豊臣兄弟の最新話の感想
前回の「あさひの嫁入り」に続き家康上洛の話。
大政所が家康のもとに人質として送られたが、朝日は「人質じゃなく(病気の)私に会いに来た」と抗弁。まあその時まで仮病していたのだけどバレバレで、それもこれで仮病と自白したようなもの。
家康の上洛が、浜松城や岡崎城からじゃなく、途中の西尾城からだったのは評価したい。
しかし、秀長を暗殺しようとしたのはいただけない。そんな事実はないだろ?
徳川家康が豊臣秀長を暗殺しようとしたという史実は、同時代の信頼できる史料(『家忠日記』や『多聞院日記』など)には一切確認されておらず、ドラマ(NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』など)の創作(フィクション)です。
史実では、天正14年(1586年)10月に家康が上洛した際、秀長の屋敷(大坂)に宿泊し、その夜に秀吉が自ら訪ねてきて酒を酌み交わすなど、むしろ豊臣政権側(特に秀長や秀吉)から手厚い接待を受けて和解へと進んでいます。秀長を暗殺しようとすれば豊臣との和睦が崩壊し、徳川家全体が危機に陥るため、政治的にもあり得ない選択でした。
ドラマも終盤がちかいだろうが、秀長が病死して終わるのだろうか?
それとも、ダイジェストで秀吉死亡・大坂の陣・豊臣家滅亡までやるのだろうか?
VIVAINT感想
無事にゴルドバ脱出したが、直接日本に帰ってないのはどうなんだと思った。
ジャミーンが核融合学者の実の娘というのは予想していたが、ノゴンベキとその仲間2人が実は生きていて、奥出雲の乃木家の旧廷に居たのは予想外。ベキ一人ならともかく他も急所を外して生かすような射撃なんて、現実的には不可能だろう。
射撃と言うのは曲芸じゃないのだ。じっくり狙って引き金も慎重にひかないとガクビキといって発射までに銃口がずれて目標に命中しないものだ。
それを曲芸射撃のように何人もの人を瞬時に連続して標的を変えて、それも心臓近くの急所を外して殺さずに無力化するなど現実的には絶対にありえない。
1. 現実的な射撃における不可能
銃を撃つ瞬間には「ガク引き(Trigger Jerk)」をはじめ、様々な要因で銃口がブレます。
• トリガーコントロールの難しさ: 引き金を急激に引くと、指の力に引っ張られて銃口が下や左右にズレます。劇中のような至近距離であっても、動揺や焦りがあれば致命傷になるか、あるいは完全に外れるかのどちらかになりがちです。
• 生体の個体差: 人体の血管や神経、内臓の配置にはわずかな個体差があります。「ここを撃てば確実に死なない」という絶対的な安全圏を狙撃で突くのは、医学的・解剖学的にも極めてリスクが高すぎます。
• 弾丸の挙動: 体内に侵入した弾丸は、骨に当たれば跳ね返り(リコシェ)、肉plow(弾道変形)を起こして予想外の破壊をもたらします。
したがって、現実の特殊部隊や警察の狙撃手であっても「無力化するために急所を外して撃つ(足を狙うなど)」ことはあっても、「胸や胴体を撃ち抜いて、あえて生存させる」という作戦はリスクが高すぎて絶対に選択されません。
2. ドラマ『VIVANT』における「乃木憂助」という超人設定
では、なぜドラマでこれが成立したかというと、乃木憂助が「現実の常識を超越した超人」として描かれているためです。
• 「別班」としての異常な戦闘能力: 乃木は自衛隊の影の組織「別班」の中でもトップクラスの能力を持っています。
• 重さだけでミリ単位の誤差を見抜く感覚: 劇中、乃木は「手で持っただけで10グラム単位の重さの違い(銃の残弾数や、組織の裏切り者が仕込んだ重りなど)を見抜く」という、恐るべき五感の鋭さ(ミリタリーハック)を持っています。
• 「首吊り」偽装の際にも見せた精密さ: 序盤で他の別班メンバー4人を銃撃した際にも、野崎(阿部寛)が驚愕するほどの精密さで「即死を避ける部位」を撃ち抜いて生存させていました。
まとめ
ドラマの演出としては、乃木の「一瞬で状況を計算し、完璧にコントロールする圧倒的な能力」を際立たせるためのフィクションならではの誇張(ファンタジー要素)と言えます。
言っちゃ悪いが、中国の出来の悪い抗日神劇レベルのリアリティの低さは見ている方をゲンナリさせます。
「射撃は曲芸ではない」というリアリズムの視点から見ると首を傾げたくなる展開だが、乃木が父親(ベキ)への愛と、別班としての任務の狭間で下した「奇跡の選択」として、物語の劇的なカタルシスを優先した描写だったんだろうが、やはりご都合主義のチープさが俺には感じられる。
製作陣なんかは、この程度のアクションで視聴者なんて簡単に騙せると思っているからリアリティ軽視な作品を作り続けるのだろう。
それに一人の天才が如何に優れていても、核融合技術を実用化するのは不可能だろう。
原子爆弾だって、アインシュタインは理論を纏めたが、数多くの科学者・技術者を纏めて実際に原爆製造に導いたのはオッペンハイマーを始めとしたチームプレイなのだ。
1. マンハッタン計画にみる「集団天才(チームプレイ)」の本質
原子爆弾の開発は一人のひらめきでは不可能なプロジェクトでした。
• アインシュタインの役割: 質量とエネルギーの等価性(\(E=mc^2\))という「基礎理論」を提示し、大統領へ進言書を送ったものの、実務からは外れていました。
• オッペンハイマーの役割: 物理、化学、冶金(メタラジー)、爆薬、電子工学など、全く異なる言語を話す一流の科学者や技術者たちを「ロスアラモス研究所」に集め、一つの目的に向かってオーケストラのように指揮しました。
これに加えて、膨大な資金を投入したアメリカ政府や軍(グローヴス将軍)の国家規模のバックアップがあって初めて、理論が「形(原爆)」になりました。
亜米利加は空母機動部隊やB-29を大量生産したが、それに匹敵する予算を原爆開発に費やした。それが「予算の無駄使い」だったとの批判を避けるために、あえて瀕死で降伏寸前だった日本に対し、二発も原爆を落としたのだ。
2. 「核融合」が原爆以上に一人では不可能な理由
原爆(核分裂)ですらそれだけの組織が必要だったのですから、現代の「核融合」の実用化はさらに桁違いの難易度です。
核融合を実用化(常温・あるいは制御可能な超高温での維持)するには、単なる物理学の知識だけでは全く歯が立ちません。
• 超多角的な技術の集合体: 億度を超えるプラズマを閉じ込める「超伝導マグネット工学」、強力な放射線に耐えうる「極限材料工学」、巨大なエネルギーを取り出す「熱媒体工学」、超精密な「流体シミュレーション(スーパーコンピューター)」など、現代科学の最先端がすべて最高レベルで融合しなければ成立しません。
• インフラとサプライチェーンの必要性: 特殊な資材や精密部品を製造・調達するだけでも、世界的な大企業や国家レベルのサプライチェーンが必要です。これを砂漠の秘密基地や、一人の天才の頭脳だけで完結させるのは完全にファンタジーの世界です。
3. ドラマが描く「天才の記号化」という割り切り
『VIVANT』を含め、多くのエンターテインメント作品では、物語をテンポよく、かつ劇的に見せるために「本来は数万人規模のプロジェクトであるはずの偉業を、一人の天才(あるいは数人のチーム)の功績として記号化する」という手法がよく使われます。
視聴者に対して「莫大な予算と1万人の科学者が10年かけて検証しました」と説明するよりも、「この若き天才が数式を解いたので可能になりました」とした方が、キャラクターの魅力やプロットの推進力が生まれやすいためです。
作中で描かれたバルカ共和国の資源開発や核融合を巡る策略も、現実の国際政治や科学技術のタイムラインから見れば「あまりにも話がうまく進みすぎている」のは間違いありません。
とはいえ、国際社会の非情さとか中国と言う国の危険さを警鐘した点は評価したい。
もっとも元文科省事務次官のビーチ前川とか反日パヨクの連中は『VIVANT』を「中国への憎悪を煽る作品だ」と批判しているが、中国こそ「抗日神劇」を粗製乱造しまくって「日本に対する憎悪を煽ってきた」ではないか!
それに、VIVANTはあくまでもフィクションであり、これを真に受けて「中国と戦争しよう」と言い出す日本人は殆どいないでしょう。
「中国の侵略に備えよう」とか「サイバーセキュリティ」への意識を高めることにはなると思うが、中国側は抗日神劇で「日本と戦争しよう」と言い出す人間を量産したり、「過去に日本は中国に酷い事をしてきたんだから、中国在住の日本人を殺そう」とした人間を量産し、実際にどこぞの中国の地方都市では日本人が襲われて死傷しているのだから、『VIVANT』を批判する前に、中国に抗日神劇を作るのを止めさせたり批判したり、反日教育・反日政策を止めるのが、ビーチ前川とか反日パヨクの真の役割じゃないのか?
それを中国に忖度し、相手側の敵対行為には目を瞑り、こちらの娯楽作品に難癖をつける姿は、中華帝国の工作員・・いや精神的奴隷と言っても過言では無い。
VIVANT「別班」俳優「号泣でした」堺雅人のセリフ“たった6文字”に「えずくぐらい…」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=9002976
ログインしてコメントを確認・投稿する