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2015年12月03日00:02

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『恋情の毒』第4話

『恋情の毒』第4話

 睡眠から覚醒へと意識を浮上させたサガは、異変に気付いた。
 頭がやけに重い。体も動かない。それに体の下がやけに固い。おまけに、肌に熱を感じる。何かがぱちぱちとはぜる音がする。
 重い瞼を何とか開けたサガの視界に入って来たのは、炎に包まれた天井だった。
『…火事!?』
 逃げなければと思うが、起き上がろうにも体の自由がきかなかった。縛られているわけではないが、体が重く、手足を動かそうとしても動いてくれないのだ。ようやく首をねじって周囲を見てみると、サガの体の下は土間だった。自分は床の上に直接、寝転がっているらしい。
『ここは…どこだ!?私の家ではないのか!?』
 どうしてこんなことに、と、思うが、なぜ自分がこんなところに寝ているのかの記憶がまったくない。
 かろうじて手の先を動かすと、ぬるりとした感触がした。
『なんだ…これは?まさかこの臭い…血か!?』
 サガが戸惑っている間にも、炎はどんどん広がっている。煙を吸い込み、サガはせき込んだ。
『このままでは…死んでしまう!』
 それでも体は動かず、起き上がることも逃げ出すことができなかった。横たわったサガが生命の危機を感じた時。
「サガ!」
 誰かが燃える扉を蹴破って室内に駆け込んできた。その声には覚えがあった。シュラだった。
「中からお前の小宇宙を感じてまさかと思ったが…、どうした!?」
「…シュラ、体が…」
 ようやくサガは声を出し、シュラに助けを求めた。
「おい、サガ?お前、どうした?血が…」
「…え?」 
「血まみれだ。それにもう一人…」
 サガの傍らに血だまりの中で倒れている、もう一人の男にシュラは気づいた。
「まさか…侍従長!?」
 シュラが驚く。
「ええい!とにかく外に出るぞ、サガ!」
 シュラは動けないサガを抱え、燃える建物を出た。外で待っていた人々にサガを受け渡すと、再び炎の中に飛び込み、倒れていた侍従長も運び出した。
「サガ、しっかりしろ、サガ!」
 意識が朦朧としているサガの頬をシュラが叩く。
「どこか怪我をしているのか?」
「…いや…」
 体に痛みはなかった。
「ではこの血は…侍従長の血か?」
「…侍従長が…どうか…?」
「お前の隣に倒れていた。…もう死んでいる。胸をナイフで一突きされていた」
「……っ!」
 言葉も出せず、サガは息を飲んだ。

「サガ、大丈夫か!?」
 サガの寝室の扉が激しい音と共に開かれた。そこには教皇アイオロスが立っていた。私宅に運ばれて、寝台で横になっていたサガが驚きで目を見開く。
「アイオロス、どうしてお前がここに…」
「事件を聞いて、飛んできたんだ。とにかく、お前が無事で良かった」
 夜半、火事から助け出された後もしばらく意識を朦朧とさせていたサガだが、昼前には回復した。そしてシュラとアイオリアの二人に事情を聞かれていたところだった。
「何も教皇であるお前がわざわざこんな所まで来なくとも…」
「お前が死にかけたと聞いて、じっとしていられるわけがなかろう!」
 寝台の傍らで椅子にかけていたシュラが、サガに確認した。
「もう一度聞くが、何も覚えはないのだな、サガ」
「ああ、シュラ。昨夜、就寝して、気がついたら火事になった倉庫に倒れていたのだ。なぜ侍従長が殺されていて、あそこに私と共に倒れていたのか、まったく覚えがない」
「ふむ…」
 シュラがあごに手をやり、考え込んだ。
「まさか、私の別人格が出てきて何かをしたのでは…」
 かつて記憶のないままに別人格の手で多くの罪を犯していた時の恐怖が、サガに蘇った。青ざめたサガに、シュラが告げる。
「…聖域では今、こう噂が流れている。侍従長を殺したのはサガ、お前だとな。アストリッドがアイオロスの側女にとやって来たことに嫉妬し、彼女をアイオロスに引き合わせた侍従長を逆恨みで殺し、その上で火を放って自分も死のうとしたのだと。アストリッドの死も、もしかしたらお前のせいかもしれない、とな…」
「馬鹿な!」
 アイオロスが声を荒げる。シュラが手を挙げて彼の激情を制した。
「ああ、分かっている。そんなことはあり得ない。昨夜のサガは体もろくに動かせない状態で、明らかに様子がおかしかった。それに、サガ、お前が人を殺そうというのなら、もっと上手な殺し方をするはずだ。死体を異次元空間に投棄してもいい。そうすれば、殺人ではなく失踪で片が付く」
 シュラの傍らに立つアイオリアもうなずき、こう続けた。
「噂話は聖域の常だが、今回は噂の立つのがやけに早い。内容も不自然だ。おれたちはこう疑っている。誰かがサガを殺人犯にして始末しようとしている、その誰かが故意にこの噂を流した、とな」 
「サガ、何か思い当たることはないか?なんでもいい」
 シュラに重ねて問われたサガは考え込み、あることに気付いた。
「そういえば…昨夜、アイオロスからワインを贈られて、それを飲んだ。いつもならなかなか眠りにつけぬのだが、昨日は妙に寝つきが良かった。もしかしてあのワインに何か薬が入っていたのでは…」
「ワイン?そんなもの、おれは贈ってないぞ」
 アイオロスの言葉に、シュラが目を細めた。
「サガ、ワインを持ってきたのは誰か分かるか?」
「侍従のクリティアスだ」
「アイオリア、今すぐその男の身柄を押さえろ」
「分かった」
 そうしてアイオリアはサガの家を飛び出していった。
「こうなると、アストリッドの死も本当に食中毒なのかどうか、疑ってかかる必要がありそうだな」
 シュラがうなり、腕を組む。
「サガ、お前、夜に眠る時、家に鍵をかけているか?」
「いや…。この聖域では泥棒など心配する必要もないし、私も襲われる恐れなど感じたことはないから…扉には鍵はついているが、使ったことはないな」
「ならば、薬でお前を眠られておいて、その後、家からお前を運び出し、倉庫まで運んで、侍従長の死体と一緒に転がしておき、それから建物に火を放つことは、この聖域にいる誰にでもできたことになる。もし今回の一連の事件の犯人が同一人物だとすると、アストリッドを殺し、侍従長を殺し、サガをその犯人に仕立てて殺そうとした人間が、この聖域内にいることになるな」
「まだそう疑うのは早い、シュラ。アストリッドの死が他殺と決まった訳ではない」
「だが侍従長が殺されたのは事実だ。犯人の狙いは何だ?狙われたのは侍従長か、それともサガか、あるいはその両方なのか…」
 サガやアイオロス、シュラが考えていると、先程、家を出ていったアイオリアが戻ってきた。
「大変だ!兄さん、サガ、シュラ!」
 駆け込んだアイオリアが報告する。
「そのクリティアスという男…家で死んでいたぞ!自宅の梁で首を吊っていた!」
「…口封じか!?やられたな…」
 シュラが忌々しげに舌打ちした。

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