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2007年12月20日02:57

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目と鼻の辺りを拡大して髭を生やしたら

さてさて「息子に会いに行く」と決意したものの、その後で息子との事を何がどういうように・・・というヴィジョンは全くない。

いったい自分がどのように思われているか?・・それは全く未知である。



で、ふっと「ではもし今、父がひょっと自分に会いにきたら?・・」
という事をイメージしてみた・・・。

うーむ、特に何を話したい・・というものはないのだが、少なくとも悪い気はしない(笑)

以前「複雑な家庭事情」で育ったある知人が、自分の「生みの母」に成人してから初めて再会を果たした際、ついうっかり「いやあ、どうも。はじめまして・・?」と言ってしまったそうだ・・・私も多分同じセリフを確信犯的にギャグとして言う事であろう!!(爆)


しかしこれは46歳のおっさん・・だからかな?ヒネた中年ならギャグの一つで済まされる。

来年息子に会う時には彼は14歳の思春期真っ盛りである・・・・ただし彼のメンタリティは完全にタイ人であるから、日本人の同じ年頃の感性とは必ずしも同じではないだろうが。


では、自分が14歳だった頃に「もし父が会いに来たら・・」どう反応しただろうかなあ?・・・とイメージしてみた。

もし「自分と一緒に暮らそう!」とか言われたらかなり動揺した事であろうが、「どうしてるかな?と顔を見に来たよ」という感じだったら、当惑はしてもやはり嬉しいかっただろうな・・・と思える。


というわけで先のことなんてのはどっちみち約束なんて出来ないのだから、とにかく息子には「どうしてるかな?と顔を見に来たよ」と言いに行く事にしたい。


ちょっと話題がそれるが、私の14歳の時の出来事というのは自分の人生の中でも極めて画期的なものなのであった。

私は「師匠・先生」運?にかなり恵まれている方だが、この年は「私の人生を決定的に方向付けた恩師」ととても濃密な交流をしていたのだ。

またまた話題がそれるが、最近「ホームレス&ワーキングプア」の特集記事を読む機会があって、ちょっとこれまでの見解を改めることになったのだが(これは単に当人の意思の弱さとかだけの問題ではなく「社会構造」そのものいびつさによるものでもあるようだ・・・とはいえインドのように「先祖代々のホームレス」はいないのだから、どこかでそうなる分岐点が存在したはずだが)、

で、一歩間違えれば私もとっくにホームレス状態に陥っていただろうな・・という思いに突き当たったのだが、そういう危険な場面・分岐点で「いかに多くの援助が得られてきたか?」を改めて思い起こすと、ああやはり自分は神様の比類なき恩寵の元に在るのだなあ!!と再確認した次第だ。



この恩師とも昨今すっかり音信が途絶えているが、先生は埼玉在住なのだし、「先生と連絡を取り再会を果たす!」というのも来年の課題に加えたいと思う。


そして息子の方にも何かしらアプローチをしておくべきであろう(デカラージュさん、いろいろアドヴァイス感謝!)。

息子の誕生日は1月27日なので、先ずはバースデー・カードを贈ることにしたい。


それとバンコク在住の知人にも久々に連絡して、いろいろと支援を頼む事にしたい・・・彼が同行してくれたら大変ありがたいのだが(彼は「僕に仕事として同行を依頼されたら凄く高いギャラですから、もし一緒に行けるのなら「友人として」行きますよ・・と言ってくれた!!)


写真はその知人が2年前に撮影して送ってくれた11歳の時の息子である。

どちらかといえば全体的に母親似の顔立ちだが、よ〜く見ると「目と鼻の辺りを拡大して髭を生やしたら」、成る程そこにはまさしく私の表情が立ち現れているようだ(笑)
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