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2024年03月21日09:04

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「12日の殺人」

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事が予定より大幅に先行したので、久しぶりに映画をハシゴして来た。一本目はすでに一日一回の上映になっている『12日の殺人(原題:LA NUIT DU 12)』。普段は好んでフランス映画を観ることはないのだが、周囲の評判がなかなか良いので上映が終了する前にと出かけた次第。

【 物語 】 2016年10月12日の夜、フランス・グルノーブル警察の殺人課捜査班ではベテラン班長の定年退職祝いの会が行われていた。温厚で部下からの人望の厚い前班長が、生真面目だがちょっと変わり者の新班長ヨアンに後を託し、ご機嫌で集合写真におさまっている、ちょうどその頃、田舎町サン=ジャン=ド=モーリエンヌで事件が起きていた。パーティー帰りの21歳の女子大生が夜道で何者かにガソリンをかけられ、生きたまま焼き殺されたのだ。死因は気道と肺の火傷による窒息死。翌日、新班長ヨアンと捜査班は事件現場に向かう。本来は憲兵隊の管轄なのだが、特別に警察に捜査依頼が来たのだ。車中、新人の刑事が「お前は黒猫だ」と先輩刑事達に冷やかされる。黒猫は不吉の象徴で、厄介な事件を招いたり、事件を迷宮に誘い込んでしまうと捜査班では信じられていた。異動してきたばかりの新人刑事が当直した晩に事件が起きたことから、彼が黒猫だと笑われたのだ。

 現場検証のさなか、被害者のスマホに電話がかかる。ヨアンが電話に出ると、相手の女性は「クララのスマホでは?」と尋ねた。彼女はナニー。被害者の親友だった。ナニーの証言から被害者の名前がクララだと判明する。警察署内でナニーの聴き取りが行われ、クララの交友関係が明らかになるが、男友達全員がクララと肉体関係があるとわかる。クララは惚れっぽく、奔放な男性遍歴を繰り返していたようだった。ヨアン達は捜査対象の男友達をひとりずつ、当たって行くのだったが・・・。

 この先、少しネタバレします。










 新班長ヨアンはベテラン刑事のマルソーと二人でクララの自宅を訪ねる。「俺は遺族に伝えるのは苦手だから、あんたがやってくれ」とマルソーに促され、ヨアンは母親にクララが殺されたことを伝えようとするが、突然、言葉に詰まり、何も話せなくなってしまう。あとでマルソーにそのことを指摘されると、ヨアンは言う。「母親の後ろに被害者が黒猫と一緒に写っている写真があった。あれを見た瞬間、目の前に黒い穴が広がったようで何もわからなくなった」のだと。よくあることだ、とマルソーはヨアンを慰める。しかし、ヨアンはわかっていた。それが「事件の迷宮入り」を予兆させるものだと。

 クララの男関係を次々に洗って行くヨアンとマルソー。どの男も真面目にクララと交際していたわけではなかった。「タイプではなかったが、彼女の方が積極的で数回寝た」「自分には他に彼女がいる」「彼女は単なるセフレ。自分以外に男がいることは知っていたが、嫉妬はしていない」など、誰一人としてクララの死を悲しむ者はいない。やがて、クララを焼き殺すという歌詞のラップをYouTubeにアップしていた男が署に出頭してきた。彼はクララの元カレのひとりだった。自分は母と二人で生活していたが、稼ぎが少ないのにクララからは贅沢なデートを要求され、腹が立ってラップを作って、YouTubeにアップした。事件のことを知り、ラップから殺人の容疑がかかることを恐れて出頭して来たのだった。しかし、誰も彼も怪しくはあっても殺害の動機には乏しく、決め手を欠いた。

 ある晩、マルソーが「妻から離婚を切り出されている」とヨアンに打ち明ける。マルソーの妻は子どもを欲しがっているがマルソーとの間に子どもができない。避妊もせず、努力はしているのだが実らず、ついに妻は業を煮やして三か月前から浮気に走り、浮気相手の子どもを妊娠したのだ。「わずか三か月で不倫相手の子どもを宿したことの方にショックを受けている」とマルソー。妻との不和が、やがて、マルソーの捜査にも暗い影を落としていく。

 この映画は事件を追うヨアンたち捜査班の姿を丁寧に描きながらも、なかなか事件の核心には迫って行かない。誰がクララを殺したのか? なぜ、クララは殺されたのか? 容疑者は捜査線上に浮かんでは消え、有力な証拠も次々に登場するのだが、容疑者には辿り着けないのだ。ただ、クララ殺害事件を捜査する過程で、ヨアンたち捜査班の刑事が徐々におかしくなっていく日常を静かに追うのみである。連夜、自転車競技場でトレーニングするヨアンも事件のことが頭を離れず、不眠症に陥る。捜査会議ではクララの行状について意見をいう部下の何気ない表現にイラつき、ヨアンは思わず声を荒げてしまう。マルソーがDV男に暴力をふるったのは、DV男の今の彼女がマルソーの妻ナタリーと同じ名前だったからだ。DV男が犯人だったとしても、マルソーの暴力のせいで不起訴になるかも知れない。これではもはや限界と、ヨアンはクララ殺害事件捜査から手を引く。そして、三年。新任の予審判事が引き継ぎ資料の一番下からクララ殺害事件の資料を発見。ヨアンは彼女に呼び出され、再捜査を命じられる。女性判事が予算を確保し、捜査班には優秀な女性刑事も参加。今度こそ、事件が動くかと思われたが、不発に終わる。やはり、犯人がクララ殺害を後悔し、3周忌に彼女の墓参りをするかも知れない、という予想自体が甘かった。

 殺人課の刑事の多くは迷宮事件に憑りつかれる。犯人を逮捕することが被害者とその家族にとって唯一の救いだとよくわかっているからこそ、彼らは憑りつかれるのだ。現場で何か見落としていなかったか、捜査に間違いはなかったか、今、犯人はどこで何をしているのか。それを考えると、夜眠ることができない。ヨアンの知り合いの老刑事にとっては行方不明になった少女、前班長にとっては「鍋で殴打され、最後は拳で殴られた老女」。彼女は床に飛び散った血を全てきれいに拭き取ってから、自分の毛布にくるまって死んだ。最初、誰が床の血を拭き取ったのかがわからなかったが、老女自身が行ったものだと判明し、前班長は事件に憑りつかれる。そして、ヨアンにとってはクララ殺害事件だ。

 意外なのは、フランス警察の捜査では容疑者の電話の盗聴が普通に行われていることだった。路上の監視カメラが「自治体の予算不足」でずっと以前から映像記録が停まっていたり、予算がなくて張り込み捜査ができないなど、これでは「年間800件の殺人事件が発生し、2割が迷宮入りする」のも当然だ。第一、せっかく、クララの自撮り動画に犯人らしき人影が映っているのを発見しながら、「不鮮明だ」で終わってしまっているのも不可思議。犯人はガソリン容器とライターを用意し、公園のベンチでクララの帰りを待っていたのだ。彼女に恨みを抱き、ナニーの家で女子会が行われていることを知る人物をシラミ潰しに洗い出すのが基本だろう。このあたり、捜査方針が間違っていると思う。ヨアンは生真面目だが、やはり力不足、経験不足だという印象を強くする。映画自体はとても魅力的な雰囲気をもっているのに、結局のところ、捜査陣の焦燥や被害者遺族の苦しみなど、「迷宮入り事件一般をとりまく空気感」を思わせぶりに描くに留まってしまったのは惜しい。せめて、本筋のクララ殺害の動機や犯人らしき人物像をぼんやりとでも臭わせて終わってほしかった。「映画『ゾディアック』『殺人の記憶』を彷彿とさせる」という本作の謳い文句は残念ながら、少々、言い過ぎだ。両作品とも、映像の緊張感、鑑賞後の重苦しさがまるで違う。



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