を読んだ。草上仁著
時間不動産
その不動産屋は胡散臭かった。しかしコールドスリープの費用を払って所持金に余裕のない「僕」には、彼の勧める物件しか条件に合うものが無かったのだ。
しかしそこは確かに静かで、1人でレポートを書くのに適した環境と、時間だった。
そこは3095年のアリゾナで、購入したのはそこでの4時間だが、時間を引き伸ばして利用できるスプレッダーのおかげで主観的には2ヶ月半をそこですごせる計算である。
ところがその場所とその時間には安いだけの理由があったのだ・・・。
オチが予想通りなのだが、その具体的な内容は予想を超えたものだった。
なるほどそれは安いわ(笑)
ところで表紙のおねーちゃんが出てこなかったぞと思ったが、
よく考えたらこれはお隣の家の「料理の先生」か(笑)?
国民不在
この頃は政府が国民不在の政策を推し進めており、どこも暮らしにくくなっている。
先日は国民皆葬式制にしたがい、政府の役人の立ち会いのもと埋葬のバイトをしたのだが、なぜか遺体が届かなかった。
というのもそもそもその人物は・・・。
飲み屋でくだを巻いている男の台詞だけで進む。
文字通り「国民不在」でも政府が機能し続けるようになってきている世界というアイデアで押し切る。
喪失感を覚える結末がなかなか味わい深いが、ちょっと突っ込みが足らないような気もする。
ダ・ビ・ン・グ
録物(ろくもん)機によってあらゆる物体のコピーが作れる未来・・・のはずだがやたらに昭和っぽい世界(笑)
なんでも人から借りてダビングしたもので暮らしている友人との学生時代の思い出を振り返った後、現在になってもそいつはやってきて、今度は結婚式を貸せと言い・・・。
主題の録物機よりも80年代の学生っぽさが印象に残った(笑)
それにしても加菜・・・(笑)
蜂の幸福
「私」が清々しい朝を迎えて蜂に餌をやろうとしたところで、昔勤めていた会社であるSBSCの社長がやってきて気分は台無しに。
長年研究を続けてきた最高の麻薬を生成する母蜂の交配に成功したのだが、それが逃げ出してしまったので探し出してほしいというその願いの図々しさに呆れるも、そんなものに人が刺されたらただ事ではないということで引き受けるが・・・。
養蜂が社会に大きく影響する世界や、主人公の設定や蜂の描写など、どれも完成度が高くて面白い。
オチも綺麗かつ雰囲気よく決まってまさにSF好短編という感じ。
嫌煙権
煙草が健康のためになると証明され、タバコを吸わない人間は害悪のようにみなされる世界で、煙草が嫌いな主人公が飛行機に乗って重要な取引に向かうが・・・。
事象を裏返すと物事の本質が見えてくるというSFの1パターンをそのまま形にした感じ。
これが書かれたのは1987〜8年頃のようだが、当時は今と比べればまだまだ喫煙者の人権はあった。
今の状況を落とし込んだらもっと過激な内容になっているのではなかろうか。
明日にのばすな
「おれ」は事前服役制度を利用し、あと1月で最高刑である20年の刑期を終えようとしていた。
刑期が終われば最高に凶悪な犯罪、例えば殺人を犯しても、1件までならすでに罪を償っているので捕まることも無くなるのだ。
「おれ」は妻と生まれる前の娘(仮)の復讐のために20年を耐え忍んできたのだが・・・。
物語の根本アイデアである事前服役制度の有効性が伝わってこなかったので、イマイチストーリーに乗れなかった。
そこさえツボにはまれば名作になったと思うのだが。
ちうわけで草上仁らしいアイデアを背骨に据えた作品ばかりで、しかも描き下ろし短編集というところがまたこの著者らしい。
完成度の高さはまちまちに感じだたが、この著者ならではのどこかに余裕を残しているようなくつろげる雰囲気は相変わらずで楽しめた。
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