(1)SUZUKI RE250E
〔初めてのバイクだったのでバンパー付けて乗ってた。
若干歪んでいるのは一度ガードレールからの突起物に当たったため。
なので、付けてて正解だった。付けてなかったら左膝を怪我していたはず。〕
〔ライディングスタイルは Freddie Spencer を模範としていた。〕
〔よく走る良いバイクだった。〕
(2)YAMAHA GX400
〔2代目は GX400 で最初に買ったカラーリングは
GX400 のスポークホイールのタンク色で〕
〔どういうわけかキャストホイール付きだった。〕
〔でも GX400SPとは書いてなかった。〕
〔RG250Eは経験したが4サイクルのしかも400ccは初めてだったので、
これもバンパーを付けて乗っていたら、
裏六甲で事故に遭ったけど命は助かったから、付けてて正解だった。〕
〔この写真はカタログの写真。この色は YAMAHA としたら珍しいんじゃないかな。〕
〔任意保険の新車保証で同一車種の異なるカラー(銀色)に乗り換えることができた。〕
〔このバイクは音で選んだバイクだった。
HONDA の HAWK II の排気音と最後まで聴き比べて選んだ。
シンセサイザーの時は YAMAHA の DX7ではなく
後発の ROLAND の D-50 を選んだんだけど、バイクは YAMAHA を選んだ。
YAMAHA の4サイクル・ツインはXS-1(XS650)の時から良い音している。〕
(3)SUZUKI GSX750E(3型)
〔意地で限定解除に挑戦し続け
大阪府門真市の運転免許試験場で
昭和59(1984)年12月8日に合格し、
すぐに大阪市内は松屋町筋のバイク街で買った。〕
〔1985年には GSX-R750 が出るのが判(わか)っていたので、
それを買うために KUSHITANI の皮つなぎと皮ブーツと革手袋と
SHOEI のフルフェイスヘルメットを買ったら残りのお金が少なくなって、
安く売ってた新品同様の GSX750Eを買った。〕
〔これに皮ツナギで乗ってると逆に変な感じでけっこう視線を感じながら乗ってた。〕
〔鈴鹿サーキットまで行って
サーキットを走るための免許も講習会を受けて試験にも受かって取得したけど、
乗って行ったバイクでサーキットを走ることは許可されなくて、
軽トラか車積載車に乗せて運ばなければならず、
サーキットを走ることは個人では出来なかったので諦めた。〕
〔GSX-R750 の赤/黒タイプに乗るつもりで
皮ツナギの KUSHITANI のカラーリングも赤と黒に銀のラインを白に変えて
作ったんだけど
また GSX-R750R が出た時は、それに乗り換えたかったけれども
結局 GSX750E(3型)を乗り続けていた。〕
〔GSX-R750 の DNA は GSX-R1000R に引き継がれて
2026年現在も40周年モデルが出た(7月17日)〕
〔GSX-R750E は KATANA(GSX-750S)の原型でもあるし、
しかも GSX-R1000R として今でも製造され続けているので
SUZUKI の名作バイクだと思う。〕
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令和8(2026)年 9月 8日 16時57分
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