TV のナレーションなんぞを聞いていると、わりと、
ピーンチ
というコトバが出てくる。オモシロ声のナレーションだと、アクセントが2種類ある。
ピーンチ ●○○○ 高低低低
ピイーンチ ○●○○○ 低高低低低
「ピーンチ」 というのは、ロケゲストが、何やら窮地におちいったときの普通のナレーションだが、それに、ちょっとフザケタ感じが入ると、
ピ
イーンチ
になる。
…………………………
東京方言のアクセントには、いくつかのシバリがある。
(a) 頭高(あたまだか)か、中高(なかだか)か。
これは東京式アクセントの単純さを象徴する現象だ。英語などの強弱アクセント、あるいは、古代のギリシャ語・ラテン語などの高低アクセントと同じく、「アクセントの位置を1ヶ所示せば事足りる」 のである。
5拍の語で、実例を見てみやしょ。
【1拍目】 「イヤリング」
íyaringu
●○○○○ 高低低低低
【2拍目】 「オカーサン」
okáasan
○●○○○ 低高低低低
【3拍目】 「ホトトギス」
hototógisu
○●●○○ 低高高低低
【4拍目】 「シホンシュギ」
shihonshúgi
○●●●○ 低高高高低
【5拍目】 「ナミノハナ」
naminohaná
○●●●● 低高高高高
【無限後退アクセント】 「ドラエモン」
doraemon-gá
○●●●●-● 低高高高高-高
西欧諸語と違って見えるのは、
東京式アクセントが、つねに、2拍目から高くなってしまう
という性格を持っているからだが、これは本質的なものではない。実際、名古屋など、東京式のアクセントでも、「遅上がり」 と言って、2拍目から高くならない方言がある。つまり、
単語のアクセントは、高く発音される最後の音節は、何番目か
を問うものなのであるね。だから、ローマ字の上にアクセント記号を付ければ記述できるわけだ。
こんな基本を説明したのは、この先のハナシの、どこが面白いのか理解してもらうため。
…………………………
日本人が、「ピーンチ!」 と “ー” (のばし棒) を入れて発音するのは、いずれ、おどけているときだ。こういう場合、アクセントを後ろのほうに持っていったほうが、オモシロミが増す。第1拍を高く発音すると、「簡潔に言い切る感じ」 になってしまうからだ。つまり、
ピーンチ ●○○○ 高低低低
じゃないほうがいい。
ところが、ここで問題が生じる。
(b) 東京方言のアクセントは “ッ”、“ン”、“ー” には落ちえない。
こうした音節は、それじたいで1音の単語を構成しえない 「自立性のない音」 である。この3つを発音しろ、と言われても不可能だ。こうした音は、
日本語としては1拍とみなすが、
音声学的には、「先行する拍と融合して1音節」 とみなす
というような特殊な音なのである。
【ダンゴ】
日本語の捉え方 「ダ・ン・ゴ」 3拍
物理的な音声 / daɴ - ɡo / 2音節
【キップ】
「キ・ッ・プ」 3拍
/ kip - pu / 2音節
【トーリ】 (通り)
「ト・オ・リ」 3拍
/ to: - ri / 2音節
ここで、「ピーンチ」 というコトバに戻る。アクセントを2拍目以降に移動できるだろうか?
pi-í-n-chi ○●○○ 低高低低 …… ×
pi-i-ń-chi ○●●○ 低高高低 …… ×
つまり、2拍目=“ー”、3拍目=“ン” なので、どちらも東京方言のアクセントとしては成り立たない。ならば、
pi-i-n-chí ○●●● 低高高高
は可能か、というと、そうは問屋がおろさない。
現代語で、3拍語までは、最後の拍が高い単語が、見られるが、
4拍語以上では、実質的に存在しない
と言っていいのだナ。もし、存在したら、それは 「合成語」 だ。
ナミノハナ
ナミノ ハナ ○●○-○● → ○●●●●
ジュウニガツ
ジュウ ニ ガツ ●○-●-?? → ○●●●●
ハツデンショ
ハツデン ショ ○●●●-? → ○●●●●
つまり、4拍以上の語で、最後の拍にアクセントがある語というのは、
現代日本語では “生産性がない”
のである。言語において 「生産性がない」 というのは、化石のように残っている例はあるが、そういう言語形式は、現代の生きた言語活動からは生まれない、という意味だ。
…………………………
「ピーンチ」 のアクセント1つとっても、学術的に説明すると、これだけメンドクサクなる。つまり、
“のばし棒” だの “ン” だのを続けて持つ
「ピーンチ」 という語形じたいが、日本語的ではない
のであるナ。だから、1拍目以外にアクセントを置くことができないわけだ。
しかし、ドーシテモ、アクセントを後ろにずらしたい
という 「本能」 から、
ピイーンチ
という語形が生まれてくるわけだ。
アクセントをアタマに置かないために、
2拍目に余計な 「イ」 を入れる
という策を、
日本語ジンは、本能的にヒネリ出すのであるナ。よって、
ピイーンチ ○●○○○
というふうに5拍に発音するのだ。これで聞くヒトの笑いも誘うことができる。
「ピイーンチ」 という語形を生み出したナレーターは、上記のような分析をおこなったわけではない。これがネイティヴの持つチカラなのであるよ。
とは言え、本能的にやっていることだから、外国人に、
「なぜ、PINCH を、わざわざ、ピイーンチと発音しますか?」
と訊かれると、説明はできないのだ。
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