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2011年10月28日13:36

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「梨花 (りんか)」 と 「花梨 (かりん)」。

  









湯のみ かねてから、

   「梨花」 (りんか)

という芸名の読み方が、気にかかっていた。

   【 梨 】 なし・リ

湯のみ 「梨」 という字には、この2つの読みしかない。

   …………………………

湯のみ 「梨」 という字は、古くから li という音であり、現代の方言で i が重母音 iei などになっている例はあっても、

   li のあとに n が付いたり、 i が鼻母音化した例は1つもない

のである。つまり、「梨」 という字を “リン” と読む原因と見られる現象は、中国語には皆無なのだ。

湯のみ 日本語の漢語にも 「梨花」 という語があるが、読みは “リカ” (梨の花) であり、白居易 (はくきょい) などからの引用である。

   …………………………

湯のみ ならば、「梨花」 (りんか) という芸名の由来は如何 (いかん) と問うに、これは、

   事務所の社長がつけたもので、「梨の花」 のように色白だから

だそうだ。以前には Wikipedia にも書かれていたが、今は削除されている。 Wikipadia は、数年前から、有名人に関する項目について、

   プライベートに関する記述/信頼のおける確かな引用もとのない記述

を排除する傾向に転じた。そのため、

   かつて、 Wikipedia に記されていた 「タレントの本名」、
   「出身地」、「芸名の由来」、「家族関係」

といった記述が消えたのである。 Wikipedia が “権威” になろうとして、“ウサンクサイ出自” を抹消しまくったわけだ。ハッキリ言って、 Wikipedia は裏付けなしに引用できる情報ではない。「レフェリー制」 を持たない以上、これは永遠に変わらない事実だ。それなのに、成り上がろうとしているので、

   かえって記述が “やせ細る”

ことになる。

   …………………………

湯のみ 「梨花」 という芸名なら “リカ” と読めばよさそうなものだが、それでは芸名としてパンチがないので、“リンカ” という耳新しい音にしたのかもしれない。

湯のみ その際に、

   【 花梨 】 <かりん>

がヒントになったんじゃないか、と、ふと思うわけだ。「花梨」 (かりん) を逆さにすると、「梨花」 (りんか) になる。

湯のみ ここで、「かりん」 は、なぜ、【 花梨 】 と書いて、「かりん」 と読むのだろう、という疑問が、ガゼン、わいてくるわけだ。

   …………………………

湯のみ 『日本国語大辞典』 を引くと、初出は、

   『庭訓往来』 1394〜1428頃 「花梨」

とあるのが最初である。江戸時代初頭の 『日葡辞書』 に

   『日葡辞書』 1603〜04
   「Quarin (クヮリン) 〈訳〉あるシナの木で、やや赤い色をしたもの」
       ※原文はポルトガル語

とあるので、発音が 「クヮリン」 であったことがわかる。語頭は、中国語由来の音である “合拗音” [ kwa ] であり、語末には 「ン」 がちゃんとある。

湯のみ ところが、『庭訓往来』 より古い用例に、「クヮリンボク」 というのがある。

   『源平盛衰記』 14世紀前半 三六・鷲尾一谷案内者事
   「花燐木(クヮリンボク)の管に、白金筒の金入りたる刀、〈略〉給ひたりけり」

湯のみ この 「花燐木」 というのが、「花梨」 のより古い用例、ということになる。

   …………………………

湯のみ 中国の検索サイト 「百度」 で調べると、

   「花梨」 huālí [ フワーりー ]

という語は、現代口語としては稀用だが、確かに中国語彙として存在することがわかる。しかし、古来、中国語で、

   花梨(木) huālí(mù) [ フワーりームー ]
   花櫚(木) huālǘ(mù) [ フワーりゅームー ]

と称する樹木は、

   Ormosia henryi 「オルモシア・ヘンリイ」

という種である。和名はないようだ。そして、日本語で 「花梨」 と呼んできたのは、

   Pseudocydonia sinensis 「プセウドキュドニア・シネンシス」

という、まったく異なる種の樹木である。

   …………………………

湯のみ 日本語の資料 ── 『日本国語大辞典』、あるいは、 Wikipedia “カリン” の項 ── では、

   「カリン」 を Pterocarpus indicus 「プテロカルプス・インディクス」

としているのだが、これは、中国では 「印度紫檀」 としている。中国語の資料では、

   一貫して 「花梨・花櫚」 は Ormosia henryi

である。こうした日本語資料の記述者は、中国語の資料にあたってみるべきではないか。

湯のみ ちなみに、産地は、

   花梨・花櫚 Ormosia henryi = ベトナム北部、海南島
   印度紫檀 Pterocarpus indicus = タイ、ミャンマー、マレーシア、フィリピン

である。

   …………………………

湯のみ いずれにしても、日本では、ショッパナから、種(シュ)と名前を取り違えていたようだ。こうした例は、決して少なくない。

湯のみ 大陸の植物に関する知識は、「本草学」 (ほんぞうがく) という、

   動物・植物・鉱物の薬効を探求する 「中国薬学」

とともに入ってきた。漢籍の形で知識が入ってきたため、カン違いが多かったのである。

湯のみ 日本で、古来、「花梨」 と呼んできたものは、中国語では、

   木瓜 mùguā [ ムークワー ]
      ※現代口語では、「蕃木瓜」 の略で 「パパイヤ」 も意味する。

と言う。もちろん、「木瓜」 は日本語の “ボケ” の語源であるが、日本で “ボケ” (木瓜) という樹木は、中国語では、

   寒梅 hánméi [ ハヌメイ ]

と言う。もちろん、「寒梅」 は日本語では “早咲きの梅” のことだ。しかし、

   「ウメ」 は中国語でも 「梅」 méi (メイ) でよい

と来たもんだ。「寒梅」 とすると “ボケ” になってしまうのだナ。

   …………………………

湯のみ 実は、植物とか魚の呼び名というのは、言語と言語のあいだで、また、同一の言語であっても、方言と方言のあいだでひどく混乱するものである。そのとき役に立つのが、ラテン語2名式の学名だ。学名が重要とされるユエンである。

湯のみ 日本語の 「花梨」 の場合、もういっぱい混乱がある。すなわち、

   マルメロ

を 「カリン」 と呼ぶ方言があるのだ。

   山形県、山梨県、長野県の各一部、および、佐渡島

で使われる。

   …………………………

湯のみ ハナシをもとに戻す。

湯のみ 「花梨」 の初出は、14世紀前半の 『源平盛衰記』 にあらわれた

   花燐木 (クヮリンボク)

であった。しかし、まったく不思議なことに、

   花燐

という語は、古来から中国語で使われた形跡がない。ならば、日本語なのか、というと、

   「クヮ」 という合拗音を含むからには、日本語の本来語ではありえない

のであるよ。

湯のみ これは、もしやすると、こういうことではなかろうか。

   (1) 中国から漢籍によって 「花梨木」 という語が入ってくる

湯のみ 14世紀だと、中国語では、すでに発音が 「近代音」 に変化しており、「クヮリンボク」 という音はありえないので、

   口語ではなく、文字で伝わってきた

と見るべきだろう。おそらく、

   「クヮリボク」

と読んだに違いない。ところが、

   (2) 日本語では、江戸時代に至っても、濁音の前に 「ン」 が先行した

という事実がある。西洋人の記述に、

   長崎 「ナンガサキ」
   平戸 「フィランド」
   江戸 「イェンド」

などの表記がある。また、濁音に先行する 「ン」 は、現代でも東北弁に残っている。

湯のみ つまり、「クヮリボク」 は 「クヮリンボク」 と発音されることになるわけだ。

湯のみ こうした発音は、おそらく、俗なものであり、知識階級はこれを避け、また、江戸時代に入ってから、「濁音に先行する “ン” は消滅」 した。

湯のみ ところが、ごく一部の、もっぱら民衆の使う語では、こうした “ン” が消えずに残ったのである。

   「とんび」 ← 「とび」 (鳶)
   「たんび」 ← 「たび」 (度) ※「〜するたんびに」 という口語で。
   「ずんだ」 ← 「ずだ」 (豆打) ※方言の例

湯のみ 逆に、本来あるべき “ン” が消えてしまった例もある。

   「ふだ」 ← 「ふんだ」←「ふみた」←「ふみいた」 (文板)
   「ふで」 ← 「ふんで」←「ふみて」 (文手)
   「もじ」 ← 「もんじ」 (文字/門司 <地名>)
   「わらじ」←「わらんじ」←「わらんづ」←「わら(ン)ぐつ」 (草鞋)
   「かば」 ← 「かんば」←「かにわ」
       ※「白樺」 の “かば”。今でも多くの方言では 「かんば」 と言い、
        「ダケカンバ」 のように、正式な和名に採用されているものもある。
   「しゃくなげ」 ← 「しゃくなんげ」 (石南花)
   「こぶ」 ← 「こんぶ」 (昆布)
       ※標準語でも、「こんぶ / こぶ」 の両様が使われる。

湯のみ 日本各地の方言に、“ン” の有るもの・無いもの、両者が混在し、どちらが本来か、不明のものもある。

   「たご / たんご」 ※ 「こえたご」 などというときの。
   「びんご / びご」 (備後 <地名>)

湯のみ こうした “ン” に関する混乱は、従来の 「国語史」 では、ほとんど扱っていない。

   しばしば、“ン” が文字に書かれなかったことを原因とする記述

が見られるが、ほとんどの例は、学者語ではなく、民衆の口語であり、

   文字に書かれたか、書かれなかったか、など問題ではない

のであるヨ。学者の使う漢語では、こうした混乱はまったくと言っていいほど起こらない。漢語で混乱が起こる場合は、

   坊主 …… ぼうず / ぼんず
      ※ 坊さん …… ぼうさん / ぼんさん。
       英語の bonze [ ボンズ ] は口語形 「ボンズ」 に由来する。
       現代では、口語形は排除され、文字に従った 「ボウズ」 が残った。

のように、民衆にも使われ、口語化した漢語である。

   …………………………

湯のみ ことによると、口語音 「クヮリンボク」 という音を、ふたたび、漢字に戻すとき、

   花燐木

となってしまった可能性がある。「燐」 Phosphorus が使われたのは、そこに、木材としての 「クヮリンボク」 と 「燐」 とのあいだに、何らかの連想が働いたのかもしれない。

湯のみ もともと、「クヮリン」 という音じたいが漢字の読みとしては間違いであるから、その後の表記もマチマチである。

   花林木
   果李木
   花梨木

というぐあいである。

   …………………………

湯のみ 要するに、

   【 花梨 】 の読みは、もちろん、「カリ」 が正しいのだが、
   日本語に借用された最初の語形が 「花梨木」 (クヮリボク) であったため、
   日本語の発音グセで、「クヮリンボク」 と訛り、
   それが、そのまま、「クヮリン + ボク」 と分析され、
   のちに、正しい表記である 「花梨」 と組み合わされたために、
   【 花梨 】= 【 カリン 】 となってしまった

と考えるのがよさそうである。

   …………………………

湯のみ そして、これを逆さにすると 「梨花=リンカ」 なのだが、この点については、事務所の社長に訊かねばなるまい、と思う。
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