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2026年10月19日06:55

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最上義光が伊達政宗に勝って、楠木正成とゴジラに並ぶ。

(10月18日)

今日は秋晴れ、朝から快晴。
隣の山形県の山形市にある山形城(霞城)趾に来た。
城址内にある初代藩主の最上義光(もがみよしあき)の騎馬像を撮影するためである。

山形城址は過去に何度も訪問していて最上義光騎馬像も何度も見ているが、天気がパッとしない日ばかりだったので、いつか快晴下でこの騎馬像を撮らなくては、と思っていた。

最上義光公は、全国的な地名度は低いが、当時としては稀な身長180センチを越える体躯で武勇に優れた猛将。直江兼続と戦った長谷堂城合戦では退却する直江軍を自ら先頭となって猛追、今も保存されている義光公の兜にはその時に受けた火縄銃の弾痕が残る。

それで、この騎馬像も長谷堂城合戦の際の義光公なのだが、馬が後ろ脚2本で立ち、義光公が鉄製の指揮棒を前に突き出している。

こ騎馬像は重さ約3トンで、そもそも馬が後ろ脚2本だけで支える騎馬像は世界的にも珍しく、地震の際に壊れたりしないかとの危惧があるが、伝統の山形鋳物の技術を駆使したこの騎馬像は、東日本大震災をはじめ幾多の地震でもびくともせず。

それに対し、最上義光公のライバルだった、仙台城址の伊達政宗公の騎馬像(3本脚)は2022年の福島沖地震で傾き、修理に1年もかかってしまった。

そして、この義光公騎馬像は、稀有な2本脚というだけでなく、その勇猛果敢な迫力のデザイン自体が素晴らしい。過去にネットの「かっこいいご当地武将銅像ランキング」で1位なった事があり、今もネットで同様の話題があると、必ずと言ってよいほど名前が挙がる。

個人的には、義光公騎馬像は、皇居外苑の楠木正成騎馬像に匹敵する迫力と思う。
楠木正成騎馬像は、明治24年(1891年)に東京美術学校(現・東京藝大)の高村光雲らの日本の芸術家の頂点が製作したもの。

一方、義光公騎馬像の製作は、昭和57年(1977年)に、地元山形市内の鋳金工芸家の西村忠(にしむらただし)によるもの。…郷土愛と卓越した鋳金技術が生み出した名品と言える。

なお、昭和57年に、この騎馬像が建立された日は11月3日。…戦前は「明治節」、戦後は「文化の日」、近年は「入間の日」と「ゴジラの日」とされる、あの11月3日なのであった。

(完)







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