仏教では五蘊つまり心やモノすなわち色受想行識に執着しないようにつまりそれを渇愛、取することをやめることを繰り返し、経典にでてきますではなにが執着しないようにするのでしょうか?五蘊は心やモノですから心が執着しないようにでは話のつじつまがあいま
わたくしは愛は実在であるとはおもっていません愛は活動(努力の次元)を意味しているからです愛はなにを奨励しているのでしょうか具体的な何かを大切にしなさいと訴えるからです。カタチめいたものです魂魂同士の協力そして肉体さえもしかし無条件、無努力で
スピリチュアル研究レポート2実在はただ在る(メインの性質)、そしてワクワク(サブ性質)であると仮定するなら、(なぜなら、実在がただ在るだけの純粋一元、静寂だけだと、変化する空性が生じてくることはありえないためです。しかし、日常生活においては
本日の仮説原始仏教についてダンマパーラは五蘊(色受想行識)について統一者をもたないと説明しているしかしイエスのアコースインミラクルズでは心や五感の働きは大自我の産物であると説明している仏教の説明では五蘊がどこからきたかについては無明からと説
おはようございます。今朝の原始仏教の読書。ブッダゴーサ清浄道論 第一巻7章六随念について仏随念 その徳を心に念ずることにより 以下同じ法随念僧(声聞)随念戒随念施捨随念 与えないうちは自ら食べない。手を洗浄した者とよばれる。垢、ものおしみ
ブッダゴーサ清浄道論第7章2 仏随念(1)阿羅漢12因縁について無明欲有(欲界?)における無明は欲有における行の縁となる色有無色有においても同様である次に欲有における行は、欲有における結生識の縁である(つまり、無明、行、は過去世をあらわし、アビダ
スピリチュアル研究レポート(仮説)実在は、ただ在る(メインの性質)、そしてワクワク(サブ性質)である実在には空想がまだないゆえに、主体や客体という固定概念はまだない自力や他力という固定概念はまだないのだにもかかわらずワクワクからの試みとして
ナチュラルノンデュアリティについては以前にもかきましたがたとえば点をかくとします(活動、努力)点ができます点と点以外という概念ができますこの段階の点以外というのは点をかくまえの状態のものをさしていません点は努力です点以外は努力の対象(概念)
筑摩書房 仏典�饗臂莎�信論 馬鳴 著?紀元〜500年頃成立(インドか中国において)衆生心(アラヤ識 存在エネルギー不増不減)についてのおはなし以下その内容(本質と変質についてのべているが、それは同じでもなければ、異なるのでもない。あえてわかり
奇跡のコースACIMを伝えられ書いたチャネラーのヘレンさんはうちなる声をきいたといわれていますアプローチ的には流行のノンデュアリティ(五感にきづきましょう)とはフィーリングがちがうメソッドですそしてわたくしは映画メッセージとともに奇跡のコースの
本日の湧いたことば不動は外側にはみつからず内面の奥に在る(それが在りのままの平安)どの衝動、いや癒しにしたがうのかまちがえてはならないそれを愛と呼びたいのならおすきなように愛はどこにあるのか(どこからきたのか)真の存在はどこにあるのかわたく
筑摩書房 仏典�業�千頌よりなる般若波羅蜜経第一章素人の読書感想なのであしからずです^_^まとめスプーティ長老のおはなし菩薩(主体)も般若はらみつ(観念)も実在しない。あえていえば非心無分別(これも観念だが 笑)色受想行識つまり五蘊に定着してし
素人の仏教読書の感想から仏教をよんでると、いろいろな感想がわきました仏教では涅槃寂静(こちらが実在らしい)と空性の世界(縁起)が説かれています縁起のはじめは無明とされています。では無明はどのように消えるのかというと煩悩がなくなることによると
AIさんがアップしてきたYouTube動画をみたらその人の関連動画で次のような動画に会いました。その動画がアップされたのは一ヶ月まえつまりわたくしが今年Amazonに出稿したころと同じ時期の動画だとわかりました動画のさいごのプレゼント動画がの桜道が同じよ
いやしがおきるとき何かを手放そう何かを手放そうと疲れているとき私はこうあるべきという悟りみたいな目標を想定してしまっているしたがっていけない私がそこにあり私がのこるためその私が周りを判断しつづけてしまうそして私はまた何かを手放していかなけれ
オートマチックの終焉とは私という状態は私(概念)と神(概念)をつくりわけて考えるアンナチュラルな発想をもつ永遠の今が実在なら自力とか他力というのは変化(私)が抱く空想です永遠の今のなかに変化がおきはじめるときそこに主体(能動体)も客体(受動
本日の湧いた仮説神はただ在り、またワクワクもあった神は試みた(ワクワクのために)つまり空想活動である全体ではない個というものがあったとしたならば、とそしてその個が空想されたものではなく自由意志があったとしたらとさらに試みた(主体化催眠)これ
仕事いくまえにおもいだしたこと(夢の中のストーリーのはなしですが)昨日の地上波のドラマ「ターミネーターに恋しちゃったら」のヒロインの未来の旦那さんはわたくしが以前みた麒麟(愛)のメッセージの映画に出演されていた俳優さんでした愛に気づくための
(ノンデュアリティ説についての感想まとめ)変化的経験とは私というエネルギーや対象意識や宇宙における経験です無変化とは存在意識です前者が変化的生命経験後者が永遠生命ナチュラルノンデュアリティ(永遠生命)のなかにおいては変化的生命経験は仮におき
わたくしは奈良の大学時代に一瞥神秘(拡大経験)ではなかったですが、ある生命的経験をしました(その意味はいまだよくわかりません)その直後、NHKスペシャル「海知られざる世界」を?偶然見ました。そのあとに関心をもったのは地球のガイア説(地球は命、
トランサーフィン読書中ナチュラルノンデュアリティにアレンジ中偏った感情や反応はものごとの重要性を誇張してしまった結果である実在ではない自分の感情をリアルにして戦い抑えこもうとするのではなくその原因の思考(努力 私は実在)に対処する今(のなか
インドのヒンズー教のながれについての本をよみおわりました(政治的な話は、とばし読みしました)お勉強ノート(追加)インドのアーリア人(バラモン教をつくる)は、もともとイラン地方から南下してきた人々(イラン地方の歴史ではゾロアスターの拝火教とか
大自我という源はたくさんの私に分裂しました魂ですそれら魂の立場からは互いが私とあなたと呼んでるだけなのです私とあなたは概念でしかなくどちらもじつは同じ魂なのです魂は台本に同意し台本は投影されます同じようにたくさんの身体があらわれ互いに私とか
常在は、ただ在る、とワクワクでありまだ空想をしていないので努力をしていません努力により空想された個がうみだされるときそこに努力(苦しみ)という空想がおきますその非実在的な努力を自我という主体化現実と妄想(設定)したとき好奇心と苦しみが実在と
ナチュラルノンデュアリティにおいては私(自我催眠)を作ったのは私ではない私を癒すのも私ではないということそしてほんらいのじぶんを見失っているときもいぜんとしてここにある実在(不変というナチュラル)つまりは自力(自我催眠においての)や自力のあ