20代半ば頃、映画に出る羽目になったことがある。国分寺のギャラリーで一度だけ会ったことがある人から電話があり、大学の卒業制作の映画に出てくれという。適当にサックスを吹くだけのちょい役だからというし、ちょっと面白そうだったので何だか分からないまま承諾した。そのとき僕の頭の中に浮かんだのがジム・ジャームッシュの「パーマネント・ヴァケーション」。これはジャームッシュの大学卒業制作で、冒頭には無名の路上サックス奏者がニューヨークの喧騒の中、適当な即興演奏をしているカッコイイ場面がある。また、途中ジョン・ルーリーが路上サックス奏者としてちょっとだけ出演している場面もある。僕はこれらの場面が大好きで、こんな感じでちょっとだけ映るのかなと思っていた。
しかし、打ち合わせに行ってみて台本を渡されて驚いた。ちゃんとセリフもあるし演技もしなくてはならないし、結構出ずっぱりなのだ。サックスを適当に吹くだけじゃないのかと困惑する間もないままいきなりセリフの読み合わせ。今さら無理とか言えない雰囲気だったので、なんとなく出演することになってしまった。そもそも僕は演技などしたことは無いし、というか演劇とは無縁だし、どうやっていいのか全く分からず、ずっと素で通してしまった。
監督(二人)もスタッフも全員美大生。僕は大学卒業後に通ってたセツモードセミナーを卒業したあたり。たぶん価値観なども自分とそんなに変わらないので、わりかしすんなりと溶け込めた感じがして、やりやすかった。当時ちょうど体調が最悪で薬を飲みながらなんとか元気なふりをしていたけど、あまり苦痛だったという記憶がない。それだけ楽しかったのだろう。国分寺周辺では路上でのロケなどもあって、結構な人数の本格的な撮影隊の中で演技したりするので、そこはどうにも恥ずかしかったが、何故か緊張することは無かった。僕だけ遊び気分だったのかもしれない。
冬に卒業制作展みたいなのが美大であって、そのときに完成された映画を見た。16ミリ白黒短編映画。自分が関わったからなのか、とてもいい作品に思えた。映像がかっこいいしスクリーンに映った自分もちゃんと演技出来てるかのように見えるしで、撮影した監督たちの力量に驚いた。それまで趣味で見よう見まねで撮ってるんじゃないか位にしか思ってなかったのだ。考えてみりゃ美大でそれなりにカメラワークだの何だのを学んでたのだから当然といえば当然のことなのだが。
今思えば、あれが最後の学生生活だったのかなあとか思う。当時はもう学生ではなかったけど、なんとなく大学の補習みたいな感じがした。大学で何も大したことをやらずに卒業してしまったことの埋め合わせ的な、少しは何かを残しなさいという天の采配にも思える。全部で何ヵ月かかったのか忘れてしまったけど、あの期間がまるごと「LAST DATE」という感じだ。今でもなんで僕が誘われたのかよく分からない。偶然が重なった縁だったんだろうけど、貴重な体験だったなあと思う。あの撮影のこと思い出すと、スタッフたちの顔が何故かみんな笑顔で思い浮かぶ。
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