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2014年10月30日01:40

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『夢神の薔薇』前編

 2014年ラダ誕企画寄稿作。
 作中の冒頭と最後に引用した詩は、19世紀イギリスの詩人テニスンの『クラリベル』と『モード』から。
 カノンが死んだ後、その墓の前で独白するラダマンティス…というシーンはずいぶん前から考えていたのだが、それだけではどうにも暗い話になるので、夢オチにしてこういう話にまとめてみた。あとギリシャ神話ではラダマンティスはエリシオンを支配してるので、そのネタも出したかったのだが、あまり必然性のないシチュエーションになっちゃったなぁ…。
 ちなみにラダマンティスの寝酒を「グレンモーレンジ」にしたのは、単に彼にはハイランド(高地)地方の酒が似あいそうだ、という理由。アイラ島のシングルモルトは「潮の香がする」と言われてるので、カノンを思って飲むならこっちも良いかもと思ったが、一方で「泥炭(ピート)の香がする」「ヨード臭い」とも言われてて癖が強そうなので、やめた。
 この作品を書いた時には、「グレンモーレンジ」もアイラ島のスコッチも飲んだことがなかったので、「瓢箪からロバロバ6」で岡山に行った際にバーでいろいろ試してみた話は、こちらの日記参照http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1933806875&owner_id=4632969


『夢神の薔薇』前編


 クラリベル臥す墓の辺に
 そよかぜは、はたと吹き止み、薔薇の花びら、静かに落ちる。
 けれど粛然と立つ樫の巨木は葉を茂らせ、香り神々しく、
 心の悩み吟じる古色蒼然の調べを奏でて、吐息をばつく。
 クラリベル臥す墓の辺に。

 真新しい墓石の前にラダマンティスは立った。
「すまなかったな、来るのが遅くなって」
 何の彫刻も装飾もない簡素な墓石には、ただ「KANON」とのみ刻まれていた。
 称号も生没年もない、シンプルすぎるほどにシンプルな墓。おそらくそれが埋葬者の望みだったのだろう。
「どうしても来れなかった。ここに来たらお前がもう存在しないことを思い知らされそうで…」
 墓石にラダマンティスは語り掛けた。
「なあ、カノン、お前は今どこにいる…?お前は言ったはずだ。死んだあとはおれに裁かれるのが望みだと」
 そうだ、生前カノンは繰り返し言っていた。
「お前は約束したではないか…!地獄に落ち、冥府の法廷に、このおれの前に再び立つと…!そうして大罪人としてコキュートスに封じられ、永遠におれの側にいるのだと…!なのになぜお前はおれの前に現れない!?」
 胸の奥から沸き立つ激情をラダマンティスは答えを返さぬ墓石に叩き付けた。
「お前の魂はどこに行ったのだ、カノン!」
 双子座として次代に転生するためにアテナの懐にいるのか?それとも海龍としてポセイドンの手の内に?
「答えろ、カノン、お前は今どこにいる!?」
 だがラダマンティスの望む答えが返ってくることはなかった。
 カノンは、ラダマンティスの手の届かぬところに行ってしまったのだ。彼は失われたのだ、永遠に。
「カノン…カノン…」
 墓石の前にひざまずき、ラダマンティスは忍び泣いた。

 はっとラダマンティスは目を覚ました。夜のカイーナの寝室は暗く、静かだった。広々した寝台を深々とした闇が包み込んでいる。
「またあの夢か…」
 ラダマンティスは上半身を起こした。サイドテーブルには寝酒としてスコッチ・ウィスキーが置いてある。「グレンモーレンジ18年」。スコットランドのハイランド地方で作られているシングルモルトだ。ゲール語で「大いなる静寂の峡谷」を意味するというこの酒は、ブレンド用には一切供給されていない。南国の果実のようなエキゾチックで華やかな香りと、スパイシーな麦芽香が特徴だ。ラダマンティスはその酒をグラスに注ぎ、ストレートで一気にあおいだ。甘みとコクのある強い酒がのどの奥を焼き、流れていく。
「カノン…」
 暗闇の中で、ラダマンティスは愛する者の名を呟いた。

「夢に…悩まされておいでですね」
 カイーナの廊下でラダマンティスはミーノスに呼び止められた。
「ミーノス?」
「バレンタインが心配していましたよ。最近、寝酒の量が増えているとか」
「ああ…少しな」
「そんなあなたに良いプレゼントがありますよ」
 秀麗なミーノスの唇がにっと笑みを刻んだ。彼は薔薇の苗木が植えられた鉢をラダマティスに差し出した。苗木には蕾が一つだけついていた。
「少々早いですが、誕生日プレゼントです。あなたの誕生日の当日は私は魔獣討伐の任務が入っているものでね」
「それは、どうも」
 とは言ったが、受け取ったラダマンティスの言葉にはわずかに警戒感がにじんだ。だいたい、このミーノスの贈り物はいつも何かろくでもないものがセットになっていることが多いのだ。
「いえいえ、たいしたことではありませんよ。何しろ私はあなたの『兄』ですからね。誕生日を祝うのは当然です」
「………」
 ミーノスは時々こうして神話の時代の血縁を持ち出す。神話では、ミーノスとラダマンティスはゼウスとエウロペの間に生まれた同母兄弟なのだ。とはいえ、その関係がラダマンティスの心を温かくすることはない。前世だか過去生だか知らないが、ラダマンティス本人にとってはその思い出は、魔星に選ばれた時に冥衣から脳にインストールされた、ただの「データ」以上のものではなくなっている。懐かしく思うには、神話の時代の日々はあまりにも遠い日の出来事でありすぎた。今生では「兄弟」どころか、生まれた国さえも違う仲である。
 だからミーノスに「兄」として振る舞われても、ラダマンティスは戸惑うしかない。最近では戸惑いを通り越して、厄介だと感じている。だいたい、ミーノスがこうして自分の「兄」だと言い出すのは、彼なりの思惑なり都合なりがある時である。そしてその思惑なり都合なりは、ラダマンティスにとって良い結果をもたらしてくれるとは限らないのだ。
 もっともミーノスを弁護していうなら、彼は別にラダマンティスに悪意をもってそうしているわけではない。ラダマンティスの反応を面白がる癖があるため「純然たる」という形容詞はつけかねるが、むしろ好意をもってそう振る舞っているのである。だが彼の好意の結果が、どうにもラダマンティスの望みとは食い違うのである。
 そんなラダマンティスの反応は知ったことではないという感じで、ミーノスは自身の贈り物の説明を続けた。
「ただの薔薇ではありませんよ。『夢神の薔薇』です」
「『夢神の薔薇』?」
「人の夢を苗床として咲く薔薇です。あなたの悪夢を取り去り、そして夢と望みを現実のものとしてくれるでしょう」
「悪夢を取り去り、夢と望みを現実にする…」
『そうです。よろしくお願いします、ラダマンティス様』
 薔薇がしゃべった。
 驚きのあまり、ラダマンティスは鉢を取り落すところだった。
「お、おい、ミーノス、薔薇がしゃべったぞ!?」
「それは神の薔薇ですからね。ドリュアス(木の精)の一人くらい、宿っていますよ」
 平然とミーノスは答えた。
「いや、しかししゃべる薔薇というのは…どう世話をすればいいのだ?」
「普通の薔薇と同じでいいですよ。光と水、肥料と土、それらがあれば育ちます」
「しかし冥界で光など…」
「あるでしょう、エリシオンに」
「エリシオン?あそこに植えろと?」
「エリシオンにはあなたの神殿があるでしょう。そこの中庭にでも植えておけばよろしい」
 エリシオンは聖戦時には双子神の管轄になっていたが、もともとは神話時代からラダマンティスが管理していた土地である。そのため、ラダマンティスの神殿も実は建っていたりする。
「あそこにか…。おれは最近はめったに行かんが…」
「ニンフたちが世話をするでしょう。離れていても薔薇の効力は届きます。大丈夫ですよ」
 こうしてラダマンティスはミーノスから「夢神の薔薇」をもらったのだった。

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