と教皇の間に衝撃が響き、建物が揺れた。
「な、何だ、地震!?」
「落雷!?」
 寝台に腰かけていたアイオロスは後ろにでんぐり返り、立っていたカノンはとっさに足を踏ん張った。サガがカノンの体にぎゅっとしがみつく。天井からほこりがぱらぱらと落ち、揺れが鎮まった時、アイオロスの部屋には人の姿が二つ、増えていた。
「…よっしゃあ!無事に到着!」
 突如として彼らの前に現れた青年がガッツポーズを決めた。瑠璃色の短い巻き毛に青紫色の瞳をした青年で、がっちりとした体つきをしており、陽気そうな顔立ちはアケローオス河神に似ていた。赤い渦巻き模様の縁取りがある黄色のキトンに青色のヒマティオンという、古代ギリシャの男性の装束を身に着けている。
「…アル…ペイオス…?」
「やあ!サガ、カノン、久しぶりだなぁ!いやぁ、アテナの結界を突き破ってきちんと転移できるかなぁとも思ったが、結構やれるもんだなぁ。すごいぞ、おれ!」
 青年が明るく一同に挨拶する。
「アテナの結界を…突き破って…」
 いささか呆然としながらカノンが呟いた。
 聖域は何重にも張り巡らされた結界に守られており、特に十二宮はアテナの小宇宙が立ち込めているためテレポーテイションでの出入りが出来ない。だがそれは人間限定の話であるらしく、そこはさすがに神様だけあって、アルペイオス河神は教皇の間に直接テレポーテイションをして乗り込んできたと見える。先程の衝撃と揺れは、彼がアテナの結界を突き破った時のものらしかった。
「…アテナの結界を破るとか…よくやる気になったな…。危ねー…」
「実は上手くいくかどうか、完全な自信はなかったんだけどな。弾かれたらこっちが大ダメージだし。でもまぁ、古いし、あちこちほころびてる結界だし、これならおれの力でも何とかなるかなぁと思って!いや、試してみるもんだな」
「む、無茶にも程がある…」
 騒ぎに何事かと心配した侍従や警護の雑兵たちがアイオロスの私室をのぞき込む。アイオロスは彼らに事情を説明し、下がらせた。
 アケローオス河神が聖域を訪ねてくる際は、いちいち正門の前に姿を現し、己の名を名乗って教皇たるアイオロスの入域許可を乞い、教皇の間に来る時も十二宮をえっちらおっちらと自分の足で登ってくるのが常なのだが、あれは彼なりに周囲の人間たちに気を使ってくれていたのだなぁ、とアイオロスは意外に気配りのできるアケローオス河神の性格を見直した。その点、アルペイオス河神は、兄よりもかなり大雑把で、人間たちの都合など知ったこっちゃないという性格らしかった。
 ハーデスとの聖戦の際も、死の神タナトスが聖域内に直接、攻撃的小宇宙を送ってきたことがあったし、神々にとっては聖域の結界は本来あまり行動の妨げになるものではないと見える。それでもいちいち正規の手順を踏んでいるのは、アケローオス河神の配慮によるものなのだろう。
 何でこんな粗忽な奴にアケローオスは留守を託したんだろう…とカノンは思ったが、近くにいて、それなりに有力な河神で、適当に暇だったのが、アルペイオス河神だったというだけのことかもしれない。

 アルペイオス河は、ペロポネソス半島のアルカディア地方に発してエリス地方を流れる河で、この河の神は大洋神オケアノスと海女神テーテュスの間に生まれた息子たちの一柱である。エリス地方は古代オリンピック発祥の地であるオリンピアがあり、アルペイオス河はオリンピアのほとりを流れているため、古代ギリシャの詩人ピンダロスのオリンピア祝勝歌にも繰り返しこの河の名前が登場する。
 アルペイオス河神については、次のような話がある。アルペイオス河神は、アルテミス女神に恋をした。しかし処女神である彼女に求婚しても望みはないと思い、腕づくで彼女をものにすることにした。こうして河神はアルテミス女神と侍女のニンフたちが夜祭りをする際に待ち伏せたのだが、アルテミス女神は河神の不穏な企みを察知して、侍女たちとともに顔に泥を塗って隠した。このためアルペイオス河神は誰がアルテミス女神なのかを見分けられず、企みを断念したというのだ。
 「よくアルテミスに射殺されなかったな!」という神話であるが、アルペイオス河神はアルテミス女神に射殺されるどころか、オリンピアの祭壇ではアルテミス女神と同じ祭壇で祭られることになった。オリンピアの祭壇では、二柱一組、六つの祭壇で十二の神を祭っており、ゼウスとポセイドン、ヘラとアテナ、ヘルメスとアポロン、優雅の女神たち(カリテス)とディオニュソス、アルペイオスとアルテミス、クロノスとレア、という組み合わせで祭られていた。いわゆるメジャーな「オリンポス十二神」とは顔ぶれが違うが、例えばこの中にないヘファイストス神が祭られていなかったかというと、そういうわけでもなく、ヘファイストス神はヘファイストス神で独立した祭壇を持っていた。だがこれらの主要な神々と並んで祭られているところからも、エリス地方の人々がアルペイオス河神をいかに重要視していたかが分かる。アルペイオス河神の息子たち二人は人間の英雄としてアルカディア地方の王になったという系譜も作られている。
 アルペイオス河神にまつわるもう一つの恋物語が、ニンフのアレトゥーサに対するものだ。アレトゥーサはアルテミス女神に仕える侍女で、女主人同様に狩猟を愛し、恋愛を軽侮していた。ある時、彼女がアルペイオス河で水浴びをしていると、彼女に魅せられた河神が水中から声をかけた。アレトゥーサは逃げ、アルペイオス河神は人間の姿になって彼女を追った。アレトゥーサがアルテミス女神に助けを求めると、女神は彼女を水に変え、アレトゥーサは地中を通ってシチリア島まで逃げて、シラクーザのオルテュギア島で泉として噴出した。するとアルペイオス河神も水に変身し、地下水脈を通って泉の水と混ざり、アレトゥーサと交わったという。
 シラクーザにある「アレトゥーサの泉」は海のすぐ近くにあるにも関わらず淡水の水が湧き出ているという不思議な泉で、この泉を見た古代の人々は、アルペイオス河の水が地下水脈を通じてこの泉とつながり、噴出しているのだと信じたのだ。

「でもあれだよな、残ってる神話がどっちも女をストーキングした話ってのも、情けな…いいいぃぃぃぃーっ」
 カノンの両頬をアルペイオス河神が両手で左右に引っ張った。
「…本っ当に、ガキの頃から口の減らん奴だな、お前は!人の古傷をえぐるな!」
「いひゃいって…!ひゃめ…」
 アルペイオス河神はカノンの頬を思いっきり左右に引っ張ってから離した。解放されて赤くなった頬をカノンがさする。
「…まあ、確かにアルペイオスもどうかなぁと思うところがあるが…。アルテミスとかアレトゥーサとか、硬質で潔癖で活動的で、恋愛とか男とか興味ありませんって相手にしか惹かれんのだからなぁ。何もよりによって難攻不落の鉄壁をあえて選んで頭をぶつけるような真似をしなくても…と思うのだが…」
「それがおれの好みのどストライクなんだから、仕方ないでしょうがぁ!アケローオスの大兄上みたいに、処女も熟女も、貧乳も巨乳も、内気な女も強気な女もどんと来いってわけにはいかんのです!人の趣味に文句をつけないでくださいよ、ネイロス兄上」
 それまでじっと静かにたたずんでいたもう一人の青年の言葉に、アルペイオス河神がやけくそのように叫び返した。
「ネイロス…?」
「ああ。懐かしいな、二人とも」
 ネイロスと呼ばれた青年が挨拶する。こちらは暗青色の長い直毛の髪に、明るい緑色の瞳をしていた。アルペイオス河神よりも背が高くすらりとした体つきで、物静かで端正な面持ちは父親のオケアノス神に似ている。青緑色のキトンに、白の地に金糸で縁取りがされたヒマティオンを巻き付けていた。
 ネイロス河神は、エジプトのナイル河の神だ。エジプトは古くからギリシャとの交流があり、ナイル河は古代ギリシャの人々にも馴染みの河だったらしく、古代ギリシャの詩人ヘシオドスの『神統記』では河の神の最初にネイロスの名前が出てくる。
 ネイロス河神の逸話は乏しいが、英雄たちの系譜では重要な位置を占める。大神ゼウスはイナコス河神の娘イオを愛したが、正妻ヘラの目をくらませるために彼女を雌牛に変えた。牛になったイオはヘラ女神の使いのアブに追われてエジプトまで逃げた。そこで人間の姿に戻り、ゼウスとの間にエパポスという息子を産んだ。このエパポスにネイロス河神の娘のメンフィスが嫁ぎ、二人の間に産まれた娘の子孫が、ペルセウスやヘラクレスを輩出したアルゴス王家であり、ミーノスとラダマンティスの母としてクレタ王家の祖になったエウロペであり、オイディプスで有名なテーバイ王家の祖カドモスなのだ。末広がりな家系と言えよう。
「ネイロス、なんでまたあんたまで…」
「たまたまアルペイオスの館を訪ねていたのだ。ちょうど暇…、いや、面白そうなことが起こ…、いや、まあ、面倒な事件が生じたようだから私も力になれないかなと思って…」
「…ちょうど暇で退屈してたところに面白そうなことが起きたから首を突っ込むことにしたんだな。分かったよ。…ったく、どいつもこいつも、ろくでもねぇ性格をしてやがる…」
「ははは…。アルペイオスだけではアテナの結界を突破できるか不安もあったしな。ああ、私たちが破った結界は自然に修復されるから、心配するな」
 ネイロス河神は穏やかに笑ってカノンの嫌味を受け流した。

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