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2016年07月06日20:20

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お題41『冠』 タイトル『ウミガメの還流』

 ……渚、もういいんじゃないか。
 俺は海に潜っている彼女に声を掛ける。
 両親の呪縛から解き放たれていいはずなのに、お前は彼らが亡くなったポイントに黙々と潜っていく。
 それがたまらなく俺の心を不安にさせる。
 ……渚、お前の人生はこんな所で終わらせてはいけない。
 揺れる船の上で再び呟く。こんな小さな島で一生を過ごす義務はない。お前が再び海を好きになってくれたことは嬉しいが、潜れるポイントはここだけじゃない。海は広いのに、お前の心はこの空間にだけ囚われているように感じるのだ。
 ……やはりお前は壮太(そうた)達の形見を探しているのか?
 自分自身で両親の形見を見つけるまで、このポイントに潜り続けるのか。それとも見つけても変わらず潜るのか。還暦になった俺はもう、お前の辛そうな顔に耐えられる精神力はない。ただお前が無事で笑ってくれる未来があればそれでいいのに。
 ……渚。
 頼むから、もうここで潜るのは止めてくれ――。
 
「それじゃあ皆さん、準備ができたら待機しておいて下さいね。あたしのチームは後から潜ります」
 渚はファンダイビングに来た客に声を掛ける。彼女の客は皆、ライセンスを所持したばかりの女性チームで道具を準備するのも拙い。
「源太郎さん、ここってウミガメがいるんですよね?」渚のチームにいる柏木(かしわぎ)先生が俺に声を掛ける。久しぶりのダイビングのためか体が強張っているようにも見える。
「そうですよ、今の時間ならちょうど泳いでいるかもしれませんね」
「え、本当ですか」彼女の顔にぱっと花が咲く。「実は一緒に泳ぐのを楽しみにしているんです。小さい頃から浦島太郎に出てくる亀が好きで……まだ出会ったことはないですけど」
「そうですか、それはいい。渚じゃ拙いかもしれませんが、楽しんで来て下さい」
「そんなことないですよ、彼女はもう大人です」
 涼馬(りょうま)のチームが潜った後、渚は再び声を上げた。
「由希乃(ゆきの)先生、そろそろ行きますよ。タンクは後ろからあたしが手伝いますから、フィンとゴーグルだけきちんと装着しておいて下さいね」
 客が一人ずつ渚の指導の元、潜っていく。最後の柏木先生が潜った後、渚は俺の方を振り返った。
「じゃあ行ってきます、じいちゃん」胸元にある母親の形見・指輪のネックレスがきらりと光る。
「……ああ、行ってらっしゃい」
 彼女を見送った後、料理を作り始める。彼女達が潜っている40分の間に全員の料理を作るのが自分の役目だからだ。
 ……今日は親子丼にするか。
 卵を溶きながらガスコンロに火を点ける。いくら南国の海だといっても、季節は秋だ。水温は地上の二ヶ月遅れで暖かくても陸は寒いわけで、全員の体温を上げるためには火が通ったものが望ましい。
 ……今日の人数は九人だから、十人分つくればいいか。
 いつも通り、渚の分を二人前にして数える。小さい時から食欲旺盛で何でも食べる子だったが、それは成人しても変わらない。あの小さい体でどうやって詰め込んでいるのか未だにわからない。
 俺は元々漁師だったが、渚の両親が亡くなり彼女を引き取ったことで遠洋には行かなくなった。今のように、ダイビングポイントにインストラクターの彼らを運び待機しながら料理を作ることが日課になっている。
 全ては彼女のためだ。渚がいる生活が当たり前になり、俺は彼女なしでは生きられなくなってしまった。
「いやー、いい海でしたね」
 涼馬のチームが歓声を上げながら戻ってきた。後10分もすれば渚達も戻ってくるだろう。
「船長、いい匂いですね」涼馬が鼻をひくひくさせながら声を上げる。「まさか船長に飯を食わせて貰うようになるなんて思ってなかったですよ」
「ああ、俺もだ」
 俺達は同じ漁師仲間で、彼は俺の船に乗っていた見習いだった。俺が遠洋を止めるといった時、彼は俺についてくるといい、ダイビング・インストラクターに転身したのだ。彼と最初に出会った時は28歳だったが今年で40歳になる。壮太が生きていれば同年だったとふと思う。
「じゃあ、皆さん、タンクを整理しましょうか。風は強いですが、もう一本潜れそうですね」
 俺は彼らの荷物の整理の補助を手伝いながら、渚の行方を見守った。この宮古島には十を超えるポイントがあるが、彼女はいつもこのポイントだけ長く潜水する。それは『青の洞窟』という絶景ポイントがあるだけでなく、彼女の両親が亡くなったことにあると思っている。
 ……渚、もういいんじゃないか。
 俺は船の上から海の中へ救難信号を飛ばす。例え彼女が安全に潜っていたとしても、俺の心は彼女と距離が離れていく毎に軋んでいくのだ。
 彼女は何を思い、このポイントに潜っているのだろうか。壮太のこと、母親のみどりのこと、彼らと同じ仕事につき報告を交わしているのだろうか、普段はへらへらと笑っている癖に、戻って来る度に悲しそうな顔をするのを見るのは辛い。
 ……渚、早く戻ってきてくれ。
「船長、フライパン焦げ臭いっすよ」
 涼馬にいわれ慌ててコンロの方に向かう。小さい台所を見ると、卵は半熟を過ぎて煮え滾っていた。

「頂きます」
 皆で俺が作った飯を食べながら団欒する。味噌汁が冷えた体を暖め、少し焦げた卵がほんのりと苦い。
「なぎさちゃん、食べっぷり凄いですね」
 柏木先生が声を上げると、涼馬が口を挟んだ。
「そうなんですよ。いつも僕より食べてるのに体は大きくならないんですよね。胸だけに栄養がいってるみたいで」
「セクハラですよ、涼さん」彼女はむっとなって反論するが顔はにやけている。「そうはいっても、じいちゃんの料理は美味しいからいくらでも食べられるんです。はい、おかわり」
 ……こいつの味覚は大丈夫なのだろうか。
 俺は不安に思いながらご飯をよそった。焦げた卵を食べても美味しいといって、おかわりするのはどこか欠陥があるのではないか。ダイビングをする者にとっては食べ過ぎはよくないというが、彼女はこれでもかと食べて海に潜る。まるで餌を届ける親鳥のようだ。
「大丈夫か、渚。あまり食い過ぎたら嫁にいけないぞ」
「あたしはいいんです。まだ余裕がありますから」渚はにやりと笑っていう。「涼さんこそ自分の心配した方がいいんじゃないですか? そうだ、柏木先生、どうです? 涼さんと結婚したら無料でダイビングできますよ、もう40代ですけど」
「いえ……私は遠慮しておきます」柏木先生は小さく手を振って答えた。「それにしても、なぎさちゃんと涼馬さんは本当に仲がいいですね。親子みたいです」
「え、親子じゃなかったんですか?」他の客が驚いた顔を見せる。「てっきりそうかと思っていました」
「そうみえます? 実は……両親はいないんです」
 渚がいいにくそうに告げる。それはそうだろう、この海の下にいます、といわれて気分がよくなるわけがない。
「でも、おじいちゃんとおばあちゃん、柏木先生がいてくれたから寂しくないですよ」
「おい、オレが抜けてるぞ」涼馬が突っ込むと、渚はてへへと笑う。
「あ、そうでした。涼さんもいてくれたからです。お父さんじゃなくて、お兄ちゃんって感じですけど」
「オレは娘と思っていたんだけどな。悲しいよ」
 客は二人の掛け合いを見て穏やかな表情をしている。船が揺れていても、彼らと話していれば気にならないのだろう。
「本当によかったですね、渚ちゃん」柏木先生がほっと吐息をつきながら呟く。「一時はどうなるかと思いましたが……源太郎さんがいたから、渚ちゃんも立ち直ることができたんだと思います」
「そんな、大げさですよ」俺は小さく呟く。「俺はただ、彼女に海を嫌いにならないようにしただけです。後の選択は全て、彼女自身です」
 俺は十二年前の過去を思い出す。
 渚に両親が死んだことをひた隠しにしていたが、不意にばれた時、彼女は海を毛嫌いし家から脱走を図ったのだ。その時、俺は彼女を見つけ無理やりにシュノーケリングをさせた。
 この島で暮らすためには海は不可欠だからだ。ここで嫌いになれば、一生暗い過去が付き纏う。それを克服できたのはよかったのだが、彼女が親と一緒の仕事・ダイビングインストラクターになるというのは予想外だった。
「……じいちゃん、ちょっと相談があるんだけど」渚は皆の器を集めながら俺の方に駆け寄ってきた。
「洗いながら聞こう」
 俺は船首楼(せんしゅろう)に食器を持ち出し彼女が発言するのを待った。
「じいちゃん、次のポイントもまたここで潜ったら駄目?」
 俺は耳を疑い彼女を見た。次は三本目だ、もちろん客がこのポイントを気に入ったのならわかるが、そんな雰囲気はない。
「どうしてだ? 理由をいえ」
「お客さんに楽しんで貰うため……かな」
 彼女は視線を反らせていう。
「本当か?」
 俺は彼女を正面に捉え告げる。お前自身のトラウマがそうしているのではないかと心の中で問う。
「うん、嘘じゃない」渚はきちんと俺を見ていった。「お客さんもそうだけど、あたし自身も、やらないといけないことがあるの。だからお願い、じいちゃん」

 涼馬と話し合った後、波の揺れが強くなってきたため、同じポイントに潜ることになった。ルートを変えれば見所はたくさんあるし客に対しては問題ないだろう。
 ……渚、もういいんじゃないか。
 俺は海に潜った彼女に問いかける。このポイントに拘る理由はわかるが、お前には未来がある。過去と向き合うために潜り続けていたら、お前の身が持たない。
 ……ああ、またか。
 俺は十二年前、渚と一緒にいった夏祭りを思い出した。彼女と一緒に金魚掬いをした時に、俺は彼女を救いたいと思った。だがそれは俺自身を救いたいからに他ならなかったのだ。
 ……今度も一緒なのか。
 俺は自分の心に向き合い再び落ち込んだ。彼女の心境を考えてではなく、自分自身が辛いのだ。俺の十二年の愛が壮太と過ごした八年に叶うはずがなく、彼女は亡くなった彼らを求める。それが一番辛いのだ。
 自分自身がやはり出来損ないだと感じ、自分の息子に嫉妬している。哀れすぎて憂鬱な気分にならざるをえない。
「源太郎さん、何か手伝うことはありますか?」柏木先生はトイレから出てきていった。
「先生は潜らないのですか?」
「ええ、ちょっと二本潜ったら疲れちゃって」先生はウエットスーツを緩めて俺と同じテーブルに腰を下ろす。「何もなければ話し相手になってくれません?」
「もちろん構いませんよ」俺の仕事はほぼ完了している。後は使い終えたエアタンクを運ぶだけだが、帰りでもいいだろう。
「……いい海ですね、転勤してきて本当に来てよかった」彼女は海を眺め伸びをする。「ここのポイント、なぎさちゃんが好きになるのもわかります。でもご両親がここで亡くなられたと聞いていますが……本当なんですか?」
「ええ」俺は小さく頷く。「あいつもダイビングするようになって5年になるのですが、条件があえば必ずこのポイントを選びます。見所がたくさんあるからといって、決して目を背けていないですね」
「凄いですね、なぎさちゃんは……」柏木先生は頷いた。「源太郎さんがいるからきっと彼女はここで潜れるのだと思います。シュノーケリングの話、聞きましたよ」
「……お恥ずかしい限りで」
「いえ、そんなことないです」柏木先生は大きくいう。「私だったら絶対にそんなことできません。といっても私には子供がいないからわかりませんが……」
 暗い雰囲気が流れる。彼女も子供ができずに離婚し、この沖縄にやってきたのだということを思い出す。
 ……皆、何かしら心に闇を抱えて生きているのだ。
 海の色を見て青いという者もいれば蒼いという者もいる。それは純粋に綺麗だと表現する者もいれば、底の仄暗さから恐怖を覚える者もいるということだ。そこには人の物語が潜んでおり、経験則によって答えは変わる。
「そういえば……ウミガメは見れました?」
「ええ、おかげ様で」彼女は笑顔を見せた。「甲羅が光っていたんですぐに見つかりました。渚ちゃんが誘導してくれたんです。ウミガメって触れるのですね、聞いた話だと近寄ってこないと伺っていたのですが」
「……あいつだけ特別なんです」俺は不可解に思ったが、軽く近海の状況を説明した。「基本、ここのウミガメは捕食用として捕らえられていたので、警戒します。ですが渚はきちんと動きを熟知して、一定の距離に近づくことができるんです。たまにあいつを見ていると、生き物の心がわかっているような気がしますよ」
 漁師として俺は魚を捕ることだけを考えていた。それが男としての仕事だと思っていたしプライドに繋がっていた。
 だが彼女と一緒に海に潜るようになって、考え方は大きく変わってしまった。彼女は魚を食べものとしてだけでなく、生態を理解しようと努めていた。多くの本を読み、種類を覚え、生息地を知り、共に泳ごうとする。だからこそウミガメの気持ちさえ理解できているような気がするし、もっと他の海を知って欲しいという気持ちが生まれる。
「渚ちゃんが回復した理由……わかった気がします」先生は嬉しそうに笑顔を見せた。「本当はダイビング怖かったんですけど、来てよかったです。渚ちゃんだけでなく、源太郎さんがいるから、安心して潜れたんだと思いました」
「俺は関係ないですよ」彼女の言葉を優しく否定する。「こちらこそ、いい先生を持ててよかったと思います。担任があなただから、渚は強くなれたし、人の心もわかるようになった。これからも渚の相談に乗ってやって下さい。俺だけでなく、あなたがいたから、今の渚があるんですから」
「……ありがとうございます」柏木先生は急に立ち上がり船首に向かった。「今日は潮風が強いですね……。源太郎さん、知ってます? ウミガメが産卵時に涙を流す理由」
「ええ、一応は。塩分を除くためでしょう?」
「それも正解ですが、それだけじゃないと思いますよ」柏木先生は目を擦りながら答えた。「再び海に戻るためです。体をリセットして、元の場所に還るためですよ」

 渚達が戻ってきて俺は帰る準備を始めた。錨を上げて二階の運転席に戻ると、渚がひょっこりと顔を見せた。
「ごめんね、じいちゃん。同じポイントで潜って」
「いや、いい。客の顔を見たら納得できたよ。お前の選択の方が正しかった」
 風の流れが強い中、ポイントを変えるだけでも体力を消耗する。きっと彼女は客の心まで見抜いたのだろう。初心者の一番気にする所は自分が足手まといにならないことだ。同じポイントに潜れば、負担が減ることを見越したに違いない。
「だがどうしてお前までここで潜りたいといったんだ?」
「ちょっと用があって……」渚はもじもじと手を擦り合わせる。「いっても怒らない?」
「ああ」
「実はお母さんの指輪をウミガメに巻いていたの」渚は申し訳なさそうに胸元にあるリングのネックレスを見せた。「両足がないウミガメがいたから、このままだと鮫に食べられると思って、助けたくて……それで。ごめん、じいちゃんがせっかく見つけてくれたのに、粗末にしてごめん」
 彼女が身につけている指輪を見る。先ほどのものと比較してもくすんでいるのがわかった。
「そのウミガメを今日また見つけたから、違う指輪と交換してきたの。もっとステンレスなら錆びないし鮫に食べられないかなと思って」
「そうだったのか……」
 彼女の心境を理解する。上がってくる度に辛そうな顔をしているのは、泳ぎにくいウミガメを見ていたからだろう。確かにこの近海には小鮫がおり、ウミガメを食べるものもいる。
「ごめんね、ちょっと汚れちゃったけど、これから大事にするから」
 そういって彼女は光を失った指輪を見せた。
「いや、謝ることはない」俺は肩を震わせながら告げた。すでに彼女を見ることはできない。「これから大事にしたらいい。よかったな、再び会えて……」
「うんっ」
 ……渚、お前はとっくに暗闇から抜け出していたんだな。
 彼女の満開の笑顔を目の端で捉える。暗闇に囚われていたのはやはり俺で、壮太の心に囚われていたのもやっぱり自分自身だ。
 渚と出会ったことで俺は本当の孤独を知り、人としての生きる道に気づくことができた。彼女にはすでに生きる覚悟が備わっているのだ。
「渚、ウミガメが産卵の時に泣く理由を知っているか?」俺は彼女を見ずに海を見て答える。
「うん、体の塩を取り除くためでしょ」
「ああ、もちろんそうだが。それだけじゃない」俺は先ほど柏木先生から聞いた話を反芻しながらいう。「子供に海の水を教えるためだよ。俺はここにいる、ということを教えるために流すんだ」
「そうなんだ」渚は嬉しそうに頷く。「それだったら嬉しいね。親を目指して海に向かうなんて……あたしと一緒で嬉しいよ」
「お前も、もう二十歳になったな」俺は今まで考えていたことを話すことにした。「一度、長崎に行ってみたらどうだ? お前も知っている通り、壮太はそこでインストラクターをしていた。お前も父親の海を見てくるといい」
「でも、そうしたらじいちゃん、仕事が……」
「俺と涼馬なら気にするな。ダイビングじゃなくても漁師としてでも生きていける。そろそろ俺も自分の海に還らなきゃいけないと思っていた所だ」
 産卵を終えたウミガメのように、使命を果せば自分の海に還る。それがたとえ困難なことで、海に戻ることができなくても、彼らは自分の意思を貫き通す。
 俺もそろそろ壮太達の呪縛から覚めてもいい頃かもしれない。
「あたしはもう、失いたくないよ……」渚はパーカーの帽子を被り直して答える。「おじいちゃんも、涼さんも。これ以上……今あるものを、もう……」
「あほ、死にに行くわけじゃない」俺は渚の頭をフード毎こねくり回した。「俺だって還暦だ。そんな遠くには行きはせん、ただお前を縛って生きたくない、それだけだ」
「縛られてるとか思ってないよ。あたしは……」
「わかっとる」俺は彼女の言葉を遮った。「お前は優しいし、馬鹿に見えてしっかり先を見据えて考えられる子だってわかっとる。初めて会った時に、祭りでイカ焼きを食ったこと覚えとるか?」
「んーん、覚えてない。金魚掬いしたことは覚えてるけど」
「……そうか。それはまあ、いいんだが」俺は空咳をして続ける。「要はお前を大人と認めるということだ。だから一度、外に出ろ。それでまた帰って来てもいい、そのまま各地を回ってもいい。お前のような若者にはこの島は狭すぎる」
「ありがとう、じいちゃん」渚は小さい体をゆっくりと俺の方に倒してくる。「長崎の美味しい魚、一杯食べてくるね」
「ああ、食い尽くしたら、また帰っておいで。その時はじいちゃんがまた旨い魚を捕ってきてやるからな」
 ハンドルを固定したまま、渚の体を引き寄せる。この小さな体に俺の命までのっていると思うと、少々不安に感じる。これ以上、失うのは俺だってごめんだ。
 だがお前はもう、小さな水槽で泳いでいる金魚じゃない。もっと大海を知り、多くの人に出会い、成長できる心を持っている。すでにお前には立派な色がついているのだ。
 お前が傷つき、落ち込んだ時に戻れる場所があるよう、俺はいつでもこの島で待っている。
 亀は助けられた恩を忘れないと相場が決まっているからな。
 




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