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[青春の死〜音楽はいま〜]コミュの[青春の死 6]

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 さて遂に「ロック」まで来ました。他にも同様なテーマはいくらでも出せるはずです。
 例えば「漫画(コミック)」。
 手塚治虫で幼少時代を過ごし、白土三平で青春時代を迎えたものからすると・・・最近の漫画(劇画・コミック)はどうなんでしょう?実は最近はほとんど読んでいないのでコメントする資格がないのです。15年ほど前まではそれなりに読んでいたのですが、読まなくなったひとつのキッカケは、それまで愛読していた弘兼憲二さんという作家の"豹変ぶり"でした。漫画とは小説などの文学的表現、映像的表現などと同じように、基本には作家の「こころざし」というものがあるものだと思い込んでいたのですね。弘兼氏が書いた『課長島耕作』から『部長島耕作』ついには『取締役島耕作』に至る作品に見られる臆面もないご都合主義、画の力の衰退が、わたしの眼には"魂を売った作家"の醜悪な姿に映ったのです。その時期にわたしの中で「漫画」は(わずかなものを除いて)「死」を迎えたのかもしれません。『のだめカンタービレ』が売れているといいます。友人にも薦められます。話を聞いて「面白いだろうな」とは思います。でも何か心は動きません。「それはあんたの勝手だろ?」と言われれば否定はできません。まあこれはこれで次へ。
 
 あとはますます詳しくない分野へ入って来ます。「映画」はどうか?もともとあまり観ていません。「映画」は制作するのにお金がかかります。相当の数の人が観てくれないとスケールの大きなものは作れません。昔は映画会社というのが夢を紡ぐ時代のひとつのシンボルでした。最近ジリ貧となり、たまにそれを実現した人がいるかと思ったら、忘れ去られていたあの角川春樹氏でした。さすがですね。ボロが出ますのでこれくらいにさせて下さい。
 一方ドキュメンタリーは情熱ある人に支えられていまも佳作を生み出し続けていると思います。少なくとも全然死んでなんかいないという気がします。それを例えるなら、人間の生死よりも植物のそれに近いのかもしれません。植物は一度は枯れますが次の年に再び蘇りますよね。小川紳助監督の『1000年刻みの日時計〜牧野村物語〜』を観ると、山形県の農村に住み着き数年に渡って稲の生育を撮影したというそのスタンス、まさに植物のそれですね。時に熱く時に冷静になりつつも、無言の魂を持ち続けるという行動こそが、はじめて事実の重みを人に伝えることができるんですね(ホリエモンの保釈による出所"騒動"をヘリで執拗に追い続けるようなことを報道と呼ぶような人達には、こうした映画に関わる人達の"爪の垢"でも飲んでいただきたいところです)。
 
 その他・・そう、今例えにあげたテレビはどうか、生きているのか・・・という相当難しい質問があります。様々な答え方があるでしょう。
 しかし、テレビが生きているもなにも、これはわたしたちにとっての「麻薬」です。ないとわたしたちが生きていけない。いや本当はそんなことないんですけど、なにしろ「麻薬」ですからね。気が付いたら"服用"している。しかもほとんどの人が。「覚醒剤」や「大麻」ですと「覚醒剤止めますか?人間止めますか?」という秀逸なるコピーで忠告してくれますが「テレビ止めますか?人間止めますか?」なんていうポスターなどどこの警察署の前を通ってもお目にかからないですからね。
 これは「社会公認の麻薬」なのでしょう。だから手強いです。簡単には死なないでしょう。いやテレビ50年なんて言っていますけど、まだまだ高校生の悪ガキみたいなもんでしょう。おまけに怖いもの知らずと来ています。またすごい胃袋しているし、病気などに罹ることもないでしょう。NHKはこの間ちょっと"風邪をひき"ましたが、だからといってみんなが見放すわけがない。最近ますます元気です。今後人間の時間で100年くらい経ってようやく大学卒業くらいの年ではないでしょうか。
 今回はこのくらいにします。(どうせまたすぐ書くんだろう?)

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