昨日配信のメルマガ(って、短いメッセージ)にも書いたけどhttp://archives.mag2.com/0000079336/index.html?l=sih0002de5このところ受け取るレッスンの日々。久しぶりに開催の土曜の勉強会には可愛い缶入りお菓子を頂いた。そしてその最中にもある方からお
今日は暑かった。 最高気温は33度だそうだが 35度くらいあったような感覚。 そんなんで母の骨壺を乗せた 飾り棚に供えたお水が気になりつつ、 ふと思ったのは 「祖父母が亡くなった時、 母はこんなお水を供えたりしてなかったな」。 母はもともと原爆で親を
思えば父も母も「話供養」という言葉が好きだった。だもんで私の細胞にはこの習慣が沁みついているようでこの10日の中で3件の話供養が自然に起きた。一つは10日の雨の日曜に両親と仲が良かった親戚の94歳の独身女性のお宅をデパ地下弁当を持って訪問。
昨日の母の告別式会場はピンクの花が沢山飾ってあった。女性だからというのもあるだろうし、 私が葬儀屋さんに「お任せする」 と言ったからでもあろうし、 故人の生前のリクエストで(「私の出棺の時は♪泣きなさい〜、笑いなさ〜い〜を かけてね」とよく言っ
この1週間は息をつめて暮らしていた。いつ、病院から知らせがくるかと。スマホを小さな斜め掛けポシェットに入れ。肌身離さず持ち歩き、お風呂は小さく扉を開けて着信音が聞こえるようにして入っていた。ご飯を炊いている時は正直、今訃報が来ると「困るな」
母の症状のことは昨日アメブロに書いた通り、→ https://ameblo.jp/oneself2012/entry-12381243855.htmlいよいよカウントダウン。ついに昨日の夕方、あと2日くらいかも?と連絡が入り、夜まで付き添い昨日は変化なしで帰宅。いつかかってくるかわからない良
今日は弟の仕事でお世話になっている会計士さんが自宅に来て父の亡くなった後の事後処理確認と母がもしもの時のシュミレーション。元々数字が苦手な私。だからただ聞いているだけなのに何時間も経ったような、すごい頭脳労働をしたような。。。会計士さんはお
アメブロのほうに「小確幸」のことを書いたhttps://ameblo.jp/oneself2012/entry-12378869528.htmlので今月ベスト1のマイ小確幸をご紹介。それはこのところある店の前でお団子頭のつなぎ姿のお嬢さんがペンキと格闘している姿。じっと見ていたらこちらの視線
”モノを食べる時はね、 誰にも邪魔されず自由で、 なんというか、救われてなきゃあ、 ダメなんだ。 独りで静かで豊かで・・・”これは漫画『孤独のグルメ』(久住昌之:作画 扶桑社)にあった言葉でずっと前に歯医者の待合室でみつけて思わずメモしたも
母の病状は芳しくなく、担当医からの話にグッドニュース無し。母は5/2に緊急入院してからまともに歩いてないので歩くことも出来なくなり、認知症もものすごい進み方。。。。でもある意味ではその荒唐無稽な会話はコントと思えば笑いも出てくる、というのが私
水曜の夜にもつ鍋、今日の昼は豚しゃぶを友だちとたまたま食べる約束が重なった。母の容体がちょっと落ち着いたので誘ってもらえる時に誘ってくれる人との約束は大事にしようと思って。考えてみればポスト乳がんのこの19年間はあっという間だった。そして今の
急きょ入院した母は日に日に衰弱。 でも「そればかり考えていても」と思っていたら 一昨日のことになるけれど旧友がグッドタイミングで 「久しぶりに会おうよ」と誘ってくれたので 仕事帰りに指定された中目黒にいそいそと。 早めに着いたのでガード下を散策
先日書いたhttp://diary.fc2.com/cgi-sys/ed.cgi/masako-9/?Y=2018&M=5&D=3フィンランドのお土産の中に板チョコもあった。この前、それを無造作にパリパリと割って 口に入れてからその美味しさにビックリ! 食べたことのない味!! 何が入っているんだと 改め
連休中日の今日は家で諸々の用事をする予定だった。それは例えば母のサイズが合わなくなった服の処分とか、家の周りを掃くとか、とか。。。しかし朝食後、電話音。電話はセールスか良からぬ知らせしかない。後者だった。施設にいる母が薬がむせて呼吸困難にな
「連休なのに問い合わせして(注文して)すみません」という但し書きの入ったメールを数通頂いたがノープロブレム!変わりなくカードや認定書の発送作業などやっております。(#^.^#)連休前半は事務作業に明け暮れ、今日(というかもう昨日ね)は特別ワンセル
今月はありがたくもお二人の方からきんかんとトマトの差し入れが届いた。ビタミン色があるとうれしいから、料理が下手でもいそいそと台所に立つ。野菜のいのちを潤す光が眩しくてしばしその輝きを見つめて時が過ぎる。だからせめてせめて丁寧に扱ってゆっくり
独り身で青菜をゆでるのは案外めんどうな作業。だから冬の間、ホウレンソウは冷凍食品を利用していたがやはり今一つで飽きてしまった。春になり店頭に春の菜っ葉が艶やかに並んでいるのを見たらやはりちゃんとしたのを食べたくなった。そして母が読んでいた雑
「一人でもカラオケ、行くのよ。 四十を過ぎてがんになったら、 恥も外聞も関係なくなったわ」と、ある人に話したら、「ではでは今度一緒に行きましょう。 お勧めのところがあるの」と言われ、先週のことになるのだけど素敵な場所で一緒にカラオケをした。
今日は歯医者に行ったり、(どうも奥歯が欠けたと思ったら昔かぶせていた中が大きな虫歯に。。。。( ;∀;))生命保険の一つがもうすぐ満期になるそうで(今年還暦で昔、年金型の保険に入っていたのだった)保険LADYが家に説明に来たり、父が亡くなったこ
出張先でポーラセーツの蓋付きの器を頂いた。(ちなみにポーラセーツとは白磁の器に絵付けをして仕上げるもの)小箱や小さな缶を見ていると子供のころに毎週通った教会でもらうカードを入れた箱のことや学校の裏山で(って、今思えば山っていうほどではないけ
大阪出張の後はFacebookに載せたが奈良に移動して小さな旅をしていた。折しも春真っ只中だし、母の容態が悪くなったら旅行など出来なくなるし、中学の時の友人が奈良に嫁いでいるので。この友人が私には一番古い友。お互いに介護の悲哀を笑いと共に話
母の記憶は混とんとしてきている。施設に面会に行くとこのところ決まって、母「お父さん、元気〜?」。私「死んじゃったよ〜」母「ええ〜(@_@)。。。」今日行ったら廊下に チューリップの貼り絵が貼り出してあったが 母の作品だけ葉っぱが謎の位置だった。 (
「最近料理の写真を出してないけどまだやっているの?」とある人にこの前聞かれたはい!とはいえ何度も書くけど料理、ホント苦手。ではなぜやるかというと村上春樹小説の大ファンだから。(#^.^#)私たちの人生に時折訪れる不運を「はい」と両手を差し上げて受
この前面会した際、母の開口一番のセリフは 「ねぇ、ねぇ、1階に連れて行ってよ。玄関に立派なおひなさまが飾ってあるから」。そんなものは母の入っている施設には飾っていなかったので 「ない」と言っても なかなか納得してくれなかった。 帰りに念のために
平昌でのメダルの数でマスコミは盛り上がっているけれどそうでない部分にも注目してみると興味深いことがあぶりだされたりする。私がここまでのオリンピック報道で一番感動したのは羽生選手が日本国旗をとても丁寧に扱っている態度。インタビュー時に手に持つ
昨日は母のがん検査と診察だった。結果的には母のがんは小康状態。家族としては嬉しく思いつつも、これで家に戻ってくることがほぼ決定したので自分が遠出することは春以降難しくなりそう。。。というのもチロリン村の村民化は徐々に進行しているので。まぁ、
若い頃は「厄年?」なんて思っていた私。また去年は前厄だったけど怒涛の日々で、棚上げにしてしまっていた。なので本厄である今年は何としても行っておこうと思って良い日を自分なりに選んで一粒万倍日であり初午の昨日2/7に行ってきた。※初午とは 2月最初
味や香りに色があると感じるように(例えば甘い味はピンクとか、 柑橘系の香りはレモン色とか)、月(Month)にも色があるように私は感じる。完全に私の独断と偏見で一月は白。それは新年で白紙でスタート、そしてお餅(´▽`)。二月は赤。それはアメブロに
先週、ひやりとする思いをした。それは夜にパソコンを立ち上げたら11万円もする一眼レフのカメラを立て続けに二台買ったというメールがアマゾンから届いたのだ。慌てている間に今度は名前を聞いたこともないパソコン機器を今買ったとメールが到着。アワワワ