このところ、ゼノンのパラドックスのことをきっかけにして、「わかる」とは何か、「わからない」とは何かをあれこれ考えていた。だが考えているうちに、ゼノンそのものはむしろ後景に退いて、もっと一般的なことの方が気になってきた。ゼノンのパラドックスは
いまSAXで「闘牛士のマンボ(マカレナ)」を練習している。マンボはキューバが本場のラテン音楽だが、ふと、キューバでも闘牛をやっていたのだろうかと思った。そこから、闘牛が興業として成立しているのはスペイン以外ではどこなのか、倒された牛は食肉にな
映画『赤ひげ診療譚』の原作は山本周五郎だった。見ていてふと、原作の空気がどこか藤沢周平の『獄医 立花登手控え』に似ている気がした。あれは映画化されていなかったのだろうか、などと連想する。そういえば昔、小林桂樹が赤ひげを演じた『赤ひげ診療譚』
私は、SFが大好きである。その方向性に大きな示唆を与えてくれた本が、筒井康隆『SF教室』である。中学校の図書館にあったこの本を何度読み返したことか(複数回、貸し出ししてもらった)。そして、中学2年生辺りから、早川書房『SFマガジン』の購入を始
三宅香帆『考察する若者たち』(PHP新書)を読了した。ところてんを食べるように、するすると一日で読み終わってしまった。この「するすると読めてしまった」という感覚は、いったい何なのだろうと少し考えた。正反対の読書体験として思い浮かぶのが、半年前
あれは二十一世紀の初めごろだったと思う。当時、私は大阪のとある工業高校で理科を受け持っていた。夏に募集のあった研修旅行に、だめもとで出張願いを出してみた。埼玉県の長瀞渓谷などを見て回る、一泊二日の地学巡検で、主催は東京・上野の科学博物館。案
全部読み切る前に、ここまで怒りがこみ上げてくるタイトル付けに出会ったのは初めてかもしれない。まず、この本で置かれている「考察」の定義はこうだという。考察=作者が提示する謎を解くこと批評=作者も把握していない謎を解くことこれを読んで、私はかな
Z世代とは、一般に1996年から2012年ごろに生まれた人たちを指すらしい。2026年時点でいえば、おおむね14歳から30歳くらいになる。もちろん、こういう世代論はあくまで中央値というか、主な傾向をざっくり言うものにすぎず、誰にでもそのまま当てはまるわけで
あだち充『タッチ』の上杉和也は、高校一年の夏、地区予選決勝戦へ向かう途中、トラックにはねられそうになっていた子どもをかばい、交通事故で命を落とした。衝撃そのものの場面は直接には描かれず、達也と南の慟哭も、電車の通過音などによってかき消される
二年前、とある漫画家の原画展を観るために、夜行バスで東京へ行った。大阪発新宿行きの夜行バスで、早朝五時ごろ、新宿駅のバスターミナルに降り立った。三列シートとはいえ、やはり夜行バスはきつい。眠ったような眠っていないような体で、朝の新宿に放り出
高校一年生のときの現代国語の教員は、「鬼の○○」と呼ばれていた。といっても、授業中に怒鳴るとか威圧的だとか、そういう意味で怖かったわけではない。何しろ定期テストが、欠点が39点以下であったが、講座の平均35点前後で、まず40点を超えない。しかも追
『めぞん一刻』の音無響子を、完全無欠のマドンナとして描かなかったことの意味を考えていたら、そこから連想が妙な方向へ広がっていった。いわば、マドンナという言葉そのものからの、ハチャハチャの脱線である。「マドンナ」という単語で、私がまず思い出す
自分の読みの甘さというものを、昨日の日記のコミックス版『風の谷のナウシカ』のことでも、あらためて痛感した。昔読んだときには分かったつもりでいたのに、ずっと後になってから、ようやくその核心が見えてくる。そういうことがある。たとえば萩尾望都の短
私の自宅にも義父宅にも、最近ほんとうに不審な電話がよくかかってくる。留守電に入っているのは、NTTやガス会社などを名乗るコンピュータ音声で、「あなた宅のシステムに異常があるので緊急に連絡してください」といった内容である。しかもナンバーディスプ
ドリトル先生について考えていて、ふと思った。動物と話ができるといっても、その会話の中身は、相手の動物種ごとの知能や経験の範囲に制約されるはずである。たとえばリスなら、餌の好みや隠し場所、木の登り方のようなことは語れても、高度な推論までできる
柳内たくみ・竿尾悟『ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』コミックス版65話を読んで、あらためて思ったことがある。物語に「死」が書き込まれているかどうかで、登場人物の「覚悟」や「決断」の重みは大きく変わる、ということだ。以下、『ゲート 自衛隊
名前を伏せても、どうせ誰のことかすぐ分かってしまうので、今回は私のポリシーの例外とする。本当に一兆℃なら、ゼットンの熱線を受けた時点で地球ごと消し飛んでいてもおかしくない。それを受けて、倒れはしたものの、見た目にはそこまで深刻な損傷が見えな
橋本幸士『ホログラフィー原理とはなにか』(講談社ブルーバックス)を読了した。全体として刺激的な本だったが、読後にはいくつか疑問も残った。まず、実験的証拠として紹介されていたのが、クォーク・グルーオン・プラズマの粘性の低さである。この「非常に
一昨日、ジャズライブを聴いた。演奏された曲の一つに Fly Me to the Moon があった。意訳すれば「私をいい気分にさせて」くらいになるのだろうが、そこで思い出したのが、竹宮恵子『私を月までつれてって!』である。こちらは意訳ではなく、まさに直訳だ。主
昨日は、大阪府立図書館のライティホールでジャズライブがあったので、図書館へ行くついでに聴いてきた。まずは先に、図書館で調べ物から。大阪府立図書館にも、300部限定の生頼範義画集『SAKYO』は収蔵されていなかった。そこで芸術・文学カウンターの方に頼
今日は大阪府立図書館へ行こうと思う。そこはバスと電車を乗り継いで約一時間の場所にある。図書館の中にあるライティホールで、今日はJAZZライブが開かれるからだ。実を言うと、大阪府民ではあるのだが、私にとってはここよりも、巨大図書館の極みとも言える
広大で人気のないホテルで、冬のあいだ管理人を務めながら小説を書く。この仕事さえ終えれば、自分は作家として有名になれる。アルコール依存だの、教師をクビになっただのと見下してきた連中を、今度こそ見返せる。ジャック・トランスは、そんな焦りと自負を
今、どぜう丸『現実主義勇者の王国再建記』のアニメをAmazon Primeで見ている。この作品は、コミックスでアニメ版よりかなり先まで読んでいた。もともとは、いわゆる「なろう小説」から出た作品らしい。同じように、連載に追いついて先の展開を待っているカレ
作・雁屋哲、画・花咲アキラ『美味しんぼ』は、1983年から2014年まで『ビッグコミック・スピリッツ』に連載され、単行本は111巻に及ぶ長寿作品である。『ビッグコミック・スピリッツ』自体は、その3年前に創刊された。私は創刊号から、高橋留美子『めぞん一刻
ユング心理学には「アニマ」という概念がある。男性の無意識のうちにある女性像、あるいは感情・直感・受容性の象徴、と大まかに理解している。最近ふと考えた。私のアニマは、たぶん二人の女性像にかなり近い。しかも、どちらも昭和のテレビ番組から来ている
YouTubeにはクラシック音楽の演奏動画がたくさん上がっているが、最近発見した楽しみ方は、音楽(聴覚)+視覚(動画&楽譜)である。特にこの演奏。マーラー交響曲第1番、マゼール指揮・ガリシア管。(Recording made on May 17, 2012, at the Palacio de la
同じ題材なのに、ちゃんと別の味があるのがいい。凄腕の殺し屋が、ボスから「殺し禁止」で一般市民として暮らせ、という無茶ぶりをされる。この設定だけでもう強い。実写版は岡田准一主演で、これはこれで実に面白かった。ただ、アニメ版はアクション一辺倒で
私は反実仮想が好きである。だから、歴史上の人物の机上に、時代違いの本をそっと置いてみたらどうなるか、ということをつい考えてしまう。今回は、科学系の大型本を二冊、江戸時代の天文学者の前に置く、という想定である。一冊は岩波の『理化学辞典』。もう
いま、自宅から離れた場所にいる。そのためネットの常時接続がなく、WebやAIを使うにもスマホのギガを消費しなければならない。オンライン小説やオンライン漫画をだらだら眺めて時間を潰す、といういつもの逃げ道がない。この日記も、あらかじめ下書きを用意
酒のコミックとして、まず最初に挙がるのは、古谷光敏『BARレモン・ハート』である。これは、うんちく漫画として非常に強力なテンプレートを持っている。レモン・ハートのマスターは、たいへん分かりやすいうんちく王である。酒に関しては知らないことがない