020　まのいいヨハンネス　全

まのいいヨハンネス





時 グリム兄弟(きょうだい)のころ

所 南ドイツ

人 こまどり（語り手）
ヨハンネス（猟師(りょうし)）
ペーテル（せがれ）
鉄砲(てっぽう)の弾(たま)
かも
こい
山うさぎ
山いも
山どり
たまご
きのこ
えび
ふな





第一場 それはカモから

こまどり トゥルルルル、ツィルルルル。
森に秋がきた。落ち葉は渦(うず)をまいて、野山(のやま)を駆(か)けてまわってる。
ぼくは小枝のこまどりだ。落(お)ち葉(ば)よりは長生きで、木よりは長生きじゃない。
でも、ぼくらはずーっと、この森を見てきた。ずーっと昔から。
そら、あすこの小さな木小屋(きごや)のなかで、猟師のヨハンネスが起きだしたよ。
朝だ。寒(さむ)い朝だよ。ティルルルル、ツィー、ツィー。
猟師は、年をとっている。
ヨハンネス あーあ、朝か。…腹がへったなあ。
せがれ おとう。
ヨハンネス なんでえ、ペーテル。
せがれ 朝いちばん、いの一番に、腹(はら)へった、なーんて、情(なさ)けねえこったなあ。
ヨハンネス しっかたなかろう。今日でかれこれ84日(にち)、１羽(いっぱ)のカモも獲(と)れやしねえんだ。初(はじ)めのころはがんばってたが、40日すぎたらもうサラオだよ、最悪(さいあく)だ。
せがれ ジャガイモもキャベツもねえんだな。
ヨハンネス タマネギもな。
せがれ サラオだなあ。
ヨハンネス まあ、そう心配(しんぺえ)すんな。今日こそはごっつぉを背負(しょ)ってけえってくっから。
せがれ 84日も獲れねえカモが、今日にかぎって獲れっかね？
ヨハンネス 獲れるとも。だって今日は、おめえの７つの誕生日(たんじょうび)じゃねえか。タマも最後(さいご)の１発だ。きっとみやげを持ってけえる。――と、おっと、手が滑(すべ)った。
こまどり 腹がへってよろめいた拍子(ひょうし)に、鉄砲が手からこぼれて、パン焼きかまどにカアンと当たる。
せがれ あーあ、筒(つつ)がＶ(ヴイ)の字になっちゃった。おとう、今日はげんが悪(わり)いよ。
ヨハンネス なんの、かまどに当たって大当たりってこった。鳥打(とりう)ちかむりゃあ、心はもう早(は)や、林のなかさね。すんじゃ、行ってくっぞ。
こまどり こりゃおもしろい。まがった筒でなにが撃(う)てるか、うまく当たればご喝采(かっさい)ってやつだ、ついて行ってみよう。ツィー、ツィー、ツィータ。

♪弾(たま)１発(ぱつ)が２グロッシェン
　カモ１羽売って４グロッシェン
　だから　１羽に２発も使(つか)や
　なんで働(はたら)くんだかわからねえ

――いや、なにかといううちに、池にきた。
こまどり まことにチルカの池にきた。そうして、今日という今日こそは…！
ヨハンネス いやいや！　いるいる、いるじゃねえかよ、おっかさん。１、２、３羽(ば)、４の５の６と…とばして全部で13羽。しかもあの１羽(わ)は眠(ねむ)ってらあ。しめたぞ、神さま、小粋(こいき)なことを。今日という今日こそは、しっかと狙(ねら)って仕留(しと)めにゃあなるめえ。ぬきあし、さしあし、目ぇ覚(さ)ますなよ…。
こまどり そういって猟師は、まがった鉄砲をおかしな角度(かくど)にもちあげ、なむさんぼう、狙いすまして、ずどん！とやった。
弾丸 （飛びだして）さあオレ、しっかり働くんだぜ！
こまどり なんだい君(きみ)は。
弾丸 タマさ！　いだてん！　名前はまだない！　まあ見てな！
ヨハンネス 行け！　行け！
弾丸 キャモォォ――ン！　バシイッ、バシイッ…
カモたち うわっ、うへえっ、あれえっ、ぐわっ、どがっ、ずべえっ、やられたあっ…。
こまどり 見るまにタマは千鳥(ちどり)がけ、ぎしゃぎしゃカモに跳(は)ねかえり、とうとう12羽ぜんぶをしとめ、しまいの１羽に怪我(けが)をさせた。
最後のカモ ぐわっぐわっぐわっぐわっ！
ヨハンネス お、しぶてえな。しからば、ざぶり。いえい、いえい、がわ、がわ、がわ。
そのカモ ぐわっぐわっぐわーっ。
ヨハンネス まあそう逃げんな、悪いようにはしねえ。
そのカモ ほんと？
ヨハンネス …こともねえ。
そのカモ ぐわーーっ（逃げる）
ヨハンネス ええい、きりきり観念(かんねん)しろい。
こまどり と、その首根(くびね)っこをつかんだ途端(とたん)、
コイ ざばあ――ッ（跳んでいく）
ヨハンネス わあっ。…なんだ。なんだなんだ？
コイ ２尺(しゃく)もあろうかという、コイが（とスローモーションで跳ぶ）
こまどり たまげて跳びだし、岸辺(きしべ)のやぶにもんどりおちたぁ。ツィツィツィ、ツィ！
ヨハンネス ――コイ？　こいつぁ朝から、縁起(えんぎ)がいいや！


第二場 ざっくざく

コイ （藪のなかで）こーい、こーい、こっちへこーい。
ヨハンネス コイがコイコイ呼(よ)んでやがる。そりゃ行くともさ。よいしょ（すべって）ザブザブ。…よいしょっ（すべって）ザブザブザブ。うぬう、こんにゃろうめ。
コイ こーい、こおーいい…。
ヨハンネス これは、なかなか岸に上がれることではない。なんとしたものであろうぞ。いや、あれに木の根っこが突(つ)きだしてある。あれをつかんで沼岸(ぬまぎし)へ上がろう。いえい、いえい（と近づき）むんず。やっとな。
ウサギ わーっ、びっくりした！（自己紹介して）あたいは山ウサギ。うふん。あたいのセクシーなおみ足を引っぱるのはどなた？…って…人間(にんげん)だ！　わーっ、わーっ。
ヨハンネス　とんまなウサギだな。こら、あばれんな。
ウサギ 脱兎(だっと)！　がりがりがり！　土遁(どとん)の術(じゅつ)！　がりがりがり！（土ひっかく）
ヨハンネス ぶわっ、ぺっぺっぺっ。こらやめ、こら、
ウサギ がりがりがり――
ヤマイモ （とつぜん）ボゴォオ――ッ！
ヨハンネス わああーっ。こんだ、なんだ。
ヤマイモ （ぴょんぴょん跳ねでて）ヤマ、イモ、ヤマ、イモ、ボゴ、ボゴ、掘(ほ)れ、た、掘れ、た。（ドレミで）♪１２３４５６７８９10111213141516171819202122232425、っほーん。どさどさどさ（積みかさなる）
ヨハンネス ひいふうみいよう…25本か。こりゃたまげたねえ。ウサギもたまげて気絶(きぜつ)しやがった。さて、それじゃあさっきのコイの先生は…お！

回想シーン。スローモーに。

コイ にーげーろー…。
ヤマドリ なーんーだー…？
コイ おーいーじゃーまーだーよー。
ヤマドリ なーんーのーさーわーぎー。
コイ ぶーつーかーるー。
ヤマドリ よーけーてーよー。
コイ うーうーわーあー。
ヤマドリ うーうーわーあー。
ふたり ごーいーいーんーー…。

ダブルノックアウト。

ヨハンネス まのいい時はこんなもんだなあ。コイが跳んでった勢(いきお)いで、どっかのヤマドリが首を折られて死んでらあ。
ヤマドリ さーいーなーんーだーあー…（死亡）
ヨハンネス まったくだな。運(うん)なんてもなあ、どっちへころぶかわからねえよ（十字を切る）だがはっきりしてるなあ、今晩(こんばん)のめしはごちそうだってことさね。おや。タマゴだ。ヤマドリのやつ、タマゴを13個(こ)もあっためてやがった。こいつぁ、割(わ)っちゃあ台なしだ。落ち葉の季節(きせつ)でよかったなや（と、葉をかきあつめるうちに…）おんや。
キノコたち （行進を始めながら、名乗る）ブナシメジ、アイシメジ、フチドリツエタケ、ムキタケ、チシオタケ。ヌメリツバタケ、ヌメリスギタケ、ムラサキフウセンタケ。オニイグチモドキ、ウズハツ、サンゴハリタケ。カノシタ、ブナハリタケ、マイタケ、マスタケ、ナメコ。アシグロタケ、ツリガネタケ、ヤマブシタケ。――（大行進つづく）
ヨハンネス おお、おお、こりゃなんたる菌(くさびら)じゃ。わーはあはあはあはあ。とても持ちきれることではない。こりゃなんたる、まのいい日じゃわい。わーはあはあはあはあ。

♪たまごはそっとふところに
　きのこは山ほどふくろに入れて
　うさぎとこいは　左右(さゆう)の肩(かた)
　きじは両手(りょうて)にしっかと抱(だ)き
　山いもは背(せ)にかつぎあげ
　かもはぐるりと腰(こし)にさげて
　まがった鉄砲をひろいあげ

ヨハンネス では、帰るといたそうか。


第三場 おまけ

こまどり ヨハンネスはほくほくしてうちにもどった。
せがれ すげえ。おとう。無事(ぶじ)でよかったなあ。
ヨハンネス それもこれも、このまがった鉄砲のおかげだあ。筒の曲がり目が運の曲がり目。たまにこんなことも、あったっていい。
せがれ でもおとう、もんぺがむぞむぞ、動(うご)いてやるよ。ゲートルにもなんかいるんじゃねえのか、ヒルでも拾(ひろ)ってきなさったかね。
ヨハンネス そうか、どらどら（ゲートル解く）
エビ ザバ――ッ。
親子 …小エビだ。
エビ ごしゃ、ごしゃ、ごしゃ、ピチ、ピチ、ピチ！
ヨハンネス おどれえたなや…！（もんぺ脱ぐ）
フナ バタバタバタ、ビタビタビタッ。
親子 こんだ、小ブナだ。
ヨハンネス あっはっはっは！
せがれ ひいふみい…（数えて）…33匹もおった。すったまげたなやあ！
ヨハンネス 今晩は、秋の７つのごっつぉだあ！
ふたり あっはっはっは…！
こまどり 近所近辺(きんじょきんぺん)からお客(きゃく)を呼んで、せがれの７つのお祝(いわ)いに、腹いっぱい、ごちそうをふるまったとさ。
森はもう秋だ。
ごちそうの秋だ。
そら、ヨハンネスのうちの煙突(えんとつ)から、おいしい煙(けむり)が立ちのぼってる。
そうして落ち葉といっしょに、森に帰っていくよ。
昔からこうさ、ずっとこうだったのさ。
トゥルルルル、ツィルルルル。

おしまい。










上演記録

みやしろ演劇パーティ／二〇〇七年四月八日／宮代町図書館研修室／演出・高野竜／出演・ゆうた、ゆうな、れき、はるか、ひなこ、根本彩夏、高野幹子、高野竜







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