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2026年11月01日15:13

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夏休み6日目(後編)

徳満駅跡を出た時点で、時計はまだ午前9時を回ったばかりでした。この次は豊富駅。温泉があるところです。私はこの豊富温泉に過去の旅行で訪れた時はいずれも入浴しており、今回も最初は入浴しようと考えていましたが、そのためには10時まで待たなければならない。すでに駅巡りの面白さにはまっていた私は、豊富ではガソリンを補充するだけでさっさと去りました。車をさらに南下させ、幌延町の下沼駅へ。駅ノートをパラパラとめくる。面白いけど、これ読んでたらすぐ昼になってしまう…。

次の旅は、駅巡り、というより駅ノート巡りにしよう、と決心しました。
しかしながら、駅ノートが置いてありそうな宗谷本線や花咲線はどんどん廃駅化が進み、路線もいつまで維持されるかわからない、でも来年、また北海道に来よう! そう決心しました。

というような焦りとともに車を走らせていましたが、幌延駅に着くと、ここには「ゆめ地創館」という日本原子力研究開発機構が設置した放射能廃棄物の貯蔵施設があり、博物館のようになっているとのこと、博物館好きの私は「行ってみなければ」と思い、駅巡りからいったんはずれます。

あー、今日はユースホステルを予約しちゃったけど、今日こそ車中泊にしておけばよかったかなあ、日が落ちるまで自由に動き回れるのになあ、なんて思った一瞬でした。
朝、稚内を出た時には「やることがなくなった」なんて思いましたけど、こういう風にすぐにいろいろやりたいことが出てくるのは、一人の行き当たりばったり旅のだいご味でもあるのですが。

ゆめ地創館では、放射性廃棄物をどのように処理しているのか、処理にどれくらいの年月がかかるのか、興味深く観ることができました。
私、原子力発電自体は必要だとは思うのですが、安全面ばかり宣伝するのではなく、万が一、億が一の時の危険性もきちんと説明しておくことは必要だと思っているのです。東日本大震災の時にあれだけ原発の立場が悪くなったのは、そこがおろそかになっていたのではないか、だから「安全神話」なんていう悪い言葉が作られるんだ、と思ってるところです。そういう意味で、こういう施設を機会があれば見学しておくことは重要だと思っているのです。

とまあ、そんなことをしていたら、時間がない…ない。
道北の拠点駅ともいえる、天塩中川駅や音威子府駅に着くのはいつになることやら、多分、食堂で優雅に昼食なんていうわけにもいかなくなりそう。

次に向かうは、廃止になった上幌延駅跡です。
ここでも誤算が生じました。私、今まで見てきた廃駅跡はすべて駅舎が撤去されており、ただの空き地が広がっているだけだから、そろそろ廃駅は飛ばそうかな、と思っていたんです。
なのに、ここは、駅舎がきちんと残っている。しかも開放されている。
うわあ、これは中に入らないと…。そして案の定、駅ノートもありました。
…駅ノート、本当に面白いです。
いろんな人がいい意味でも悪い意味でも、忌憚なくメッセージを残されているので、のめり込みそう。ここを出た時点ですでに時計は午前11時30分。

次の南幌延駅跡は、駅舎は残っているものの、立ち入り禁止になっていました。
ある意味、ほっとする私。なんじゃそりゃ? 

さらに南下して、安牛駅跡へ。
ここも駅舎が残っているじゃないですか(喜
駅ノートをぱらぱらとめくる。
…ちなみに、私、各駅の駅ノートにはすべてコメントを残していっておりました。
だから、そこでも時間を食ってしまうんですよね〜。

安牛駅跡の次は、最近廃駅となった雄信内駅跡です。
ここは、現役の時に2回ほど私は訪れており、とにかく駅前の廃墟具合と、駅の中の蛾の多さが印象に残っておりました。
だけど、2026年8月現在、駅舎は完全に撤去され、敷地へも入れないようロープが張られていました。
次は、久々の現役の駅である糠南駅になります。ちなみにかつて糠南駅に行く前に、2001年に廃止となった上雄信内駅があったと思いますが、もともとこの駅は、駅に行くまでの公道がなく、現役当時の駅もホームだけが設置してあった簡易なものだったらしいので、おそらく跡形もなくなっていることからパスしました。
私有地を通るわけにもいかないですしね。

糠南駅でも駅ノートを見る。
ここは、いろいろな交通系YouTuberの動画でも紹介されていますね。

続いて問寒別駅。ここも現役。
駅ノートももちろんある。

次の歌内駅跡は、駅舎もなく、敷地立ち入り禁止になっていました。

そして宗谷本線要の天塩中川駅に着きました。
この時点で午後1時30分です。
セイコマのかつ丼を手早く食して、次に行きます。

あとはやることは同じ。
佐久駅、筬島駅、音威子府駅と進めていきます。
音威子府駅と言えば、真っ黒な駅そばが有名ですが、私、駅ではなく、この近くの一路食堂がかつて営業していた時に母と食したことがあるのです。当時の日記→https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1765467944&owner_id=13421785&from=list_diary_title
今やこの食堂もなくなり、音威子府そば自体がなかなか食せなくなってしまったのが残念なところですね。

そして咲来駅、天塩川温泉駅へとどんどん南下。
駅ノートへもメッセージをせっせと残していきます。

次の豊清水駅は廃駅ですが、駅舎は残っていました。ただし、中へは入れませんでした。
ここのアクセスの時、間違って悪道のルートを選んでしまい、大きな穴の開いている道をレンタカーを傷つけないように恐る恐る行きました。
北側からはアクセスするのはやめた方がいいです。

続いて、恩根内駅跡、紋穂内駅跡、初野駅跡。いずれも駅舎は撤去済。
このあたりで15時20分。宿へのチェックインは16時にしていましたので、そろそろ撤収か、と思い始めました。
まあ、素泊まりなので、少し遅れます、と連絡入れて、日が落ちるまで回ってもよかったんですけど、そろそろ老体にくたびれが出てきました(笑

なので、美深駅、南美深駅跡、智北駅と行って、今日は終了することにしました。
智北駅がこの日、最後に駅ノートを閲覧し、メッセージを残した場所です。

今日の宿は、名寄サンピラーユースホステルです。
ユースホステルとはいいますが、相部屋で見知らぬ人と和気あいあいする、というようなところではなく、旅人ごとに個室が確保されています。
ただ、お風呂やお手洗いは共同で、談話室みたいなところが設置されているので、宿泊者同士が接触する機会はある感じです。
私は素泊まりの上、食事は名寄市街のファミレスのビクトリア(内地ではビッグボーイという名になりますが)で取り、お風呂はここの宿でいただける割引券を使って、外湯の名寄サンピラー温泉まで出かけましたので、他の宿泊客と接触することはありませんでした。
ただ、宿の管理人から「部屋の中の飲食はやめてね」と注意があったためか、談話室で買い込んだ食材を食べている人がいたので、私もそんな中で買い込んだ食料を食べながら、たわいもない会話をするくらいはできたかもしれません。
最初は何となく場違いなところに来ちゃったかなあ、とも思いましたが、最終的に居心地はよかったという感想で、旅から帰ると、またのご利用をお待ちしております、なんてはがきもいただいたので、また泊ってもいいかなあという宿になりました。
次はここの宿の食事も食べてみたいですね。

さて、次の日が実質的な最終日です。
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