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2026年09月05日17:58

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夏休み5日目

8月19日
旅行も折り返し地点に入りました。
オホーツク海沿岸の雄武町、北にあるとはいえ、真夏である今はまだ暑い。
内地にいるときと同じようにエアコンをかけっぱなしで寝ました。
ただ、さすがに値段の張るホテルであり、部屋も寝具もよかったことから快適な目覚めでした。
曇天でしたが、ちょうど朝日が昇るのも拝めました。

実は昨日の夜から、件のXのフォロワーさんがいくらかリアクションやメッセージを送ってくださるようになったので、それを楽しんでいました。
一人旅もいいけど、こうやって共感してくださる方がいると彩がつき、楽しさも増しますね。
というわけで、この旅が終わるまではX上で適宜、経過をポストしていこうと思い立ったのでした。

朝風呂に入り、朝ごはんを食べ、9時前にはチェックアウト。
ここ最近の両親との旅ですと、両親の体の衰えのため、宿泊を楽しむ旅となっており、結構規定時間ぎりぎりまでチェックアウトを粘るのですが、今やっている旅は私一人の動き回るタイプの旅ですので、宿に長くいると時間がもったいないのです。
ホテル日の出岬はちょっと高いけどいいホテルだとは思いましたが、私の一人旅にはビジネスホテル、ビジネス旅館の方があっているかもなあ、と思いました。

さて、車をさらに雄武町から枝幸町方面へ走らせます。
正直に言いますと、この辺りはやはり、観光スポットとなるところが少なく、時たまある集落も人家やお店が少なく荒涼とした感じがあります。
それに天気があまりよくないことが相まって、いい意味で寂しさを感じます(現地の方がごらんになっていたら申し訳ない。ただ、それがいいのです。)

しかしながら、こうしたところに身を置くのではなく、そろそろこの旅で自分なりのことがしたいなあ、と思い始めてきました。
国道238号を北上して時たま見る、興浜線の遺構と思われるもの、それが私の心に何となく残っていたのでしょう。それが次の日からの行動につながることとなります。

10時半ころ、枝幸の道の駅「マリーンアイランド岡島」へトイレ休憩により、そのついでに売店に寄る。
ご当地Tシャツがあったのでゲットし、レジで進められたかにおこわも追加購入。朝ごはんをしっかり食べたのに、おやつ代わりにぺろりと食べてしまいました。
まあ、そのおかげでこの日の昼は、セイコマのホットシェフのおにぎり1つのみで過ごしました。

枝幸町に入ると、「オホーツクミュージアムえさし」という博物館がありましたので、これまた寄ります。
で、網走、紋別の博物館を見て、ここでまた博物館見学をして思ったのですが、なんとなくですが、このあたりの展示は似通ってしまっているなあと思いました。
というのも、北海道はもともとアイヌの方々の居住地だったこともあって、アイヌの文化の紹介がまずされているのですが、アイヌ語には文字がなく文書での記録が乏しいと思われること、それこそ、アイヌといっても部族ごとにいろいろと文化の違いがあったでしょうに、話者の減少、大和民族との同化によって失われてしまった記録が多くあるだろうことから、アイヌ文化の紹介ってどこの博物館も似通っているんですよね。そして、現代日本人が入ってきてからの歴史も浅く、そのあたりの紹介は少し控えめ。
ということで、うーん、これ、昨日行った博物館にも説明があったなあ、ということがよくあるのです。
私はこの後日、名寄、美幌の博物館にも行きましたが、やはりそこでもそう思いました。

アイヌ語をとっても、いろいろな方言があって、アイヌ民族間でも通じ合わないこともあるくらい変化に富んでいるというのに、もし記録が残っていれば地域ごとに様々な文化が展示できただろうに、もったいないことだなあ、と思いました。
そう考えながら展示を見ているうちに、かつて、樺太アイヌ語最後の話者である浅井タケさんがご存命のとき、樺太アイヌ語学者の村崎恭子氏との邂逅、対談を取り扱ったNHKのドキュメンタリーを視聴した時のことを思い出してきました。
樺太アイヌ語による歌唱が録音された蝋管が発見され、それを北海道のアイヌ語話者の方々に聞かせても、わからない、と言われたところ、それを浅井さんに聞かせると、だいたいどんな内容が歌われているかすぐに言い当てた、というのが私はすごく心に残っているのです。
日本語の方言以上に違いがあるんだなあ、と。
1980年代に観たドキュメンタリーだったので詳細はあまり覚えていませんが、そのころすでに浅井さんは高齢の域に達しており、もしこの方がいなくなったら樺太アイヌ語ネイティブの方は世界からなくなってしまうんだなあ、と思いながら見ていた記憶があります。
今ある琉球語でも、石垣島以西の八重山方言などは消滅の危機にあるといいます。人間が話す言葉というのは、時の流れでどんどん変わっていくものでもありますが、記録化というのが進化した今の時代、「その時代にあった言葉」をぜひ何らかの形で保存しておきたいなあと思います。
記録化して、ボイスロイドなどを使って流ちょうにしゃべらせる、これからの時代…できますよね。
ちなみに、浅井タケさんの樺太アイヌ語による昔話は、音声データがネット上に公開されていますね。いい時代になったものです。

とまあ、少し感傷的になったところで、隣の歌登の方に少しだけより、このまま浜頓別、猿払方向へ車を走らせます。
途中、職場からメッセージが届いたので、ちょこちょこ返信する。
休み中に仕事対応するのもちょっとどうか、というところもありますが、思えば、枝幸から2000キロ近く離れた大分からの問合せにすぐに返答できる、いい時代になったというか、せわしない時代になったというか(笑

浜頓別まで来ると、かつて訪れたことがある地方になります。
北海道のかつての旅行で通った北海道の外周線がつながります。
私の今までの計10回の北海道旅行を併せると、これで大体北海道の外周での未踏エリアはえりも岬の北東、広尾町から釧路市の間のエリアのみになりました。
来年、帯広空港を起点に、行こうと思ってはいるのですが。

浜頓別ではクッチャロ湖に寄りました。
ここはもう3度目です。始めてきたのは平成12年。いやあ、もう四半世紀経ってますが、クッチャロ湖の風景はあのころから変わっていない。
変わったのは、その時から2倍程度の年齢を経てしまった私です。
そのまま稚内方向へ向かいます。

稚内ではこれまた三度目になる宗谷岬に寄り、御当地Tシャツも購入。
博物館網走監獄でも買ったし、ちょっと買いすぎかな…。まあ、いいんです、旅から帰った後にこれを着て、大分や故郷の鳥取を闊歩しながら旅の思い出に浸るのが…。
前日の日記に書いたように、本当はこの日は車中泊でもしようかなあと思っていたのですが、私ももういい年齢でして、車中泊をすることによる身体への弊害が出ることについて理性が警鐘を鳴らしていましたので、今日も宿への宿泊。
泊ったのは、今年5月にオープンしたばかりの日本最北のカプセルホテル「North Wing」。カプセルですが、かなりいい値段がします。
ただ、この時期の稚内はハイシーズンで、ちょっとしたシティホテルでも「どこの帝国ホテルですか?」っていうくらいの額になっているので、それに比べれば…安い方です。
もっと安くしたかったらドミトリーを選ぶというのもありますが、携帯電話の充電もしたかったし。カプセルで決まりです。

都心にあるような古いカプセルとは違い、風呂はシャワーのみで20時まではサウナが使える、というつくりでしたが、その他は普通のカプセルと変わることなく、快適に過ごせました。
最初の日に朝を待っていたインターネットカフェは鍵付き個室を利用しましたが、うつらうつらすることしかできず(しかも風呂に入れずに気持ち悪い。)、寝不足のまま朝を迎えました。やはり本当の宿泊施設にはかないませんね。
北海道旅行も実質的に残すところ、あと2日です。

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