題名:彼女に関する十二章
編者:中島 京子(なかじま・きょうこ)
出版:中央公論新社
価格:1,500円+税(2016年4月初版発行)
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新聞の書評で紹介されていた小説です。
面白いのは、この本の下敷きに六十年前のベストセラーエッセイ『女性に関する十二章』(1954年:伊藤整)が使われていること。
下に引用した目次も、すべて同じになっています。
目次を紹介します。
第一章 結婚と幸福
第二章 男性の姿形
第三章 哀れなる男性
第四章 妻は世間の代表者
第五章 五十歩と百歩
第六章 愛とは何か
第七章 正義と愛情
第八章 苦悩について
第九章 情緒について
第十章 生命の意識
第十一章 家庭とは何か
第十二章 この世は生きるに値するか
『女性に関する十二章』は、私が生まれるより前に出版された本ですが、なぜか(父親の本棚にあった?)読んだことがあったので、読みたくなりました。
主人公は結婚二十五年を迎える女性で、夫のことも醒めた目で見ています。
主人公に起こる様々な(ネタばれになるので詳しく書けませんが)出来事が、うまく目次とマッチしています。
「うまくマッチしている」と書きましたが、当然のことながら作者が「マッチさせた」訳で、見事な腕前です。
また、夫が出版に関係しており、『女性に関する十二章』のようなエッセイを執筆中という設定もうまいと思います。
この小説を気に入った、もう一つの理由は、主人公の時代と自分がほぼ重なっていること。
作中の会話などが自分のことと重複します。
「第十章 生命の意識」から、主人公(聖子)ともう一人の登場人物(片瀬氏・男性)との会話を引用します。
“「ところで聖子さんはジャズが好きなんですか」(略)
聖子は首を横に数回振った。
「嫌いってわけじゃないけど、まったく詳しくないです。自分が聴いてたのは、ユーミンとか
竹内まりあとか、山下達郎とか、大瀧詠一とか、そういう感じ。八〇年代が青春だから」”
(199p)
そして、もう一つ良かったのは、作者が『女性に関する十二章』を“バカバカしい恋愛エッセイに見せかけておきながら、ただのオッサン随筆と侮れない部分がある”(175p)と見破っていること。
そのあたりを「第九章 情緒について」で夫婦の会話として述べているので引用します。
“「<他人のために自分のエゴを否定する>という孔子様型の愛は、自己犠牲を称揚する
日本的な情緒とつながるわけだな。言ってみれば、演歌調の情緒っていうか」
「着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編むみたいな?」
「演歌や浪花節の情緒はだいたいそうだよね。(略)
日本人の情緒に沁み込んじゃってる自己犠牲愛は、一見美しいんだけど、基本的に
夫を敬え、親を敬え、国家を敬え、自分のことは犠牲にして敬えという考え方なわけ
だろ。
これを突き詰めちゃったのが、太平洋戦争を支えた精神構造なわけで、突き詰めると
マズい方向へ行くって、この作家、何度も書いてる」
「(『女性に関する十二章』は)男の浮気願望がどうとか、女にも浮気する権利ができた
とか、そういう話ばっかりな気がしてたけど」
「僕も勘違いしててさ、セクハラ、パワハラめいたエッセイ集だと思ってたんだけど、
作家がほんとうに書きたかったのはここじゃないかなっていまは思ってる」
「どこ?」
「これが書かれた1954年っていうのは、まだ戦争の記憶が生々しい時代でしょう。
だから、二度とああいう状態になっちゃいけない、自己犠牲が特攻隊まで生んで、
あたら十代の若者をお国のためにとむざむざ死なせたような状態になりたくないという
必死さがあるわけだよね」”(176p)
同世代のみなさんに、お薦めの小説です。
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中島 京子(なかじま・きょうこ)
1964年、東京生まれ。
東京女子大学文理学部史学科卒。出版社勤務、フリーライターを経て、2003年に小説『FUTON』でデビュー。
以後『イトウの恋』『ツアー1989』『冠・婚・葬・祭』など次々に作品を発表し、2010年、『小さいおうち』で直木賞を受賞。
14年に『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞を、15年に『かたづの!』で河合隼雄物語賞と柴田錬三郎賞、及び『長いお別れ』で中央公論文芸賞を受賞。
その他の著書に『エルニーニョ』『眺望絶佳』などがある。
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