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2026年10月24日15:24

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【砂場】サウジのモスクでキスをしたバングラ出身夫婦、性行為として斬首処刑

観光客を「公然わいせつニダ」とか言って死刑にしちゃうのはヤバイですね。サウジ。

そもそもサウジなんて国は20世紀まで存在せず、そこらのベトウィンの族長がブリカスの支援を得てオスマントルコから独立。歴史も正当性もないものだから宗教解釈は厳格化

イスラム法の解釈次第で、いきなり逮捕して即日死刑は怖すぎる。


サウジアラビアの建国史とワッハーブ主義(厳格な宗教解釈)の発展には、歴史的・政治的に密接な結びつきがあります。現在のサウジアラビア王国(第三サウジ王国)の建国過程と、その統治の正当性・宗教の関係については以下のような歴史的背景が存在します。

サウジ王家とワッハーブ主義の歴史

サウジ王家(サウード家)の支配や厳格な宗教解釈は20世紀に突如始まったものではなく、18世紀半ばまで遡る長い歴史を持っています。
• 第1次サウジ王国(1744年〜1818年):
1744年、ディライヤの豪族であったムハンマド・ビン・サウードと、厳格なイスラーム改革運動(スンニ派・ハンバル学派の流れを汲むワッハーブ派)を提唱したムハンマド・ビン・アブドゥルワッハーブが同盟を結びました。これが「サウード家の政治力・軍事力」と「ワッハーブ派の宗教的正当性」が一体化する原点です。この王国はアラビア半島の広範囲を征服しましたが、オスマン帝国の命を受けたエジプト総督ムハンマド・アリーによって滅ぼされました。
• 第2次サウジ王国(1824年〜1891年):
その後、リヤドを首都として再興されましたが、一族の内紛や対立するラシード家との抗争により、19世紀末に再び崩壊しました。

20世紀の建国とイギリスの関与

現在へとつながるサウジアラビア王国(第3次サウジ王国)は1932年に正式に建国されました。建国の父であるアブドゥルアズィーズ・イブン・サウード(イブン・サウード)は、1902年にリヤドを奪還したことを皮切りに、アラビア半島の統一を進めました。
• イギリスの支援と外交:
第一次世界大戦中、イギリスはオスマン帝国を弱体化させるため、アラビア半島の諸勢力に接近しました。イギリスは、後にヨルダンやイラクの王家となるハシーム家(メッカの太守)を支援して「アラブ反乱」を起こさせたと同時に、イブン・サウードとも1915年にダアリーン条約を結んで保護関係を樹立し、武器や資金の援助、領有権の承認を行いました。
• ヒジャーズ王国の併合:
大戦後、イブン・サウードはイギリスの支援を受けたハシーム家のヒジャーズ王国(聖地メッカ・メディナを擁する地域)を1924〜25年にかけて軍事的に打倒・併合しました。イギリスは最終的にハシーム家への支援を打ち切り、台頭するサウード家の実力を認めて1927年のジェッダ条約でその主権を承認しました。

宗教解釈の厳格性と統治の正当性

サウジアラビアにおいてワッハーブ主義的な厳格な宗教解釈が社会規範や法秩序(シャリーア)の基盤となった背景には、王権の正当性を担保するという政治的側面が大きく関わっています。
• 正当性の補完:
イスラームの預言者ムハンマドの末裔(聖裔)であるハシーム家とは異なり、サウード家は血統的な聖格を持っていませんでした。そのため、二大聖地(メッカ、メディナ)の守護者としての地位を正当化し、多種多様な部族が割拠するアラビア半島を統合するためには、「純粋なイスラーム信仰を守護・実践する」という大義名分(ワッハーブ派の理念)が不可欠でした。
• ウラマー(宗教学者)との権力分立:
建国以来、国家の政治・外交・軍事はサウード家が握り、司法・教育・社会道徳はアブドゥルワッハーブの子孫(アール=アッシャイフ家)を中心とするウラマーが主導するという分業体制が取られてきました。
なお、近年のサウジアラビア(特にムハンマド・ビン・サルマン皇太子の主導下)では、エンターテインメントの解禁や女性の社会進出など、従来の厳格なワッハーブ主義的な社会規範を緩和し、より世俗的・国家主義的なアイデンティティへの変革が進められています。



巡礼に来たバングラデシュ人がキスしただけで死刑

サウジアラビア政府が2026年10月14日にバングラデシュ人の男女2人の死刑を執行したことは事実ですが、「巡礼者がキスしただけで死刑になった」というSNS上の情報は不正確な憶測やデマが含まれている可能性が高いとされています。
事件の具体的な事実関係と、情報が錯綜している背景は以下の通りです。

1. 判明している事実関係

• 当事者は巡礼者ではない: 死刑を執行されたバングラデシュ人のナズルル・イスラムさん(22)とスエティ・アクテルさん(24)は、巡礼(ウムラ)で訪れた旅行者ではなく、メッカの大モスクで清掃労働者として働いていた現地在住の外国人労働者でした。
• 容疑は「わいせつ行為」: サウジ内務省は、2人がモスク内で聖地の神聖さを損なう「不道徳・わいせつな行為(indecent act)」を行ったとして、2023年8月に逮捕していました。サウジの収監者名簿には、女性側の容疑が「姦通(婚姻関係にない男女間の性行為)」と記載されていたことも確認されています。
• 判事の裁量による死刑: 今回の死刑判決は、明確な成文法ではなく、イスラム法(シャリーア)に基づき判事が裁量で量刑を決める「タアズィール(裁量刑)」という方式で言い渡されました。


2. 「キスで死刑」というデマの広がり

サウジ政府が「わいせつ行為」の具体的な内容(性行為だったのか、どの程度の行為だったのか)を公式に明かさなかったため、SNS上では「新婚夫婦が額にキスをしただけ」「妊娠中の妻のお腹にキスをした」といったストーリーが急拡散しました。しかし、これらは根拠がありません。

• 偽写真・偽動画の拡散: SNSで「死刑になった夫婦」として拡散された仲睦まじい画像は、実際には2024年にエジプト人夫婦が公開した全く無関係のものでした。また、「両親の墓の前で泣く娘」とされる動画も別件の映像であることがファクトチェックで判明しています。
• 家族の証言: 遺族の証言によると、2人は結婚しておらず、同じ職場の同僚だった可能性が高いとされています。


3. 国際的な批判と問題点

今回の件で、サウジの司法制度に対して国際的な批判や疑問が集まっています。

• 事前通知のない秘密裏の執行: サウジ政府は、バングラデシュ政府やジッダの領事館に死刑判決や執行の事実を一切事前通知せずに処刑を行いました。これは「領事関係に関するウィーン条約」に違反する可能性があり、バングラデシュ政府は激怒して公式な説明を求めています。
• 本人すら知らなかった可能性: 処刑された女性は、執行前日の家族との電話で「あと2カ月半で帰国できる」と話しており、本人すら翌日に死刑になることを知らされていなかった可能性が指摘されています。
• 外国人労働者への司法の不透明さ: サウジでは皇太子による社会開放(エンタメ解禁など)が進む一方で、清掃や建設を担う低賃金の外国人労働者に対しては、弁護士や通訳を十分に与えないまま厳格なイスラム法で死刑を連発する「二面性」が人権団体から強く非難されています。


「スタバのレシート持参でコーヒー半額」 年商4億円のご当地チェーン「すなば珈琲」の“逆張り”経営
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=40&from=diary&id=9000907

ヒマラヤ遭難者のニュースで「危険な海外の山に行くなら、安全な日本国内を旅行すべきだ」と呟いたが、中国やサウジはこんな不当拘留や殺されるリスクがあるんだから、中国やサウジにも行くべきではないね。
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