夜の仕事から帰る途上に【理数塾】といふスーツケースほどのサイズの小さな看板が灯っている。
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夜の11時に灯っているからには、授業中なのである。
高校生くらいの子らが見える。
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脳出血後、会社を畳んでハローワーク生活に入った。
Y便局を馘になり、鉛筆工場を馘になった。
どちらも仕事が遅かったからだ。
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ひょっとして、と考えた。
運動がダメならヅノウで勝負したら、と考えた。
近くの、広告でもよく見る、やる気スイッチの面接を受けた。
英数国の試験があった。
英語と国語は満点だった。
ウッカリがなければ、満点である。
いまだに書き順なんて古色蒼然たる問題が出ていた。
数学は0点だった。
マグレがなければ、間違いない。
結果は不採用。
教室には二十歳ぐらいの友だちみたいな先生。
面接に出た担当者も三十代くらいだった。
還暦の出る幕ではなかった。
ハローワークの求人というのは、とにかく年齢を制限してはいけないのだ。
めんどくせえ。
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ただ、英語の長文は植村直己に関するもので、なかなか面白かった。
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もう一ヶ所受けてみた。
取りつく島のワラにでも手がかかればといふ思いだったのか、久しぶりに受けたテストが懐かしかったのか、そのへんの気持ちはよく覚えていない。
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もう一ヶ所は、名前は聞いたことがあるが、小規模にやっている、予備校といふより、塾といふ印象だった。
そこの責任者と見える四十代くらいの女性の先生が、小学校低学年の子たちを指導していた。
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やはり、英数国のテスト。
英語、国語は満点だったと思う。
数学は0点。
アタシが帰るときに、その先生がこう言った。
数学を教えられる人を探しているんですよ。なかなか、いないんですよね。
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ニンゲン、英語と国語はなんとかなるのが普通らしい。
数学がなんとかなるのは易きことではない。
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その先生は、答案を少し見ただけで、点数がわかったのだろう。
あるいは、アタシのやうな戸惑いしたムクドリが、ときどき迷い混むのかもしれない。
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その塾からは、不採用の通知すら来なかった。
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