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2015年12月02日00:16

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『恋情の毒』第3話

『恋情の毒』第3話

「やはり、夕食に使われたキノコの中からクサウラベニタケが発見された」
 翌日、サガはアイオロスに報告した。
「おそらくこのキノコによる食中毒だろう。死亡にまで至ることはあまりないが…例がないわけではない。アストリッドは運が悪かった」
「…彼女の親には、申し訳のしようもないな。おれの側女にと呼んでおいて、あげくに死なせてしまうとは…」
「お前のせいではない」
「だが管理責任はある。丁重に弔意を示すことしかできないが…」
 アイオロスは重いため息をついた。
「…サガ、そろそろ、おれの元に戻ってきてくれないか?」
「アイオロス?」
「アストリッドが死んですぐにこのようなことを言うのは不謹慎かもしれないが…、やはりおれにはお前が必要だ。以前のような関係に戻りたい」
 だがサガは首を横に振った。
「もう少し…時間を置こう、アイオロス。皆の目もある。せめてこの件のほとぼりが冷めるまでは…」
「…そうか」
 アイオロスには手を出す気など皆無だったが、アストリッドは彼の側女にと招かれてきた女性だった。その女性が死んだ途端、これまで距離を置いていたサガとの仲を元に戻しては、アイオロスとサガの二人が「これで邪魔者がいなくなった」とアストリッドの死を悼むどころか、喜んでいると思われても仕方ない。そのような噂をされること自体、サガには耐えがたいことだろう。
 いずれ必ず二人の仲が元に戻る時が来る。そう信じ、アイオロスもあえてサガに無理強いをしようとは思わなかった。

 その夜、仕事を終えて居住区の自らの私宅に帰ったサガを、教皇の間から訪ねてきた者がいた。サガも顔を知る、アイオロスに仕える侍従の一人だった。
「アイオロス様からの贈り物をお届けに参りました」
 そうして侍従は赤葡萄酒の入ったデキャンターを一つ、サガに差し出した。
「私に?」
「はい。良いワインが入ったのでサガ様に差し上げたいと。できればともに酌み交わしたいが、サガ様は来てはくださらぬだろうから、せめて酒だけでも届けるようにとのことです」
「そうか。ご苦労だった。教皇には明日、私から御礼を申し上げよう」
「では」
 侍従が帰ると、サガはグラスを出してデキャンターからワインを注いだ。そして椅子に腰かけて、グラスに入った赤い葡萄酒を眺める。すると、向かい側の席にアイオロスが座っているかのような錯覚を覚えた。
 幻のアイオロスが、グラスごしにサガに笑いかける。
「アイオロス…、お前は、まだ私を愛していてくれるのだな」
 幻影に、サガはそう呟きかけた。
「私も、お前を愛している…」
 出来るなら、サガは今すぐにでも教皇の間に駆け上がりたかった。腕を広げて待っていてくれるであろうアイオロスの胸の中に、身を投げ出してしまいたかった。
「馬鹿なことを…。距離を置こうと言い出したのは私ではないか…」
 サガは額を手で覆った。
 そうだ。今日、自分は、アイオロスの顔を見ることができたではないか。アイオロスは、こうして愛を伝えてくれたではないか。以前の関係に戻りたいと言ってくれたではないか。それだけで、自分は満足すべきなのだ。これ以上の高望みは、するべきではないのだ…。
 だが、と、サガは思う。
 もしアストリッドをアイオロスが愛していたとしたら…。彼女が本当にアイオロスの側女になっていたとしたら…。
『私は、身を引くことができていたのか?アイオロスを思い切れていたのか?彼らを、笑って祝福できていたのか?』
 答えは、否、だった。
 アストリッドがアイオロスの傍らに寄り添い、アイオロスが彼女に笑いかける。その様を想像しただけで、サガは内臓が焼けただれるかと思う程の嫉妬を感じていたのだ。
『だめだ!だめだ!我慢できない!そんなことになっていたら、私は気が狂っていた!何ということだ。私は…私は彼女が死んで、安堵している!何と下劣な人間だ、私は。こんなことでは…私はだめだ。やはり私はアイオロスにふさわしくないのだ。皆にそう思われても仕方がない。だから私は…』
 狂おしいほどのアイオロスへの恋情に身を焼きながら、サガは思い悩んだ。理性がアイオロスから離れるべきだと言えば、感情がそんなことは耐えられないと訴える。結論が出ぬまま葛藤を続けたサガは、ただ一つだけ心の内に見出した、確固として定まった想いを口にした。
「そう…私は、お前を愛しているのだ、アイオロス…」
 そしてサガは彼から贈られた酒をあおり、眠りについた。

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