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暁闇の鎮花祭コミュの暁闇の鎮花祭2

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第二章;ガミンサマ


生暖かな嫌な風が、ザワザワと木々を揺らし、何処とも無く渡ってゆく。
夜半過ぎになって突然吹き始めたこの風は、どことなく、不気味な気配を纏っていた。
漆黒の雲が、唐突にどこからともなくモクモクと湧き出てきて、次々に天上の星々を、さらには月の面をも覆い隠して行く。
風は、そして雲は、嵐の前触れだろうか。遠雷の気配が、微かに大気を揺らした。


女が一人、社へ向かう道を急いでいた。
あの日の様に・・。
嵐の気配は、すぐ近くにまで迫っている。
新月の晩の闇とはまた違った、文字通りの真闇が、時折雷電に切り裂かれ、雷の轟音が、辺りを震撼させる。

女は、大正のあの日以来、この村に住んでいた。
時は、人界の暦で大正が、そして昭和が過ぎ、今は平成である。
しかし、どんなに時間が世の中に流れようとも、またそれによって、人が変わろうとも、この寒村には、余り大した変化は無い。
否、少なくともこの女には、そんな時間の流れ自体が無意味だった。人ではない、女の身には。


雷電が、闇を裂く。
その、視界を真白く染め上げた圧倒的な光量に、女は我に返った。
少なくとも今は、そのことを考えている場合などではなかったのだ。
社に――。
女は足を急がせた。

女が社に急ぐのには、理由があった。
悪い噂を、聞いたのだ。
「ガミンサマ」、と呼ばれる妖が、鎮守の森にいることは、大正の頃、この村に来てまだ程ないころに、話には聞いて知っていた。
その妖が、そもそもこの村の鎮守の森に住み着いたのが、一体いつ頃からだったのか、それは女も知らない。
しかし問題は、その妖が人間を取って食うことが、今の人の世では、騒ぎになる、ことだけである。
妖が、人を取って食うことなど、退屈を持て余し気味の村人や無責任な旅人の噂にしかならない時代も、あった。女が、この村に入った当初の時代は、まだそんな風潮が、残っていた。
しかし、今の世は違う。
この、さして戸数が多くも無い山里の寒村で起きた怪事件は、すぐさま国中津々浦々に至るまで、『事実』として駆け巡った。
『心霊番組に影響され、現場を訪れた大学生のグループが謎の死。』
まるで競い合うように、連日現場には大勢の人々が詰め掛ける。
そして、まるでそんな人々を待ち受けていたかのように、次なる犠牲が出た。

夜、件の大学生のグループと同じ時間帯に、地元自警団や警察が張った立ち入り禁止のテープを無断で乗り越え、取材と称して森に入って行ったテレビ局のアナウンサーらが、その犠牲者となった。いつまでたっても戻らないアナウンサーたちを心配した残りの職員が、様子を見に行ったところ、機材だけが散乱し、人の姿は何処にも無かった。
翌日、事情を説明し、地元青年団と警察の協力を得て、鎮守の森全体を、文字通り虱潰しに捜索したが、ついに、確かに入っていたはずのアナウンサー達は見つからなかった・・。

同時に、遺留品となってしまった機材に何か残されていないか、検証が進められたが、機材の大半は外傷が無いにも拘らず、完全に壊れていた。しかしその中で一つだけ、ICテープレコーダーだけが、夜の森の中で起きた事件の一端を録音していた。
夜業すんだか 釣瓶おろそか・・ギイギイ



この話を、女はおしゃべり好きの村の女から聞いた。
女が社に向かう、その日の昼に。
この話は、その内容があまりにも人々の理解の範疇を超えていたため、無用の混乱と動揺を与えるだけだ、として報道規制が取られ、一般には公開されていない内容であった。

しかし、このおしゃべり好きの女の夫は、村の派出所の警察官。そしてその妻は大の話し好き。当然、夫から無理矢理にも聞き出したこの話を黙っている事など出来ず、しかし村で話してまわるわけにもいかず、かくしてこの村外れで一人暮らしをしている、口の堅い女の元へと来たわけである。

一頻り喋り倒し、気がすむと、この村の女は早々に帰っていった

もしこの村の女が、何かの気紛れを起こし、この家主の元に戻って来たら、或いは、振り返って遠目ながらにも家主の反応を今一度確認していたら、きっとこの村の女は我が目を疑いながらも、怯え、二度とこの女の元に来ようとは考えなかっただろう。否、それとも神仏の降臨を目の当たりにした修行者のようにこの女を仰ぎ見、その場に立ち尽くしただろうか・・。
何れにせよ、幸いなことに、またはとても残念なことに、この村の女は、次は誰の元に行こうか、という算段だけに気を取られ、この家主の女の反応を、見逃してしまった。


ザワザワザワ・・。
まるで、そこだけ時間の流れから切り離されたかのような、高い木々に深く抱かれた一軒の民家。その、周りを取り囲む木々が突如、ざわめいた。
まるで、東洋の『気』のようなものが、まるで凍えるように寒い冬の朝、水面から水蒸気が立ち上るように、この女の体から立ち上るのに、喚起されたかのように。その『気』を自らの内に取り込もうとするように、あたりの木々は騒がしく身震いを続けている。


そんな木々の梢が交わす意味の無いおしゃべりを聞きながら、女は先ほどの村の女の話を思い出し、表情を険しくさせた。
木々の梢の上に住むもの・・。
そして残された、知らぬものが聞いたところで意味を成さない謎の言葉。
夜業すんだか 釣瓶おろそか・・ギイギイ
その一つ一つから導き出される存在に、実は心当たりがないとはいえない。
しかし何よりも、女にとって何よりも大切な場所を汚されたことへの怒りがあった。
この寒村の小さな社は、否、その社に祀られている霊は、女にとって忘れられぬ、大切な人のものであった。
だからこそ、許せなかった。
その、大切な人の、例え分霊とはいえ安らいでいる場所を、よりにもよって餌場とされたことへの怒りと。
さらにこのままでは、『危険』ということで、社が壊される気遣いもある。否、壊されないまでも、誰にも祀られず、朽ちるに任せられるかもしれない。
それは女にとって、自らの身を傷つけられるよりも尚、辛いものであった。

だからこそ、女は急いだ。
決して人目につくことの無い嵐の夜に、たった一人で、件の社を目指す。


足早に鳥居を潜り、鎮守の森を両側に望みつつ、石畳を歩く。
数歩、歩いたところで、女が、誰何の声を放った。
「何者か。」
凛とした、気迫に満ちた声が辺りを圧した。
心なしか、それまで我が物顔に轟いていた雷も、遠慮した様子である。
女の気迫に押し負けたように、辺りを静寂が包んだ・・。


女は、しかし、その場から動くことをせず、確固たる自信を持って、ただ一点をまるで睨むように見詰めていた。
鎮守の森の、木々の梢の上を。

「呵(か)呵呵呵(かかか)っ!!」
突然、雷鳴とも間違うほどの大音量の笑い声が、辺りの木立に響き渡った。
姿は依然見えないものの、その皺枯れ声から、恐らくは老人、と女には推測できた。
「そなた、術師が何かか?村のものが頼んだかよ。
しかし、このわしの存在に気がつくとは、中々大した者。どれ、名でも聞いておいてやろうか。」
老人の言葉が終わると同時に、女のすぐ目と鼻の先に、実に子供ほどもある、大きな老人の皺首が落ちてきた。
そう、まさに文字通り、木々の梢の上から、まるで井戸の釣瓶のようにストンと、落ちてきたのである。

老人は女の恐怖を煽るように、そのメドゥーサのような蛇の如き白髪のザンバラ髪を振り乱し、辺りをこれ見よがしに飛び回って見せた。
普通のものであるならば、まず、腰を抜かしているであろう、こんな光景を前に、しかしこの女は、顔色一つ変えることなく、ただ一言を冷たく言い放った。
「痴れ者。」
「なんじゃとっ!!」
女の一言に、それまで上機嫌で飛び回っていた生首が、目を血走らせ、口から火を噴かんばかりに怒り狂った。
「おのれ女子!!そなた一人、態々このようなところに来たその勇気を褒めて、名を聞いてやれば付け上がりおってっ!!」
「名を聞いたところで、どうせ私を食らう気であろう。なぜ、そんな無意味なことをする。」
「意味などあるものかっ!!単なる暇つぶしよ。永い時を生きると、何、色々とつまらなくなるものでな。しかし女、そなたこのわしを愚弄しおって・・許せぬ。
食ろうてくれるわ」
「永の時を生きるものは、か。確かに、永の時を生きると、色々とつまらなくもなる・・。
しかし私は、そなたのようには決してならぬ。私を、この身を、生かしおいてくれた、かの人に報いるためにも。」
女は、そっと吐息を漏らした。それは、重く、苦しい吐息であった。
老人の皺首が、構わず、大口を開けて女に襲いかかる。一口に、女を飲み込む気らしい。
しかし女は、微塵も慌てることなく、手が、白くほっそりとした手指が、宙に一つ、凡字を描いた。
そして、微かな哀れみを目元に滲ませながら、女は、そっと手向けの言葉を送る。
「そなたは失せよ、古代日本神魔の恥さらし者。我が名は、巌永なり。」
老人の顔が、驚愕に引き攣る。
大口を開けたまま、呆然とする老人の首を、巌永が宙に描いた凡字が放つ光が、飲み込んでゆく。
「ギッャァァアーー」
この世ならざる、凄まじい叫び声を残して、老人の首はサラサラと、まるで砂か何かの彫像でもあったかのように、虚空へと溶け、消えていった。
一つの悪夢が、終わりを迎えた瞬間であった。
そして、今ひとつの、別な悪夢の始まりでも・・。


雨は、まだ降り始めない。しかし、それも時間の問題であろう。
空に立ち込める雲は、さらに厚みと暗さを増している。
巌永は、惑った。

このまま何事も無かった顔をして、今まで住んでいた場所に帰るか。
そこで人間として、この世の終わるまで、生き続けるか――。
始めは、家を出るまでは、そのつもりでいた。しかし、今は。


ハラリ、と惑い続ける巌永の肩口に、一片の白い紙片が戯れかかってきた。
「これは、サクラ?」
指で摘まむと、巌永には、それが桜の花弁だと、すぐに分かった。桜は、巌永の何よりもよく知る花だから・・。

天上を仰ぎ見れば、黒い雲から、さしずめ雪のように、季節外れの桜の花がハラハラと風に惑いながら降り注いでいる。
巌永は、手のひらに残っていた一片の桜の花弁を、そっと握り締めた。

そして、確固たる足取りで、一歩を踏み出す。
村とは反対方向へ。
巌永は、人として生きる決意をこの瞬間に捨てさった。
「会わなければ、ならぬ。」


焔色をした過去が、再び巌永を招く。
遥か神代に絡まった糸を、断ち切らせるために・・。


ポツリ。
音と共に、地面に一つ、黒い染みが出来る。
ポツポツポツ・・。
あっという間も無く、染みがその数を増して行く。

雫が、巌永の面にも容赦なく降りかかる。
風に惑っていた桜の花弁が、次々に地面へと、雨粒によって落とされてゆく。
巌永は、そんな桜の花弁の末路を、体が濡れるのも厭わずに、静かな面持ちで見詰めていた。



そんな時、人の、否、別の神魔の気配が、そんな風に立ち尽くす巌永の感覚に触れた。
「・・これは、日本神魔?」
自分や老人の妖怪・・ガミンサマ・・と似通っていながら、しかし異なる気配の質に、今一つの、この国に住まう神魔の潮流を巌永は思い出した。
相手が日本神魔であるならば、戦いは避けられない。
しかし、戦うのは正直なところ、巌永の得意とするところではない。

注意深く意識を傾けてみると、どうやら相手の日本神魔の方も逡巡しているらしく、すぐに巌永の前に現れる気遣いはない。
かといってこのまま黙って見過ごしてくれる可能性は、極めて低い、どころか無いに等しいだろう。
しかし巌永は、取り合えず今、戦いを避けることだけを考え、そして願った。
どうしても、会いたい者達がいる。
その者達に、会えるまでの命でいい。

「このまま、黙っていかせてくれればよいが・・。」
呟きだけを残して、巌永の姿は闇に溶け、消えた。





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