父の父、要おじいちゃんは、以前、三菱で写真の現像の仕事をしていたのですが 、肺を 悪くして退職。
その後なぜかわからないけれども、警察官になりました。
(体力は要らないの?という疑問が沸きますが、当時、なんでもアリの時代だったみたい・・・)
自転車も乗れないほど運動音痴の要さん。
温厚で争いも好まない性格だった要さんは平和な離島勤務を希望。
チャップリンのようにチョビ髭をはやしていたそうです。
五島のさらに離島のあちこち(例えば久賀島)を2年おきに転勤。
子どもたちもそれにともない転校ばかりだったそうです
小さな村で事件など起こらない。
そこで コミュニケーション取りまくりだったおじいちゃんの話は以前 書きました
↓
今回は、 一躍人気者になった要 おじいちゃんの話。
要おじいちゃんは朝から夜遅くまで 村中を 飲み歩いていたので、家にはほとんど いなかったそうです。
駐在さんなのに駐在所にはいつもいない、不思議なおじいちゃん。
(駐在所はおくさんのチトエおばあちゃんがしっかり守っていたそうです)
だから父は おじいちゃんと ほとんど喋ったことがなかったそうです。
だって会わないから(笑)
父が小学生の時のエピソードです。
学校で学芸会があり、要おじいちゃんは、その町の駐在さんということで、たぶん来賓として呼ばれ みんなの前で挨拶をする機会があったみたいです。
当時 ちょび髭を生やしていたおじいちゃん。
私のイメージでは チャップリンみたいな。
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その挨拶のあと、要おじいちゃん、
なぜかわからないけれど、みんなの前で、 ステージに立ち、出し物をすることになったそうです。
そして、何をしたかと言うと
要おじいちゃん、英語を喋り始めたそうです。
英語だけとても分かりやすく、漫才みたいな話だそうです。
児童 たちも大爆笑
おじいちゃん、大喝采を浴びたそうです。
わお すごい!
父は父親が英語が喋れるなんて知らなかったからとてもびっくりしたそうです。
私もびっくり!
ちなみに 母もびっくり。
私は小学6年生の時から18歳まで6年間同居していましたが おじいちゃんが英語を話した姿なんて、英単語さえも聞いたことがありませんでした。
なぜおじいちゃんが 英語喋れるのだろう???
父曰く、「多分、家が牧場をやっていたので、 グラバー さんや オルトーさんちに牛乳配達しに行ってたからじゃないかな ?」
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2025年02月02日の日記
「実家が牧場だった話」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989325744&owner_id=4792539
そうなんだ!
今回の帰省で父から
面白い話が聞けてよかったです(*^-^*)
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