アルカデルトとグノーの「アヴェ・マリア」の練習があった。
ソプラノが聞こえない。いくら混声四部合唱とはいえ、こういう曲ではバスなどおまけみたいなものである。音楽の中心はソプラノの旋律にある。もちろん、バスにも和声を支える役割はあるが、肝心の旋律が聞こえないのでは、こちらも歌いようがない。
合唱は、自分のパートだけを歌っていればいいというものではない。ほかの声部を聞きながら、自分の音を調整し、全体の響きをつくっていく。ところが、ソプラノが聞こえないので、こちらも音楽の流れをつかめず、ついついもごもごしてしまう。
帰宅すると、妻に言われた。
「どうしたん、つまらん顔して」
「まあね、ムニャムニャ」
詳しく話せば、結局「それなら辞めれば」ということになる。それも面白くない。結局、妻にもモゴモゴして終わった。
まあ、こういう日もある。
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