父の父、要おじいちゃんは、要太郎さんの10番目の子。
11人兄弟だったらしい。
なんとお姉さんが 8人

、そして 下3人が男。
男は、上から 栄、要、辻の3人。
6番目のお姉さんはシンガポールに渡り どこぞのお金持ちのお妾さんになりました。
だからお金をたくさん送って来てくれたみたい。
大浦諏訪神社には100万円寄付したとの石碑がありました。
ところで、、昨夜、父から聞いた牧場のはなし。
父のひいおじいちゃんがどういう理由かわからないけれど 長崎の東山店で牛を飼い始め、牛乳屋さんを始めたそうです。
たぶん土地があったからじゃないかしら?
は昔は東山手の山一帯を所有していたそうです。
そこで、人を雇って、牧場経営。
当時 東山手には洋館がたくさん立ち並び、外国の方がたくさん住んでいたそうです。
要おじいちゃんも
グラバー さんやはじめ いろんな人のお家に牛乳を配達したことがあるんですって。
要おじいちゃんのおじいちゃんが 牧場を経営していた頃は経営は安泰。
しかーし、その息子 陽太郎さん (要おじいちゃんの父)は、
は仕事もせずブラブラ・・・
そのせいで財産を潰してしまったそうです
ひと山持っていた土地も 切り売りし、要おじいちゃんの時代には、家6軒分くらいの土地しか残っていなかったみたい。
要おじいちゃんには横浜に住んでいる兄がおりました。
陽太郎さんが亡くなったとき、当然、一緒に暮らしていた要さんが土地を相続しようとしたら・・・
横浜に住む栄兄さんが「俺が長男だ。土地は俺のモノだ!」と文句を言ってきたそうです。
栄兄さんが「要には3分の1ならやってもいい」みたいなことを言い出したそうです。
それを聞いた要おじいちゃんの妻、チトエさんが大反対。
「そんなこと許せない!」と争って、兄弟で裁判となってしまったそうです。
父曰く「要さんが裁判したせいで、退職金を全部使ってしまった・・・(;´д`)トホホ」
裁判の結果は・・・
「兄、弟、半分ずつ」
そこで、上側の土地3軒分の土地を要さんがもらい、家を建てて住むことになったそうです。
土地はゲットしたものの、上物(ウワモノ)を立てるお金は一銭もなく・・・
若かった我が父が職場に500万円(?)借金をして家を建ててあげたそうです。
その後、私たちが同居するとなったとき、一階建てで手狭だったので、二階を増築。
その費用も父が払っております。
そういえば、要じいちゃんが勲章をもらいに東京にいったときも、父が費用を工面したのでした。
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2025年02月01日の日記
「瑞宝章の話(要おじいちゃん)」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1989318783&owner_id=4792539
私の父って苦労人なんだねぇ。
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