「Ｔバック」 誕生。

　　▲ thongs, tanga。　　　　▲ tanga もどきの例。



〓きのうは男子用 Ｔバックふんどしの 「黒猫」 を取り上げました。きょうは、女性用の Ｔバックに行ってみましょう。

〓「Ｔバック」 というのは、たとえば、アフリカ南部のコイサン人や、日本人などが、かつて着用していたフンドシ （英語で loincloth） と形態のうえでは同じものです。何が違うかと言えば、いったん、“隠す” という習慣が定着したのちに、ふたたび、わざわざ露出して、「若い女性のお尻の魅力を強調した」 というところです。
〓つまり、「フンドシ」 と 「Ｔバック」 は、形態上は似ていながら、文化的には “まったく違う文脈におかれている” ということになります。

〓「Ｔバック」 が生まれたのは、1970年代のブラジルのビーチです。おそらく、ブラジルの気候、民族的なアケッピロゲさが 「Ｔバック」 を生んだ原因かもしれません。それと、ひょっとすると、ブラジルは 「お尻 賞賛文化」 なのかもしれません。
〓かつての日本が 「柳腰」 といって、「細くてしなやかな腰」 を “美人の代名詞” としていたことを考えると、このような、性的価値の文化コードの違いが存在するのは確かでしょう。

〓ブラジル・ポルトガル語の俗語では、「Ｔバック」 のことを、

　　　fio dental　[ ' フィーオ　デン ' ターウ ]　「歯の糸」

と言います。これは 「糸ようじ」、「デンタル・フロス」 のことです。この 「糸ようじビキニ」 については、２年前に書いております。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=49612615&owner_id=809109

〓これは俗語であって、正式な名称は、

　　　tanga　[ ' タんガ ]　タンガ（水着）

と言います。聞いたことありませんか？
〓日本などを含む、欧米諸国では、実は、この tanga という単語の意味が、たいへん混乱してしまって、現在では、あまり使われなくなりました。
〓1970年代のブラジルのビーチに生まれた 「Ｔバック」 は、世界にセンセーションを巻き起こしたらしく、海外でも tanga 「タンガ」 と銘打った水着が発売されました。しかし、1970年代の欧米で、

　　　“お尻がヒモ１本”

というのは、とても受け入れられるものではありませんでした。何しろ、アメリカの一般的なビーチでは、1960年代の初頭まで、「ビキニが着用禁止」 だったんです。
〓だから、「タンガ」 を商売の契機と見た人たちも、手ごころを加えました。

　　「“タンガ” と銘打ちながら、
　　お尻を覆う布があった」

のです。ならば、従来のビキニと何が違ったか？

　　　「ビキニのワキをヒモにした」

んですね。つまり、欧米では、当初、tanga　「タンガ」 と言えば、「Ｔバック」 のことではなく、“ワキがヒモになっているビキニ” のことでした。これは、きのう紹介した 「畚褌」 （もっこふんどし） と形が似ています。

〓欧米で、水着としての 「“真の” Ｔバック」 が一般化するのは、1980年代末のことです。ブラジル・ポルトガル語では tanga 「タンガ」 と呼ぶにもかかわらず、欧米諸国では、この単語は、すでに別の意味で使っちゃってるから、他の呼び名が必要でした。そこで、

　　　thong（s）　[ ' そング（ズ） ]　（革）ヒモ

という単語が引っぱり出されたのです。
〓英語で 「ヒモ」 という単語は string　[ スト ' リング ] が一般的です。だからこそ、「Ｔバック」 の英語名のひとつに、

　　　string bikini（s）　[ スト ' リング　ビ , キーニィ（ズ） ]
　　　　　　ストリング・ビキニ

があるんですね。thong 「ソング」 というのは、「ヒモ」 を指す単語の中でも、かなり “端っこのほうにある” 単語です。

　　　string　ヒモ、糸、楽器の弦
　　　line　　ヒモ、糸、物干しづな、釣り糸
　　　cord　（糸を寄り合わせた太い）ヒモ
　　　twine　より糸、麻ヒモ、荷造り用のヒモ
　　　lace　　組み紐、衣服や靴をしばるヒモ

　　　thong　革ひも

〓わざわざ、「革ひも」 という単語を引っぱってきているのは、ブラジル・ポルトガル語の tanga という単語の影響があったのではないか、と思います。もちろん、他人の空似で語源的にはナンの関係もありません。

〓 thongs という単語は、string bikini（s） と並んで、ワリと “無色な” 単語ですが、これに対して、G-string というのは、少しエロい俗語調の単語です。初出は、はるかに古く

　　　G-string　1878年 （明治11年） 初出

です。もちろん、そのころに 「Ｔバック」 があるわけはなく、“未開人” のフンドシ loincloth のことを指していました。
〓そして、この単語はダジャレでもあります。

　　　Air on the G String
　　　『Ｇ線上のアリア』

〓ヨハン・セバスティアン・バッハの 『管弦楽組曲第３番』 の中の 「エール」 “Air” 楽章につけられた愛称です。あきらかに、これをモジっているんですね。string というのは、もちろん、「ヒモ」 のことです。Ｇ が何を意味するかは、必ずしも定かではありません。いろいろな説があります。アタクシなどは、genitalia, genitals　「性器」 の頭文字ではないか、と思うんですが。
〓この G-string という単語は、1936年 （昭和11年） に 「ストリッパーのバタフライ」 の意味に転用されています。それだけに、あまり、身上のよろしくない単語なんですね。

〓ところで、ブラジル・ポルトガル語の tanga の語源ですが、これがまた、遙かアフリカから来ているのです。中央アフリカの 「アンゴラ北部」、「ジンバブエ」 などで話される言語に

　　　Kimbundu　キンブンドゥ語
　　　　　※ポルトガル語では、Quimbundo

があります。このキンブンドゥ語で、「股間を覆う布きれ」、つまり、フンドシのことを、

　　　ntaŋa　[ ヌタカﾟ ]　ンタンガ

と言うらしいのです。
〓アフリカをはるばる越えてインド洋へと辿り着く航路を開拓したポルトガルらしいですね。旅の途中で拾った単語を使って、“未開人” のフンドシのことを tanga というようになったんです。初出は 1813年 （文化10年）。ヴァスコ・ダ・ガマが、インド航路を発見した 300年後です。英語の G-string よりも半世紀早い登場です。
〓この tanga という単語が、1970年代のブラジルで、若い女性たちが着るようになった 「Ｔバック水着」 を指すのに転用された、ということです。
〓ポルトガル語というところがネックだったらしく、単語の由来が確認できないがゆえに、

　　　tonga　「トンガ」

などと、イメージでまちがっちゃった例もあります。

〓ところで、先に書いたような事情で、tanga という単語は、消化不良のまま世界にふりまかれたために、ポルトガル語以外では、意味が混乱していることが多いようです。たとえば、英語圏・日本語圏などでは、tanga のことを、「Ｔバック」 だと思っているヒトと 「ワキがヒモになったビキニ」 だと思っているヒトの両方がいます。

　　　tanga site:.uk
　　　　※国別ドメインが 「英国」 の写真のみを検索する

のような方法でイメージ検索すると、各国語の混乱ぶりがよくわかります。
〓意味を正しく使っている言語としては、ポルトガル語、イタリア語、スペイン語 （tangas ともなる） などがあるようです。同じラテン系というところが面白いですね。

〓ところで、英語版ウィキペディアの G-String の項目には、次のような一文がありました。

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In the Japanese language and also in Cantonese, the G-string is widely known as T-back, after its shape seen from behind. The sound has been causing some confusion among Japanese speakers with a tea bag, which is also common in today's Japanese dictionaries. The term T-back is also commonly used in the Philippines.

日本語および広東語では、G-string は、T-back として広く知られている。後ろから見た形にちなんだ呼び名である。この単語の音のせいで、日本語の話者は、tea bag と T-back をかなりのワリで混同してきている。tea bag も現在の日本語辞書では一般的に採録されている単語である。T-back という単語は、フィリピンでも広く使われている。
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〓形態から言うと、昨日の 「黒猫」 と、ブラジルの 「タンガ」 は同じものですね。男性用として生まれたか、女性用として生まれたか、という大きなちがいがありますが。

〓今日は、「一寸の布にも五分の魂」 というオウワサでした。


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〓ナンとでもさん、のために、thongs ネタのイラストを２題、掲げておきま〜す。