<2024年ZARDの坂井泉水が育った丹沢山麓秦野市を中心とした旅 第6回5月26日(日)、第7回6月16日(日)かけがえのないもの>
第1章 5月26日(日)海老名市相模三川公園
第2章 故郷を感じる伊勢原市比々多地区と秦野カルチャーパーク
第3章 6月16日(日)アジサイの里 伊勢原位置日向地区 秦野市鶴巻アジサイ散歩道
第4章 秦野市 渋沢丘陵ハイキング 七福神めぐり
第5章 松田町、そして開成町へ、 豊かな自然を満喫
第6章 フィーナーレ 秦野の夜景に思いを馳せる
2022年 アジサイの季節 6月19日(日)テーマ曲 Just belive in love
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2023年 同期 6月17日(土)テーマ曲 瞳閉じて
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6月18日(日)テーマ曲 Listen to me
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前回ZARD関連日記 2024年6月4日付 5th ALBUM「OHMY LOVE」リリース30周年記念 経済学 心理学の回想法
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今回のテーマ曲は、2004年6月23日に38作目のシングルとしてリリースされた「かけがえのないもの」イントロのゆったりとしたピアノメロディーに合わせるかのように、作詞者坂井泉水は言葉を紡ぐように歌う。生前唯一決行したライブツアーの期間、移動の車中にて、作成したという。同曲の歌詞は、仕事で一息ついた主人公が、過去の思い出を振り返っている。経済界はバブル崩壊から長く出口の見えない暗いトンネルへと入っていた。政治の場では、小泉純一郎構造改革により、公共事業費や福祉予算を削減し、企業には減税措置をとることで、競争をうながした。資本家は、富を蓄える一方、一般の労働者は雇用が保障されず、生活が不安定になった。大企業と中小企業の二極化も顕在化した。所得格差が広がるにつれて、「勝ち組」や「負け組み」の言葉が使用された。坂井泉水も、「かけがえのないもの」を作成するに当たって、当時の世相を反映させた。心が不安定な主人公が、出生していく人を妬ましくおもったのか、「あの人は勝ち組なのかとしばらくわだかまりがあって」と綴っている。歌詞が発表されて丁度20年、バブル崩壊によるデフレからは確かに脱却したとはいえ、円安と資源高に伴う物価上昇により、人々の生活の質は改善されていない。今回「かけがえのないもの」をテーマに、私の視点から、瑞々しいアジサイが咲く伊勢原市、秦野市、足柄上郡松田町、開成町の旅を振り返る。
写真 左 かけがえのないもの ジャケット Amazonより
写真 右 かけがえのないもの MV一幕 掲載元 こうたろうのひとりごと 2023年6月23日付
https://ameblo.jp/gchiro/entry-12809099850.html

第1章 5月26日(日)海老名市相模三川公園
朝から青空が広がっていた5月26日、午前9時頃に小田急線とJR相模線の海老名駅の西北方向に位置する「県立相模三川公園」を訪れた。相模川の河川敷を整備し、パークゴルフ場や野球場を含む運動施設と子供向け大型複合遊具を併設し、近年増加傾向にある洪水対策にも一役かう。周囲は、一戸建ての住宅街、さらに海老名駅へ近づくにつれて、高層マンションが並ぶ。河川敷を広場と化すことにより、一定程度保水力を発揮する。管理事務所を兼ねるパークセンター付近には、イングリッシュガーデンが設けられていた。
写真=スモークツリー

職員によると、現在整備中である。当時はマメザクラの木が赤い実をつけていた。
反対側の、少し小高い夕焼けの丘をはさみ、川沿いのせせらぎの森は、迷路のように入り組む。周囲の住宅地を流れる鳩川との河口域、足元には、湿気の多さから、下草が育つ。しっかりと案内板が設置され、道迷いはないものの、一人取り残されたように錯覚してしまう。心細さを感じると、昔の記憶を辿るようになる。
写真=相模川沿い
かけがえのないもの 全詞掲載
Aメロ
「しばらく音信普通だったけど 偶然ロビーであって 声をかけた… ホッとする 君は 変わらない笑顔で」
別れた恋人と同じ町で暮らし、互いに行動パターンを知っていれば、連絡を入れていなくても、会うこともある。付き合った頃、二人で良く行った喫茶店で、鉢合わせ、言葉もなく見詰め合った。最初の一声は、実に勇気がいる。久しぶりにあった相手は、当時と変わらず、元気そうだった。
周囲は緑一色、確かに花の種類は乏しいものの、シダ植物やソテツが育つ環境から、ジャングルを想像できる。
探検感覚を抱きながら、散策路を辿り、広場へと戻った。太陽光が照ることにより、一気に開放的な気分になる。鳩川を挟んで対岸を渡ると、土手沿いにビワの実が育っていた。緑が濃くなった世界で、薄い黄色の実はすっかり溶け込んでいる。花言葉は、「温和」「治癒」「密かな告白」「愛の記憶」「あなたに打ち明ける」の4つである。古くから風味がある実を食用とし、葉っぱを薬草として利用した経緯から、禁断の愛を彷彿とさせる。
写真=鳩川沿いの光景

花言葉の起源は、17世紀にオスマン帝国のフラワーギフトから始まったという。帝政内に暮らす人々は、相手に気持ちを伝える手段として、花を贈る習慣があった。日本では、トルコからイギリスを経由して、明治時代に文化が持ち込まれた。
色鮮やかな花は、人間の心を表現しているようである。葉っぱに覆われた黄色い果実をつけた琵琶は、確かに花言葉どおり、「密かに愛を育む男女」、「かつて育んだ愛情」など、切なさも感じられる。海老名市の住宅街を流れる鳩川と相模川の合流点は、緑一色の世界により、森林浴には最適だった。
第2章 故郷を感じる伊勢原市比々多地区と秦野カルチャーパーク
海老名駅までおよそ10分、小田急線と相鉄線が乗り入れ、大都市新宿と横浜へ乗り換えなしで行ける手軽さから、駅前は商業施設が開発され、タワーマンションも立ち並ぶ。まさにバブル後顕著になった光景である。高層階にいくほど、ステータスが高いことを示す。
続く歌詞にもバブル崩壊後の世情を反映している。
「あの人は勝ち組なのかと 暫くはわだかまりがあって」
思春期に入ると、世間体を気にするようになる。社会人になると、待遇の良い企業に入り、マイホームを構え、温かい家族に恵まれている人をみると、嫉妬心を抱いてしまう。
あの人はあの人、自分は自分、十人十色の言葉通り、個性があることを理解すれば、現実を受け入れるようになる。
昼時向ったのは、厚木市を挟み、西隣の海老名市比々多地区、丹沢山地の麓の丘陵地に古くから豪族が暮らしていた証に、複数の古墳が出土している。
写真=比々多神社の階段沿いに咲くサツキ
年に一度、5月下旬には、後世に文化を伝えるべく「勾玉祭」を開催する。5月26日は、2日に渡る祭の最終日だった。都会の喧騒から離れると、遠い記憶が蘇ってくる。
歌詞:「あの頃の思い出が今蘇ってきたよ」
大都会に住み、近くにコンビやスーパーがあり、道路沿いに等間隔で自販機がある便利な生活をしていると、山間の田園風景に新鮮味を感じるようになる。
歌詞:「かけがえのないもの love 時間(とき)を忘れて だんだん話に夢中になって」
街中で偶然であった元恋人と話だすと、記憶が呼び覚まされ、熱が入りやすい。
歌詞:「出会えてよかった…ぎこちなかったけれど それは 手を繋ぐ ときめき」
確かに、急に鉢合わせると、台本のない舞台役者のように、言葉があやふやになってしまう。それでも、即興でせりふを考える役者がいるように、気をしっかり持てば、会話を成り立たせることができる。お互い心を許した間柄、いつのまにか元の関係に戻っていた。
続いて秦野市へと移動する。5月にも関わらず、水無川沿いのカルチャーパークの1角では、アジサイが咲き出していた。ブルーの花びらは、水を吸収することにより、透明感を増す。雨の日が多く、外出に億劫になりがちな、梅雨を彩る花々だった。
写真=カルチャーパークのアジサイ
第3章 アジサイの里 伊勢原位置日向地区 秦野市鶴巻アジサイ散歩道
6月16日(日)
本格的にアジサイが咲き始めた頃、再び丹沢山麓秦野市近隣の町を旅した。前日の15日は夕方まで晴れ上がっていたものの、夜間は雨が降っていた。16日の午前7時代後半、最初の訪問地伊勢原市日向地区、高橋バス停付近のアジサイには、水滴がついていた。空は雲に覆われ、日差しがとどかない中、花自体いつにもまして透明度が高かった。その理由は、葉自体が大きい分、水分を放出する蒸散が進み、湿り気を帯びるからである。

日向地区も、若干比々多地区と距離が離れているとはいえ、山の麓の丘陵地である。市の方は、比々多地区について、史跡ポイントとしてアピールする一方、日向地区は、植栽を通して、観光客を呼び込む。北側の大山へかけて渓谷に入り、一段と道幅が狭くなる。本格的な登山に備えたハイキングとしても活用できるスポットだった。
6月16日、伊勢原市日向地区の次に向うのは、秦野市の鶴巻アジサイ道である。伊勢原市と南の平塚市との境目に位置する。開けた田畑から、善波川沿いにかけて、アジサイの花が回続く。日向地区よりも、日差しを受ける分、花びらが痛んでいた。入梅の遅れにより、アジサイの生育状況にも変化が起きている。
写真=鶴巻アジサイ散歩道の簡易地図 掲載元 のんびり写真館 2016年6月3日付
https://tsurumaki.seesaa.net/article/201606article_1.html

善波川と大根川が合流すると、緑一色に染まった思川桜並木へと入る。そのそばには、アジサイが並ぶ。散策中、アジサイの花びら越しに、隣の公園に設置された遊具が見える

お昼前に、子供たちが、母親や父親に連れられ、遊具に乗っていた。ベンチに腰掛けて、少し早い昼食をとる家族もいた。
ふと、小さい頃の自分のことを考える。将来の悩みもなく、無邪気に遊具にしがみつき、手豆をつくったこともあった。ぶら下がった遊具から落ちて、足をすりむいて、手当てを受けた。親には迷惑をかけてしまった。当時の自分は、親である以上我が子の面倒を見ることは当たり前だと決め付けていた。
Bメロの歌詞にも、過去を振り返る主人公の姿が映る。
歌詞:「この降り注ぐ ビルの星空に ふと孤独感(ひとりきり)がよぎる。」
歩き出すと、また再び一人であることに気付かされる。恋人とは、偶然再会して、話が弾んだ。それでも完全に縒りを戻せていなかった。
歌詞:「自宅を出る一歩手前までは いつもと変わらない自分がいて」
朝方出勤する際、目の前の仕事をすることに集中して、自身の境遇について考えなくなる。ふと作業を中断するとき、または昼食の時間などに、孤独なのではないかと、寂しさが襲ってきていた。
写真撮影をする際には、対象の花を見つけ、背景を決める。木の枝先では、オオヨシキリのオスが、ひときわ大きい声で鳴いていた。
写真=5月25日(土)東京都多摩市で撮影した個体

大根川は、水深が浅く、魚影は乏しい。狭い川幅に、びっしりと葦が生い茂ることにより、緑の通り道が出来る。写真においては、対岸のイタリアンレストランの垂れ幕を背景に、アジサイを片隅にいれると、より見栄えがする。植栽に力を入れる秦野市は、四季を通して、景色が移り変わっていく。

第4章 秦野市 渋沢丘陵ハイキング 七福神めぐり
秦野駅に着くと、駅観光案内所に立ち寄り、アジサイの開花状況を聞き、駅南側の神社を訪れる七福神巡りをスタートする。既に4月30日(月・祝)に、一部の神社へ足を運び、スタンプを押していた。
6月16日(日)、3番目のスポットは、スタンプラリーを兼ねて、出雲大社・相模分子と震生湖へと跨る渋沢丘陵である。秦野駅南口から徒歩5分、今泉名水桜公園の歩道脇にもアジサイの花が育つ。駅からのアクセスが良く、駐車場も完備され、日除けの東屋も設けられている。遠くから訪れる旅人がホット一息つける休憩スポットだった。

丘陵地へ向う道中、七福神めぐりのスポットの一つである白笹稲佐神社の敷地内では、太陽光を受けて黄色味を帯びる「ヒカリモ」の姿も確認できた。正体は植物プランクトンである。共生するお椀型の葉緑体が水面付近で、反射板の作用を果たす。陽が長い6月頃、太陽光を照り返すことにより、きらめきを帯びることから、その名が付けられた。

ご利益があるとされるヒカリモを観察し、震生湖へと至る住宅街の中の登り道を進んでいく。秦野桜道を挟み、反対側は農地である。住宅街よりも、斜度も上がっていく。振り返ると、自分が辿ってきた道沿いの低層マンションが、浮かび上がっていくように見える。周囲は、市によって管理された農場である。仕事を引退した高齢者が、市から借り入れ、思い思い野菜を育てていた。
作業中の一人の農家に断り、中へ入れてもらい、秦野の町をバックに、アジサイを撮影する。

一歩離れた高台から俯瞰すると、街のつくりが良く分かる。市内の東西を縦断する小田急線の駅は、開発が容易な盆地に連なっていた。駅周辺は高いビルが取り巻いているものの、外へいくに従い、軒が低くなる。北側の山岳地帯の麓まで、一戸建て住宅が点々と続く。秦野市としては、定住化促進に向けて、公営の住宅を用意し、工場を誘致する。保育施設を整えることにより、子供を預けて、安心して働けるようになった。休耕田を借り受け、週末は家庭菜園を楽しむ家族に提供する。野菜や植物を育てる「園芸療法」は、身体的、精神的に良い影響を及ぼす。うつ病などからの社会復帰の際にも取り入れられるという。
写真=農地に咲くタチアオイ

丘陵地から、南側へ急に深く落ち込んだ谷状の震生湖は、南の中井町の方側は、倒木により一部区間通行止め、北側の弁天道と丘陵地を繋ぐ舗装路の両脇には、アジサイ並木と化す。

湖の辺の一角にもアジサイが一株咲いていた。

静謐な空気に包まれた畔は、釣り人達が、バケツを脇に置き、椅子に座り、竿を構えていた。ウグイスとともに、キビタキが鳴き声を上げるものの、日差しを遮るほど、葉っぱが生い茂る中、姿は見つからなかった。
花のようにじっと止まって待ち構えてくれない。偶然出会うことを期待して、散策をする。さて震生湖で、持参した弁当を食べて、北西側の住宅地を結ぶ道を降りて、西光寺を経て、線路沿いに位置する出雲大社を訪れた。
写真=住宅街へ降りる道沿いのアジサイ

縁結びの神が宿るとの言い伝えが残る境内、雲が薄くなり、日差しが届き、気温が高くなる中、蛇口にはペットボトルを並べる人達の姿があった。住民や観光客が、自由に使うことを許されている。暑さが厳しく喉が渇く中、天然の湧き水は、まさしく神様から贈り物だった。
お清めをする手水舎には、アジサイの花が浮かんでいた。
最寄りの東へ約2km先の秦野駅の複駅名は「出雲大社相模分祀」、小田急電鉄の協力を得て、観光客へのアピールを展開し、定期的に催しを開催する。手水舎には季節ごとに旬の花を添えることにより、フォトスポットとしても定着する。湧き水を保存し、花を大切にする、秦野市の意向に沿う形で、人々を呼び込んでいた。
南秦野スタンプラリーのゴール地点、平沢地区は、民家が犇く中、所々分譲マンションが存在する。平坦な地形は、開発が及びやすい。周辺一帯田畑はすっかり埋められたものの、物音が立たず、静謐な空気に包まれている。ふと、偶然であった恋人にかけた言葉を思い出す。
歌詞:「あれから どうしているのかと、ずーっと思っていたけど」
恋をすると、相手との縁を簡単に切れない。とことん好きになれば、自分の生活を犠牲にしてまで、相手に捧げようとする。
歌詞:「あの頃 心の門閉ざして 近くて 遠い人だった」
ただし、人間は臆病なものである。自分の気持ちを正確に伝えられず、すれ違いが起こる。別れというのは突然訪れた。
スタンプラリーを完成すると、再び駅観光案内所に立ち寄り、完歩賞のストラップを戴いた。七福神めぐりは、ご利益があるともいわれている。最初に挑戦したのは、2023年3月30日(木)の桜の時期だった。当時は、スタンプ自体、ダイヤル式のポストに収まっていた。2024年4月7日(日)に続き、神社によっては、祠の近くに置かれていたのである。さすがに雨には濡れないように配慮されていた。
第5章 松田町、そして開成町へ、 豊かな自然を満喫
秦野駅から、下り方面に二つ先の新松田駅で降りると、北側に聳え立つ西平畑公園に向った。新松田駅の標高は60m、対照的に1km先の西平畑公園の標高は180m、高低差が激しい園内は、バリアフリーの階段が整備された。2月中旬から3月初旬、満開の河津桜のピンクの花で彩られるコースは、伸びきった葉っぱが、強くなった日差しから守ってくれた。
園内を走る全長1,1kmのふるさと鉄道は、メンテナンス中、子供たちの姿はなく、休日にも関わらず、人はまばらだった。午後3時30分に閉館する自然館は、スタッフが清掃作業をしていたことにより、ドアが開放されていた。中に入り、見学を許可してくれた。丁度蝶の孵化に合わせて、虫取りかごの中に入った葉っぱに、複数の種類の幼虫が張り付いていた。天敵の鳥から身を守るべく、すっかり葉に溶け込んでいた。生物学用語では「擬態」という。

自然館は、土曜日を中心に、定期的に子供たち向けのイベントを主催する。室内ではワークショップも開くという。酒匂川沿いの豊かな自然を後世に残すべく、テーブルの一角には岩石を並べ、壁には野鳥写真が展示されている。西の富士山と共に、南側の足柄平野を望む山中、ミカン畑やブルーベリ畑に囲まれ、摘み取り体験も開催されるという。隣接する秦野市と共に、人々の暮らしのそばに農業があった。
園内のハーブガーデンの傾斜地に設けられた庭には、紫のラベンダーと共に、オレンジのカーベラが咲く。地形を利用して、見上げるような構図にするべく、中腰になって、撮影する。白を基調とした建物に、薄紫のアジサイやオレンジのカーベラを添えると、より見栄えがよくなる。カーベラの花言葉は「前進」」や「希望」、ポジティブな意味を含む。

かけがえのない自然を思う気持ちは、続くサビの歌詞に表現されている。
歌詞:「かけがえのないもの 君と話していると 伝染してくるよ 嬉しいことも」
森林欲をすると、セラピー効果により、心も体も軽くなり、秘めた思いを打ち明けやすくなる。
歌詞:「君の悲しみも 全部受け止めたい 昨日と違う朝日が昇る 泉から溢れるこの気持ち」
松田山山麓西平畑公園から、低地の開成町アジサイの里へと向った。田畑の合間に、アジサイの花が咲く風景は、故郷を彷彿とさせる。午前中訪れた秦野市の鶴巻アジサイ散歩道と比較しても、開成町アジサイの里は、水路と田んぼとの距離感が近い。

歌詞のとおり、泉から溢れるかのように、澄んだブルーのアジサイと、緑の稲穂が育つ田んぼの競演に、心が沸き立っていく。


第6章 フィーナーレ 秦野の夜景に思いを馳せる
時刻は午後5時30分に迫っているものの、太陽が高く上る夏至の頃、陽差しがたっぷりと降り注いでいた。アジサイは暑さにも負けず、しっかりと花を咲かせていた。旅はいよいよフィナーレを迎える。
最後の舞台は、昼間にも訪れた渋沢丘陵・今泉町の高台、陽がかげる中、農道から人の姿は消えたものの、相変わらず茂みからウグイスが鳴き声をあげていた。農地に咲くアジサイに近寄りながら、町を眺めた。刻一刻と変わっていく空の色とは対照的に、麓の建物や街灯から明かりが灯る。そよ風にあたると、心が研ぎ澄まされる。
写真=5月26日(日)19時13分
Cメロのサビ:「かけがえのないもの それはあなたよ こんなに距離が 縮まっていたよ 太陽が降り注ぐ 丘に佇み Absolutely invaluablue love Absolutely invaluablue love agein」
人が行き交う昼の景色と異なり、夜は家々の明かりにより、生活観をより感じられる。
写真=6月16日(日)
19時20分 19時27分

丹沢の山並みがシルエット状に浮かぶ中、秦野の町の明かりは、進むべき道を示してくれるようだった。
歌詞:「Oh…So long long long long time I’ll give you,everything We….」
<終わり>
最後に2024年の上半期の同地域の観光の様子を紹介する。
1回目 3月3日(日)テーマ曲 この愛に泳ぎ疲れても
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写真=3月3日に訪問した厚木市ぼうさいの丘公園のトワイライト時
2回目 3月17日(日)3回目 4月7日(日)テーマ曲「Season」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987395407&owner_id=32437106
写真=4月7日(日)水無川沿いの桜並木

4回目 4月29日(日) 5回目 4月30日(月・祝)テーマ曲「MIND GAME」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1987625061&owner_id=32437106
写真=4月29日(日)弘法山公園の1角 ネモフィラ畑
作詞者坂井泉水は、確かに遠くへ行ってしまった。生前に記録されたCDやDVDを通して、彼女の歌は聴き継がれている。唯一坂井泉水が所属した事務所から公認されたトリビュートバンド「SARD UNDER GROUND」を初め、後世のアーティストが、カヴァー曲として披露することにより、新たにファン層を掘り起こす。事務所側も、オフィシャルサイトにて、2026年のデビュー35年企画を実施すると、予告した。既にベスト版のリリースに伴い、ファンによるリクエストを受け付けている。
写真 掲載元 坂井泉水さんと共に『2024年2月10日祝ZARD Xアカウント 2024年2月10日付
https://x.com/ZARD061027IS/status/1755971967507996704
2007年5月27日に突如この世をさった坂井泉水が育ったのは丹沢山麓の麓秦野市である。歌を通してメッセージを発した彼女の魂は、永遠に故郷で生き続けていく。
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