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2026年10月26日15:55

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福田康夫元内閣総理大臣(2026年10月22日に死去)は、その政治姿勢や対中外交から「親中派」と称されることがありました

ただの自虐史観・似非平和主義の親中派ではなく、資源確保のためのリアリズムとしての親中派のようでしたが、結局、どんなに日本側が譲歩しても指導者のご機嫌一つでレアアースなど重要資源を禁輸してくるのが中国の本性でした。

福田元総理が中国と交渉したことは、相手を喜ばしただけでしたね。

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「親中派」としての主な歩みと姿勢

• 隣国との協調重視: 「面倒な隣人であっても、国の引っ越しはできないから付き合わねばならないんだ」 という現実的な冷徹さと広い視野に基づいた信念を持っていました。一部の保守派から「親中派」「媚中派」と批判を浴びても、対中外交の重要性を堂々と主張し続けました。
• 首相在任時の実績(2007年〜2008年): 2008年5月に中国の胡錦濤国家主席が来日した際、日中関係の基本指針となる共同声明に調印し、「戦略的互恵関係」の推進を確固たるものにしました。また、靖国神社への参拝を行わないなど、周辺国の感情への配慮を示しました。
• 政界引退後の民間外交(2012年以降): 衆議院議員を引退した後も日中関係の改善のために精力的に活動しました。2014年には非公式に訪中して習近平国家主席と会談し、当時冷え込んでいた安倍晋三首相と習主席による日中首脳会談の「地ならし」役を担いました。
• 父・赳夫氏からの系譜: 父である福田赳夫元首相が1978年に「日中平和友好条約」を締結した経緯もあり、親子2代にわたってアジア外交や「戦争をしないための外交」に強いこだわりを持っていました。


福田氏は単に中国に融和的だったわけではなく、「資源のない日本が世界で生き残るため、近隣諸国との安定した対話チャンネルを維持し続ける」という独自の外交リアリズム(現実主義)を貫いた政治家でした。


■福田康夫元総理が死去 90歳 2007年第91代内閣総理大臣に就任 憲政史上初めて親子二代での総理大臣に 洞爺湖サミットでは温室効果ガス削減目標など合意まとめる
(TBS NEWS DIG - 10月26日 14:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=9003231

岸田や石破よりはマシだったかもしれないが、二度と親中派の売国奴を総理大臣にすべきではない。
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