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2022年01月28日15:44

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『オケアノスさんちの家族旅行』第1話

 『聖闘士星矢』の二次創作で聖戦後復活設定。ただしオリジナル設定多し。
 サガとカノンがオケアノス一家の家族旅行に便乗してわちゃわちゃする話です。要は「酔っぱらったカノンがオケアノス神に夜這いをかけて天然な奥さんに撃沈される」というシチュエーションを書きたくて書き始めたものです。なので内容はないよう。
 旅行先はどことは特定してませんが、冬の日本海側ということで金沢あたりを想定してます。この話の下書きを書き始めたころは新型コロナウイルスの感染が落ち着いていたんだけど、それからあっという間に感染再拡大したなぁ…。この面々の入国審査とか隔離期間とかはどうなってるんだと思ったが、多分、全員、異次元経由かなんかで直接に日本の城戸邸に来てる。密入国じゃねーかw
 サガとカノンのオリジナル子供時代設定については『雪解け』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3484101を参照。アケローオス河神については『ハルモニアの首飾り』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3513947が初出なので参照。
 オケアノス一家の面々が出る話はこちら。『ドナウの白波 黄金の酒』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4939909『2010年双子誕AnatherStory』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5356268『小っちゃくなっちゃった!』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8374971『アルペイオス河神の話』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=10712879『春は失恋の季節』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9787807『メロンはいかが』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=13495489『クリスマスは家族で一緒に』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=14300247
 ホメロスの叙事詩『イリアス』に、ヘラ女神が「私の養父のオケアノスが奥さんと喧嘩しちゃって大変なの〜」と言う話が出てくるけど、あれ、きっとヘラ女神がアフロディテ女神から「魅惑の帯」を借りるための嘘だと思う…。だって「お二人を仲直りさせたいの〜」ってアフロディテ女神から「魅惑の帯」を借りたわりには、ゼウス神の誘惑に使ったっきりで、それからオケアノス神のところに行った話がないんだもん…。
 今回は色んな河名が出てきたけど、ギリシャの河は流量が乏しいので、神話に出てくる有名な河や泉が現代では涸れちゃってる…ってのがよくある。イスメノス河とか現存してるんかな…。


『オケアノスさんちの家族旅行』第1話

 聖域の主である女神アテナは、今生では「城戸沙織」という人間の女性の顔を持っている。そして彼女はグラード財団の総帥として、普段は日本で暮らしているのだが、時には聖域に戻って来て、必要な書類に目を通したり、報告を受けたりという生活を送っていた。
 そんなわけで年明けの一月にも聖域に帰還していたアテナ沙織であるが、そこに一人の客人があった。彼女への面会を求めて聖域を訪ねてきたのは、アテナの母方の伯父であり、大洋神オケアノスの長子として河の神々(ポタモイ)の筆頭の位置にある河神アケローオスであった。
 律儀にも聖域の正門から訪ねてきたアケローオス河神を教皇の間で出迎えたのは、双子座の黄金聖闘士であり、教皇アイオロスの首席補佐官も務めるサガであった。サガとカノンは幼少期にアケローオス河神と関わった過去があり、成人した彼らと再会したアケローオス河神は双子たちと親しく交流していた。
「アケローオス様、ようこそ。今日はどうされました?」
 そう尋ねたサガに、アケローオス河神は安っぽい白いビニール袋を手渡した。
「ああ、サガ。これ、手土産な」
 サガが手渡されたビニール袋を開けてみると、中には丸々と太ったロブスターがたっぷりと入っていた。
「ありがとうございます」
 礼を言い、サガは素直にアケローオス河神の手土産を受け取った。アケローオス河神はこんな感じで聖域に来るたびに魚介類だの果物だのを彼らに差し入れしてくれるので、おすそ分けにあずかることの多い教皇の間勤めの人間たちからは大変にありがたがられている。無論、サガとカノンにとっても食料の差し入れはありがたいが、「この方は、私たちのことをまだ食べ盛りの子供だと思っているのかなぁ…」という一抹の疑念をぬぐえないサガでもあった。
「今日はアテナに相談したいことがあって来たんだ。会えるか?」
「ええ」
 というわけで、アケローオス河神はアテナ沙織に面会した。神々二人はしばし二人きりでアテナの居室での話し合いの時間を持ち、そしてその話し合いが終わると、アケローオス河神は晴れ晴れとした顔で部屋から出てきた。
「ありがとうございます、アテナ。では」
 そう一礼してアテナの居室を後にしたアケローオス河神に、サガは事情を尋ねた。
「いや、実はな。最近、忙しくて親父とお袋が二人きりで過ごせる時間が少なかったんでな。それでたまには夫婦水入らずでゆっくりしてもらおうと、兄弟たちで二人に旅行をプレゼントすることにしたんだ」
「ははぁ…」
 サガと一緒にアケローオス河神の話を聞いていた教皇アイオロスが相槌を打つ。そして同時に、なかなかに孝行息子たちだな、とオケアノス神の子供たちの行いに感心した。
 大洋神オケアノスと彼の妹で妻でもある海女神テーテュスは、実に夫婦仲が良かった。神々の間でも仲睦まじいおしどり夫婦として有名だ。
 まだ天の主権者が天空神ウラノスだったころ、ウラノス神と大地女神ガイアの間に生まれたティターン神族の長兄であったオケアノス神は、父帝の命により世界の西端の辺境にと派遣された。実直で責任感の強いオケアノス神の気性を見込んで父帝が辺境防備を任せたのだとも、悪化する一方だったウラノス神とガイア女神の関係の仲裁に口うるさかった長男を疎んで辺境に追放したのだとも、神々たちの間では様々に言われている。
 ともあれ、それ以来、オケアノス神は生真面目に天の辺境を守る役割を果たし続け、天界の中央で繰り返されるウラノス神からクロノス神への、そしてクロノス神からゼウス神への、という親族間での権力闘争には関わろうとせず、中立を保ち続けた。
 そして長兄であるオケアノス神が西へ派遣された時、ティターン神族の末妹であったテーテュス女神も、兄について西へと来た。これは別に両親からそうしろという命令があったからではない。テーテュス女神は、辺境に一人で派遣される兄を心配し、またこれから先の兄の孤独を案じ、勝手に自分が兄について行くことを決めたのだ。
 「私がお兄様のお世話をしますから、姉様たちは私たちのことはご心配なさらないで。皆のことをお願いします」
 後に残る姉のテミス女神に両親や兄弟姉妹たちのことをこう託して、彼女は兄と発っていったという。 
 それ以来、オケアノス神とテーテュス女神は、最初は兄妹として、その後は夫婦として、互いを支え合い、一族を見舞う多難な日々を乗り越えてきた。
 多情多恨で恋愛に奔放なことで名高い他のティターン神族やオリンポス神族の中では、オケアノス神の生真面目さは異質な存在だった。何しろ、妻であるテーテュス女神以外に子供を産ませたことがない。
 ギリシャ神話では、オケアノス神がテーテュス女神以外の女性との間に子供を作った話としては、次の二つがある。
 まず「ケルコペス」と呼ばれる、猿のような顔をした二人組の盗賊たちである。彼らは英雄ヘラクレスが冒険の旅の途中で捕まえたのだが、この二人は「オケアノス神と英雄メムノンの娘テイアの間の子」という伝承がある。
 だがこのメムノンが誰かというと、「トロイアの王子ティトノスと曙女神エオスの間の子」であり、彼はホメロスの叙事詩『イリアス』の後の話でトロイア戦争に参戦する。そしてティトノスは、トロイアの王プリアモスの兄弟であり、ヘラクレスはトロイア戦争が起きた世代の一世代上の世代になる。つまり神話ではよくあることなのだが「この世代間の違いはどうなってるの?」という話なのだった。
 もう一つ、トリプトレモスという人間の英雄が「オケアノス神と大地女神ガイアの子」という説がある。このトリプトレモスは穀物女神であるデメテル女神の中心的な崇拝地だったエレウシスの英雄で、デメテル信者として世界に農耕を広めたとされる英雄だが、他にも「エレウシス王であるエレウシノスの子」「エレウシスの祭儀官トロキロスの子」「エレウシスの半神ラロスの子」などなど他にもいくつもの系譜があって異説が多いのだった。
 ともあれ神々の間では「オケアノス神は浮気をしたことがない」が通説になっており、夫婦仲が睦まじい結果、実子も「娘だけで三千人」と言われるほど数多くなった。これに養子が加わり、その子供たちは世界のあちこちに嫁いでいるため係累が多く、また大神ゼウスの正妻であるヘラ女神の養父であることからも、オケアノス神は一族の長老として静かな尊敬を集めている。
 そんな偉大なるティターンの長兄にして一族の長老たるオケアノス神を、アケローオス河神は「親父」呼ばわりしてはばからないのだが、こんな呼び方をするのは一族多しといえども長男のアケローオス河神くらいであった。
 アケローオス河神のサガたちへの説明が続く。
「で、親父とお袋の旅行先をどこにしようかと皆で考えたんだが…これがなかなか困りものでな。アイティオピアとかエリュテイアの別邸とかは目新しさもないし、行き飽きてるし、それに親父たちが滞在していると地元の有力者たちが訪ねてきたりして、意外にのんびりできんのだ」
 アケローオス河神が上げた地名は、いずれもギリシャ神話に登場する幻想的な土地の名前である。アイティオピアは世界の南端にあるとされた土地で、そこの住民たちは敬虔で神々に愛され、神々が保養に行く場所としてホメロスの叙事詩『イリアス』や『オデュッセイア』にも登場する。一方、エリュテイアは世界の西端にあるとされる島で、その地名は「紅の土地」という意味で落日を表してる。神話では英雄ヘラクレスがその地に住まうゲリュオンという三頭三身の怪物を倒して、彼が飼っていた牛を奪ったとされる。
「それで、いっそのこと地上のどこかを訪ねるのはどうかと思ってな。どこがいいか、行き先をアテナに相談しに来たんだが…すると、なんと!アテナがグラード財団傘下の日本の温泉旅館を貸し切りにしてくれるというんだ。いや、ありがたい!」
 腕組みをしたアケローオス河神が満足げにうなずく。
「いやー!助かった!人間に転生するなら、やっぱり金持ちの家に限るな!」
 うんうんとうなずいているアケローオス河神にサガの隣にいた教皇アイオロスが呟く。
「いや、海商王のソロ家を憑代にしているポセイドンはともかく、アテナは別に金持ちの家に転生したわけでは…」
 現代で人間に転生したアテナが「城戸沙織」という資産家の身分を持っているのは、別に彼女が城戸家に生まれたからではなく、サガが反乱を起こしたためアテナの身に危険が迫り、赤子だったアテナを連れて逃げたアイオロスが彼女を託した相手が、たまたま日本の富豪だったというだけの話である。
 その事情に思い及んだ途端、アイオロスの隣にいたサガが蒼白になり、ひざまずいて床に手を突くと号泣し始めた。
「す、すまない…!アテナ…アイオロス…!私が謀反など起こしたばかりに…っ」
「い、いや…!サガ、アテナももうそのことは許しておられるし…!ハーデスも倒せたし、結果オーライってことで…!だから自分を責めるな!な、な!」
 だーだーと滝涙を流して、放置しておくと自責のあまりそのまま自害してしまいそうなサガをアイオロスが一生懸命になだめた。サガはだいたいこんな感じで、何かをきっかけに過去の罪を思い出しては自虐のスイッチが入ってしまうという、実に面倒くさい男なのであった。だがこの面倒くさいサガに、アイオロスはめろめろなのである。たで食う虫も好き好きとはこのことだ。
 一方、アケローオス河神はというと、「あー、またいつもの奴が始まったか」という感じで冷静な目をサガに向けていたが、やがてひざまずくサガに合わせてしゃがみ込んで視線を落とすと、彼の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「そうだ、サガ、どうせならお前も行くか?」
「…え?」
 滂沱の涙を流していたサガの顔が上がる。と、同時に彼の涙はぴたりと止まった。サガの感情は落ち込むのも早いが、浮き上がるのも早かった。
 アケローオス河神が続ける。
「親父とお袋で二人きりで…と言っても、実際にはお供が何人かついて行くことになるしな。お前とカノンの二人くらい、それにくっついて行っても構わんだろう」
「いいのですか?」
「いいぞ。行くか?」
「行きます!」
 自責で沈み込んでいたサガの気分が、今度は喜びで急上昇する。実に忙しい男であった。
 オケアノス神を養父として育ったサガは、結構なファザコンでもあった。「オケアノス神と一緒に旅行ができる」という一事で、彼の悔悟の念は吹っ飛んで、たちまちに喜悦に置き換わった。サガがどのくらいファザコンかというと、かつてオケアノス神の誘いに答えて、今は恋人になっているアイオロスをほっぽり出して、彼とアテナとの日本旅行について行ったことがあるくらいである。
「そうか。じゃあ、予定が決まったら後で知らせるから、カノンにもよろしくな」
「はい!」
 という次第で、サガとカノンの日本旅行が決定したのであった。

 こうしてサガとカノンは冬の日本に降り立ち、アケローオス河神から連絡のあったグラード財団傘下という温泉旅館に向かった。指定の旅館がある地域は日本でも大雪の降る地域であり、鉄道で駅に到着した双子たちはギリシャでは珍しい量の積雪に驚くことになった。
「すごいな。こんな大雪はギリシャでは見たことがない」
「長靴で、防寒対策をしっかりして…と注意されたが、納得だな」
 二人はしばらく、駅前で雪を踏んだり雪玉を作ったりして、雪の感触を楽しんだ。サガとカノンが息を吐くと、呼気は白くなった。大雪にはしゃいだ双子たちは、しばし童心に帰って雪遊びをしてみた。軽く握った雪玉を互いにぶつけて、ダウンジャケットを雪まみれにして笑いあった。
 それから二人はタクシーを捕まえて、駅から指定の温泉旅館にと到着した。温泉旅館は、市内から少し外れた郊外にあった。
 サガとカノンが、いかにも日本建築という堂々たる和風の温泉旅館に着いてみると、玄関前に広がる庭園では大勢の青年たちが集まって何かをやっていた。皆、ダウンジャケットに手袋、ある者はマフラーをし、ある者は毛糸の帽子をかぶり…という感じで、カジュアルな服装をしているが、髪の毛の色が青色だったり、緑色だったり、栗色だったり、金緑色だったり…と実に多彩な色合いをした人々だった。髪を様々な色に染めたとしか思えない外国人の青年たちが群れているのは、和風建築の温泉旅館には少し異質な光景だった。
「お、サガ、カノン、来たか!」
 青年たちの中の一人が双子たちに声をかけた。それはアケローオス河神だった。彼もまたダウンジャケットにジーンズ姿のカジュアルな格好である。
「…何をされてるんですか、アケローオス様?」
 紺青色の髪の毛や手袋に着いた雪を払いながら皆の中から進み出てきたアケローオス河神に、サガが現状の説明を求める。
「つーか、この連中は何だよ…?これ、全員、河の神々(ポタモイ)だよな?」
 カノンも旅館の庭で騒いでいる面々を見回して首をひねる。どうみても十人以上はいた。
 アケローオス河神が説明する。
「いや、親父とお袋の旅行にお供としてついて行きたい奴を募集したら、行きたいって奴がめっちゃ集まってさ。仕方ないから、くじ引きで息子二十人、娘二十人に絞ったんだが…」
 アケローオス河神の説明にカノンが呆れた顔になる。
「…『夫婦二人きりでゆっくり』のコンセプトはどこ行ったよ?」
「というか、これってもう家族旅行というより、社員旅行の規模ですよね?」
 サガとカノンが突っ込む。
「まあ、いいじゃないか。どのみち、親父とお袋はおれたちとは別行動ってことになったし」
 アケローオス河神の返事に、「お供の意味はいったい…」と思うサガとカノンであった。「両親に旅行をプレゼントしよう」と親孝行なことを企画しておいて、実は彼ら子供たちが旅行をしたかっただけではないか…という疑惑も二人の中に生まれた。
「それで、王(バシレウス)と王妃(バシレイア)は?」
 サガはオケアノス神とテーテュス女神のことを敬意を込めてこう呼ぶ。「名前を呼ぶのも畏れ多い」というわけだ。とはいえ、双子たちはこれまでテーテュス女神に会ったことはなかった。
「アテナが運転手を手配してくれたので、二人で市内観光をしてもらってる」
「で、あんたたちは何をしてるんだよ?」
 雪の中からわらわらと集まって来た河の神々(ポタモイ)を見渡してカノンが尋ねる。
「雪合戦」
 答えたのは河の神々(ポタモイ)の一人、アルペイオス河神だった。彼はペロポネソス半島を流れるアルペイオス河の神だ。その河の流れは古代オリンピックの開催地だったオリンピアの近辺を流れているため、古代ギリシャの抒情詩人ピンダロスのオリンピア祝勝歌にも枕詞としてよく登場する。河の神は瑠璃色の巻き毛にたくましい体つきをした、闊達な青年だった。
「は?」
 アルペイオス河神の愉快すぎる答えに、カノンが思わず間抜けな声を発した。
「いや、せっかく男兄弟が二十人も集まって、これだけ雪が積もってるから、雪合戦でもやるかってなって…」
「おれがこっち側の大将で、アルペイオスがあっち側の大将な」
「いやー、雪もたくさんあるから、結構、本気で陣地構築もしちゃっいましたねー」
 アケローオス河神とアルペイオス河神が楽しそうに笑う。確かにカノンが良く見てみると、庭園のあちこちには雪を積み上げて作った壁がいくつもあった。庭木や置かれている石も、いい感じの遮蔽物になりそうである。
「あんたら、他人の庭だと思ってやりたい放題を…」
「雪かきの手伝いもしたことはしたぞ」
 そう言ってアケローオス河神が胸を張る。確かにガタイのいい男たち二十名による雪かき部隊は、旅館側にとっても助かったに違いない。
「しかし、神々が集まってやることが、雪合戦とか…」
「うるせー!男はいつまでたっても少年の心を持ってるんだよ」
 呆れたようなサガにはアルペイオス河神が反論する。
「それで、女性陣の姿は見えませんが、大洋の娘たち(オケアニデス)は?あの方たちも来たんですよね?」
 サガがアケローオス河神に姉妹たちの行方を尋ねると、彼はため息とともに言った。
「あいつらは、アテナと東京で買い物してから来ることになってる」
「多分、エグイくらいの買い物をしてきますよ…。『アテナのブラックカードで買いまくるぞ、えいえいおー!』ってエウリュノメ姉上を筆頭に気勢を上げてましたから…」
 やれやれと肩を落としたのはエニペウス河神である。
 エニペウス河は、ギリシャ中部のテッサリア地方を流れるペーネイオス河の支流である。神話としては次のようなものがある。古代テッサリアに住んでいたテュロという娘が「地上を流れる河の中でも特に美しい」というエニペウス河神に恋をして、河のほとりを散策していた。しかし彼女に目を止めたのは海神ポセイドンで、彼はエニペウス河神に化けて彼女の前に現れ、テュロと交わって双子の息子たちを生ませたという、「…もしかして寝取られ?」的な話であった。『オデュッセイア』に登場するこの逸話ではポセイドン神は大波で天蓋を作って二人の姿を隠すという無駄にロマンチックなことをしてたり、「神との閨の契りが実らぬことはない」と一発で彼女を妊娠させたりと、ヤリチンぶりを発揮している。エニペウス河神本人はというと、長い黒髪に灰色の瞳を持ち、女性のように繊細で整った顔立ちをした美しい青年だった。
「そして買いまくったその荷物を持たされるのは我々…」
「男手を集めておいて正解だったな…」
 天を仰いだり、諦観のため息をついてごちたのは、イスメノス河神とシモエイス河神である。
 イスメノス河はギリシャ中部のボイオティア地方を流れる河で、悲劇で名高いテーバイの近くを流れるため、テーバイを題材にしたギリシャ悲劇の中で枕詞のようによく登場する。イスメノス河神は、アソポス河神とラドン河神の娘メトペとの間の子で、オケアノス神にとっては孫にあたるが、河の神として祖父の養子になっていた。イスメノス河神は栗色の長髪を後ろで一つの三つ編みにしていたが、頭には雪が付着して、まるで花冠をかぶって飾ったようだった。瞳の色は明るい青で、柔和な面持ちした青年だ。
 シモエイス河は小アジアにある河で、トロイア近辺を流れていたスカマンドロス河の支流である。トロイアの近くを流れていることからトロイア王家と縁が深く、娘たちが何人かトロイア王家に嫁いでいる。そんな関係からホメロスの叙事詩『イリアス』にも何度か名前が登場する。河の神は明るい金緑色の巻き毛に鮮やかな緑色の瞳を持つ、華やかな顔立ちの青年神だった。
 なおエウリュノメ女神は、大洋の娘たち(オケアニデス)のまとめ役のような立場にある女神だ。大神ゼウスの愛人でもあり、彼との間に優美の女神たち(カリテス)を産んでいる。
「金主はアテナなんだ…」
 アテナ沙織のカードで買い物をしまくるという大洋の娘たち(オケアニデス)の予定を聞き、カノンが呆れた。大洋の娘たち(オケアニデス)はアテナにとって母方の叔母たちになるが、たかるのが大前提とは、何とも迷惑な親戚連中である。
「いや、あいつらが使った分は後で清算してアテナに払うことになってるけどな…」
「ああ、それは良かった…」
 アケローオス河神の説明にサガが安堵の息をついた。さすがにアテナ沙織に全面的におごらせる方針であっては、彼女にかかる迷惑を慮ってサガもカノンも旅行を楽しむ気になれなかった。もっともグラード財団総帥というアテナ沙織にとっては、叔母たちが百貨店やブランドショップでいくら買い物をしようが、その程度の金ははした金なのかもしれないが。
「せっかくだ、サガ、カノン、お前たちも雪合戦に加わるか?」
「私はまず温泉に入りたいです」
 アケローオス河神の勧めを、サガが据わった目で断った。サガの風呂好き、温泉好きは温泉狂と言ってもいいレベルで、聖域でも有名だった。かつて「ハルモニアの首飾り」を巡るアケローオス河神たちとの冒険が一段落した後、「迷惑をかけたわびに何でも欲しいものを言え」とアケローオス河神に言われたサガが望んだのが「温泉」であった。こうしてアケローオス河神からの贈り物として聖域に沸いた温泉は、今は共同浴場に惹かれて聖域の住民たちを癒している。聖域の住民たちにとっては、これはこれでありがたい贈り物ではあった。
「ああ、そう…」
 サガの据わった目に、アケローオス河神がちょっと引く。
「じゃあ、おれたちは荷物を置いて、温泉に入ってくるわ」
「また後で」
 こうしてサガとカノンはさっさと温泉旅館に入って、フロントで手続きを行った。そして河の神々(ポタモイ)は庭での雪合戦を再開したのだった。

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