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2015年06月24日11:48

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014 はなうたのエレクトラ 1/

はなうたのエレクトラ





時 盛夏

場 日本の農家

人 無名氏  (農夫)
  エレクトラ(王女、18歳)
  ピュラデス(使者)





第一場 たけりたつ牙

舞台は無人。蝉しぐれ。シャボン玉ひとつ、幻のように漂う――。

農夫 (上手の三和土(たたき)の方から声のみ)あやぁ、エレクトラ。まった水、汲んできてくれたのけ、朝っぱらから手間だったなや。えんだど別に、すったら気ぃ使わなくってもよ。おめえさんの楽ぅな具合ぇにしてろや。なぁ。じゃあよ、俺ぁ、ちっと野良みてくっから、留守しててけろ。したっけなぁ。(去った気配)

どこかで銅鑼が鳴る…。エレクトラ、二階の隠し部屋から下りてくる。

エレクトラ (面=土蜘蛛、浴衣拵え、狂い笹)ゆうべもまた――白骨街道を歩いていた。毎晩おなじ夢…。この日本の国の兵隊も二次大戦末期にはあの山を敗走したともいうけれど、侵略者が自分の国に逃げ帰るのと、私みたいに転落した王族が国を追われるのとでは、まるで違う。どんな無惨な敗退でも、行く手かなたに帰る国や家がある者はまだましさ。私には、行く当てがなかったもの、希望がなかったもの…。あんなんで、よくたどり着けたもんだ。雲南(ユンナン)の国境の町でドイツのNGO事務所にかくまわれた時には、とうとうラガット大樹のないところまで来ちまった、ホエザルやオヘの歌垣(かがい)さえ届かぬところ、かえって汚らしいラジオ音楽に充ち満ちた、とんでもないところへ来てしまったと、身を寄せる一片の土くれさえ失った、淋(さむ)しい心持ちだった。故郷はやっぱり人の糧ね。
無理な行軍がたたってマラリアの熱帯熱を病んだ私は中国に入ってすぐ、まったく動けなくなって、迂闊に寝返りでも打とうものなら体中の関節がバラバラになるような痛みに襲われて、やがて意識もおぼつかなくなって、何週間か、生死の境をさまよった。そんな私にゲリラ達はいったの、(ゲリラになり)「かならずあの王妃のオバハンと、雇われ亭主のアイギストスの野郎にとどめを刺して、あなた方の御代を取りもどしてみせます、だから少しだけ辛抱してください。姫にも残って戦って戴きたいのは山々ながら、このたびの敵は少々、巨きすぎます、あなたにはすわという時の隠し駒になってもらわにゃならないんです、かならず迎えにあがりますから、どうぞご無事でいてください」――
彼らは笑って去っていったけど、無事でいてねというべきは私の方だったんだ。実際、あの中のいくたりが、今なお生きのびているというのだろう。そりゃ、復讐は成就されたさ。ああ、いい気味だ。あの厭らしい髭モジャの下郎もろとも、母さんは暗殺されたんだ。それも弟のオレステスが手ずから、父さんの殺された時に使われたあのなまくら鉈で、とどめを刺したのだという。恐るべきことだ、が、当然でもあり、また必要でもあったんだ。後悔なんかはない、これはもう私やオレステスの個人的な感情やら愛情の問題じゃぁなくて、私たち、あの山の民草が超大国の巨大な権力や軍備を前に心底くじけてしまわないための、ぎりぎりのけじめだったんだ。
だいたい、余りといえばあんまりな、母クリュテムネストラの仕打ちだった。だって父さんにどんな罪があった? 父がやったのはただ、仕掛けられた戦争に、ほとんど手ぶらで立ち向かったことだけだ。動機は私には分からない、大して褒められた動機じゃなかったらしい…うちの家系っていつもそう、家族のごたごたがすぐさま戦乱につながってしまう。でも確かなのは、あれが父のしでかした動乱ではなかったこと。そもそもの始まりは私がものごころつくかつかないかの昔、叔母のヘレネが王家の機密をヒンドゥ側に漏らしたせいで、長年組みたてられてきた私たちの抵抗運動は窮地に陥った。それも、ヘレネは何も父に楯突こうとしたのではない、ただあっちのお偉いさんとしっぽりいい仲になったからという、たったそれだけの理由で、十万の山の民を売ったのだ。だから父には王として、叔母へのいかれた憎しみをさておいても、潜伏していたヘレネを追いかけ成敗する義務があったんだ。あの暗殺がヒンドゥ軍にとってはこっちへ介入するためのうまい口実になったわけだけど、そのことは結果にすぎないよね。
そうして十年にもわたるつばぜり合いの末、やっとヒンドゥ軍は退(ひ)いていった。私、やっと十四になろうという時だった。忘れられないなぁ、あの凱旋の五月! アラカン山塊の静けさを破ってこの時とばかり無数の爆竹がはぜ、銅鑼やチャルメラは一日中、谷間にこだましたもんだ。州の御用新聞にさえ「インパールの春」――大見出しが踊った。だからまさか…その酔いもまだ醒めないうちに凱旋将軍みずからが、よりにもよって妃の手に掛かって倒れるなんて…誰が予測しただろう。声を大きくしていっておく、父アガメムノンを手にかけたのは間男のアイギストスではない、母さんだったんです。殺害現場は寝室…いや…寝室ですらない、情けないことに、それは風呂場だった。全裸の首筋に後ろから鉈を打ち込まれた無惨な王の死骸は、そのまま宮(みや)の中庭に放り出され、幾日も見向きもされなかった…。
あのヒゲ野郎のこと、ちょっとだけいっておくならば、それまでアイギストスといえば少しは名の知れた流れ者の武将で、アラカン山塊はおろかアッサム諸州のどこにも長いこと、あいつの姿はなかった。はっきりとヒンドゥ国籍を取って、正規兵として西の方(かた)はるか、隣国ワディスタンとの紛争に当たっていたそうだ。ヒンドゥスタンからはそれなりの功労を讃えられ、いくつかのブリテン風な勲章を胸に飾ってもいた。だから彼がいつか山に戻れば部族とともに戦うだろうと思っていた者も、まぁ、いたんだ。が、どうだろう、一族の一員としてあいつがデリーの政府に、なんの義理立てをする必要があったの? 連中の共和制とやらが非アーリア人の私たちを、私たちの幸福や――いやまさか幸福までは望まないけど――少なくとも我々の生存について、いっぺんでも考慮したことがあったろうか。ただただ圧制があっただけなことは山の民ならみな知っている。インパールっていう都会は、きれいにいえば王都だけれど、つまりは山の民を守るための塹壕(ざんごう)なんだ。あんな、兵士としての経験を積むためとはいえ、敵たるヒンドゥ軍の旅団長にまで上りつめた男など、初めから信じてはいけなかったんだ。あいつは多分、打ちひしがれた私たち部族の血にいつか耐えられなくなったんだろう、兵役から戻ったときにはアイギストス・マニングと英国風に名を変えていた。グリーンベレーをはすに被り、肩には突撃銃カラシニコフ、ぞっくりと重い編みあげの軍靴(ぐんか)。対する私らはもう徒手空拳、たかがグルカ兵から習ったククリナイフや、銃把に彫刻のある骨董もののモーゼルなんかで勝ち抜いてきたゲリラたちの戦意を蹴散らすには、トラック十台に山積みした、フルオート秒間二〇発のAK74で充分だったんだ。それと一本の錆びた鉈――。
でも、私は時々分からなくなる。普通なら、惚れっぽい母さんを裏であやつったあいつこそが真の悪者であると感じていいはずだ。でも二人とも死んでしまった今、あいつのことなんか私、正直、どうでもよくなってる。もともと他人だからかな…でも他人かどうかじゃないはずだよね? 部族の誇りをどう建てなおすか、そのことを考えるのが跡継ぎたる者の使命じゃない? 私、日本で暮らしてるうちに、どうしようもなく精神が鈍ってるのかもしれないな…。オレステス、あんたと歩いた山道を、いつか忘れてしまったら私、どうしよう。ああ、弟、お前は今、どの山蔭、どの杣(そま)路を歩いているの。私は幸せになるつもりなどない。ほら(見慣れぬ首飾り)覚えているだろ、これは王宮を脱したあの行軍のさなか、山あいで仕留めたベンガル猪の牙さ。歳ふった大物ならばぐるりと一回転巻くほどの逸物(いちもつ)さえあるというけれど、これはまだ元服の試練を通りぬけない若イノシシの牙。こいつを屠って喰らいながら私らは誓ったっけ。お前はいった、(オレステスになり)「ふたたび相まみえるまでこの左右の牙を一本ずつ胸にひそめ、時来たらば父さんたちの恥を雪ぎ、王舎に居座るアイギストスとクリュテムネストラを断然、排除しましょう」――。お前はまだ若すぎて、幼いといってもいいくらいだったけれど、瞳は輝いていた。三十人の志士たちが見守るなか、私ら、互いの腕に胸に頬げたに、まだ温かい豚の血を塗りたくって誓ったんだ。それはあたかも死の舞踏だった。そしてあんたは、私がいなくてもやってのけた。もう母もいない、アイギストスもいない。だから早く迎えに来て。すればこんな偽りの暮らしなんかすぐかなぐり捨てて、懐かしいアラカン山麓の王舎に戻るつもりさ。オレステス、待ってるよ。
もっとも…身をほろぼさんばかりの決意で母を刺した弟は、遂に王の座にかえり咲くことはできなかった。何のことはないアイギストスが倒れても、ヒンドゥ軍にはいくらでも控えがいたんだ。今じゃマニプールは、聞いたこともないシーク教徒の総督に治められているという。思い知ったさ、物量とはそういうことだったんだ。私たちを見るがいい、そら、孤立無援、どこに代役などいるもんか。もし私と弟が倒れれば、部族の系譜はあっさりそこで尽きる。つまり責任は、はっきりとこの身のうちに集まっている。それに較べたらバマーにもヒンドゥにも、身をもって国を統べる者などはおらず、ただ無尽蔵の大衆をとりまとめるための、ゆるくてしかし強大な倫理の系、それがあるばかりだ。その得体の知れない巨きな敵に逐(お)われ、私は尻尾を巻いて山を捨て王舎を捨て、東の果てのこんな所まで逃げてきた。そうしてオレステスは今も――あの白骨街道をさまよっている。
あれからもう二年。本当に私たちの未来が開ける時なんて、来るんだろうか。私には「今」がない。「今」というものがもう分からない。この瞑想のような異国の景色のただなかで、私は風景すら感じず、ただ過去の怨念を繰りごとのように呟きながら、痩せて座っているばかり。
だって、仕方ないだろう? あの仕打ち! 厚かましくも母さんはいった。(クリュテムネストラになり)「市民の皆さぁん! さて皆さんのお眼鏡にかなうのはいったいどちらでしょう。部族を滅亡の淵から救った誉れ高い将軍アイギストス・マニング様か、それとも部族ごとこの地上から消滅させようと謀るここなこわっぱどもか。わたくしは思うのです、血で血を洗うわたくしどもの血統を、その恥を雪ぐときは今だと。思えば祖先の犯した罪が至高神ワ・ドゥーの怒りに触れ、わたくしども一族は呪いの系譜をたどることとなりました。子々孫々の無惨な末路は皆さんもご存じでしょう。ひとりとして宿命の連環を断ち切る者のおらなかったこの百年あまり、インパールに血の流れぬ年はありませんでした。国を思い部族に尽くせば尽くすほど、彼らの末路は凄惨(せいさん)を極めたものになったのです。この呪いはあまりにむごいと、わたくしは以前から思っておりましたが、女の身とてどうすることもなりませなんだ。ところがです、ここに明らかに、部族を裏切る元首(げんしゅ)が現れたのです。王であり将軍であったアガメムノンの戦功を否定するつもりはありません、かの者がヒンドゥを退けた、確かにそれはその通りです。ですが、わずか十万のわが部族が十億のヒンドゥスタンを相手取ろうなどと、かの者はどうして決意できたのでしょう。あまりにも大きな犠牲を払うことの知れた道に、どうして踏みこんだのでしょう。どうしてだと思われます? 市民の皆さん、すべては女、女のせいでした。ヘレネはそりゃ、わたくしの妹ですよ。しかし同時に淫欲にかまけて国を売ったふしだら女(め)でもあるのです。そんな者を奪(と)りかえすために王たる者が戦を起こした…十億を相手に。笑止を通り越して哀れになりますわ。ヘレネは美人ですから、王が彼女に執心なのも無理はない。はばかりながら、かの者の性愛の異常さは妻であるわたくしが一番よく存じておりますもの。そりゃ、かの者の貪欲は領土の拡大には向けられなかった、そのことは妥当でしょうし立派とすらいえましょう。ですが領土の問題を抱えた女へ所有欲を発揮するならば、それは領土を欲しているのと畢竟(ひっきょう)、変わりないではないですか。御覧なさい、ヘレネが客地(きゃくち)で果てたとみるや、今度は見も知らぬアーリア女を連れて戻ったでしょう。聞けばあの女カッサンドラは、名にし負う大きなヒンドゥ教団の世継ぎというじゃありませんか。すさんだふたりのなれそめが男による強奪だったか、あるいは女の方から淫らにすり寄ったのか、山にいたわたくしには本当のところは分かりません。でもいずれにせよです、もし…あの女が男を生めば、それはすぐさま、わが部族の滅亡を準備するのです。下々までがいとこ婚の習俗を守る誇り高い我らの、王たる者がヒンドゥとのあいのこだなんて、そんな…ちょっ…思ってみても汚らわしい。祖先の土地を売り渡す権利など、王にだってありはしない。わたくしは、わたくしの身が滅ぶとか、そんなことはどうだっていいのです。ただ、許せなかった。いわば絶好の機会でもあったんです、長年の愚かな憎しみの連鎖を断ち切るためにも、もっとも国を傷つけ、私欲に走ったかの者を殺害するのが一番だったんです。ひとりの王が消えることで百年の呪いが止むならば、そのためならばわたくしは何だってしますよ? どう思いますか、市民の皆さぁん!」――
雄弁ったらありゃしない。心にもないことをよくもああ、べらべらまくし立てるもんだ。そこまでいうなら、じゃあ呪いは止んだか? 山の民に平和が来たか? そして何より、王妃自身が滅んだりしたのか? どれもが否だ。あの女は夫の寝床のシーツを剥いだだけの新床をアイギストスに用意した、そうして安穏と生き延びたのさ。もちろん、そんなやり方で成りあがったヒゲ面を、誰が王として信頼するもんか。信頼されなければ、どうせクーデターで奪った政権、恐怖統治に傾くばかり。そうしてあとは転がる石。父を除いた? はん、牛の腫れものを削って牛を殺したようなもんだ。玉座に病いの王がいたとて、病にたかる蝿ばらが奪っていい玉座でもなかろう。いま思えば、たとい私らが追いださなくても、やつらは勝手に滅びたかもね。でもまあ、私らの手でやっつけるのが、筋ではあったんだ。後悔なんか、ない。

間。蝉しぐれ、しげく――。

エレクトラ ――それにしても、こんな私を、あの人はどこまで知ってるんだろう? まさかに、そこらの出稼ぎ妻と同じに考えてはいなかろうけれど。――いや、いけない、こんな勘ぐりは失礼ね。彼は裕福ではないし、名のある家柄の出でもない、でも心はまことに立派な人だ。初めのうちは恐れもした。二階の隠し部屋にみずから引きこもって、厠に立つさえ懐に刃物をひそませた。NGOも去り、異国にひとり置き去られて心細かった私としては、臆病な兎みたいになるしかなかったんだ。でもあの人は立派だった。落ちぶれたこんな王女の境遇を嗤うことなく、とてもきちんと仕えてくれた。私ら、書類の上でならともかくも夫婦だし、バスも通わぬ田舎屋にふたりきりで暮らして、狡猾な輩ならこんな小娘ひとり、うまいこと依頼心をくすぐっていつの間にか恋心を芽ばえさせることだってできたろうに、あの人はおのが劣情を私に向けることなどついぞなかった。見目麗しいことで名を馳せもしたわが一族だけど、その歴史を抜きにしてさえ、私はなかなか美しいと思う。その私と四六時中あい暮らしやがては閨(ねや)までともにしながら、あの人はいつも無窮華(ムクゲ)のように沈着だった。ただ野辺にたゆとう風のごとく自然な身ぶりで私をすっぽり包みながら、この体には指ひとつ這わせずにきた。おのが分をわきまえた、立派な人だ。お陰で私は島流しに遭った無力な娘としてではなく、皇位を継ぐ誇りかなひとりの王女として、みずからの人生を思うことができている。この感謝に私は支えられている。
あの人の美しさ、あれは一体どこから来ているのだろう? 私はこんなに痩せて、百年の怨念を背負って、夏の盛りの緑さえ目に入らない有様なのに。誇れる血統も、富も、それどころか貧しさに鍛えられた粗野な強さすら感じられない、ただどこまでも穏やかな人。野良なんて決して美しい場所ではない、でもあの人は確かにああしている。故郷の焼畑でも時折、あんな男を見かけたものだ。ああ、穏やかに生きられたらなぁ…。(歌う)

♪雲はかがやく 私は立ってる
 風にこずえがゆらぐ
 都会から 嫁いできた

 竪琴(リラ)の音色は野辺にたゆたい
 小川こえることもなく
 手のひらは乾いたまま

 (畝のあいまに あなたはいる)

 麻をまとった 幸せもある

 だけどごめんね 行かなきゃならない
 なぜって わからないけれど
 どうしても 立ちどまれない

――オヘの音色は、本当にかすかだ。口で吹く篠の笛とは大違いの、細い細い糸のような音色。採り入れが終わり、ひととせの野良仕事もあらかた済んで、朝夕の冷えこみが感じられる頃、餅を蒸す湯気が屋根の葺き藁を湿らせ、赤米のどぶろくに爺さまたちが唄う季節。そちこちの明るい森蔭から細い音色が聴きとれる。それは求愛のメロディなんだ。私は幼いころから強いられた調練の合間、たまたま通りかかる草むらでオヘを聴くたび、この部族に生まれて本当によかったと思った。かすかな息が、真実を伝えるんだ。口は平気で嘘をつく、でも、オヘは口では吹かないんだから。プロポーズっていうのは、つまり、祈りだと思うな――。
そう、そういえば一年のうちでもちょうど今頃、あちらでは雨季の真っ最中だけど、八月にもあれを鳴らすことがある。畑に出て、陸稲(おかぼ)の花が開いている、その花に聴かせるために、若者からおじさんまで男たちがおのおの畝間に立って、思い思いの祈りを奏でるのだ。稲の花には花びらはない、それは虫の授粉を頼らないということだ。虫に頼らないならばどうするか? 風に乗せるのだ。その風を送るのがゾミの男たちの吹く、オヘの音色なんだ。こんな部族が、ほかにあるだろうか?
たった一度だけ、王舎の私の窓の下で、オヘを奏でた者がいた。明かりを消して、そっと覗いてみたけれど、宵闇の藪に紛れて、殿方の姿は見えなかった。でも私は知っている、セレナーデの主が誰だったのか。あの静かな息を聞きちがえるはずがあろうか。――ピュラデス。山を漕ぐ、静かな英雄。無名の輝きを底に沈めた涼やかな瞳。三十人の志士のなかでも、彼の人柄は格段だった。私に欠けているのがもし愛だとしたら、もしか彼と手を携えれば、変われるのかもしれないなぁ。ああ、本当の山の民の暮らし。なれずし、納豆、濁り酒…。あのつややかな森へ、オヘの音のかそけく伝うあの森へ、帰りたい。――







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