名録音技師だった菅野沖彦氏は、1971年自身が立ち上げたレーベルAUDIO LAB.で発売すべく、いくつかのジャズ、クラシックの録音を手がけた。その中で特異なアルバムがここで紹介するピエール・ブゾンの弾くフランスの新旧ポップスを集めた2枚のLPレコードである。
ピエール・ブゾンは72年から73年にかけて東京帝国ホテルのフランス料理レストランでピアノを弾いていた。所謂ラウンジ・ピアニストである。
菅野氏はそのピアノ演奏にすっかり惚れこみ録音を思い立ったらしい。曲目は『枯葉』『愛の讃歌』『ラ・メール』などのシャンソン定番から『行かないで』『シェルブールの雨傘』『ある愛の詩』など新しい曲も。
演奏は一発録りで編集はしていないらしいから僅かなミス・タッチも認められる。しかし、その演奏はこれ見よがしなタッチなど皆無で、しっとりと弾き込まれた音楽はとても快い。それに録音が素晴らしいのだ。低域を豊かに響かせ、どちらかというとポップスよりクラシックに近いサウンドだ。アルバムには録音機材のデータが記されているが使用されたピアノはベーゼンドルファー、より派手で大きな音が特徴のスタインウェイでないところが面白い。
録音されたのはブゾンが滞在していた72年から73年の初頭だろう。その時代これほど優れた録音が生まれていたことは、もっと知られてしかるべきだと思う。
余談だが、その10年程後、SONYがブゾン(そこではビュゾンと表記されている)のCDアルバムを4枚録音した。ブゾンのピアノに特段の変わりはないが録音がいただけない。軽いポップス・ピアノの音で、あのAUDIO LAB.の気品は微塵も感じられない。
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