韓国映画『国家が破産する日』を観た。
原題は『Default』
面白かったねぇ。
これ、近現代史の史実をもとにしているんだよね。
韓国の通貨危機のとき、俺は大学院生だった。
雑誌のNewsweekで、韓国の株式市場っぽい画面の写真と泣き崩れる中年女性の写真がオーバーラップした表紙をなんとなく覚えている。記憶ちがいかもしれないけど。
映画の感想は、いずれ整理してアップしよう。
たまたま今読んでいる本が『1997年―世界を変えた金融危機』という本でさ。
韓国の通貨危機他、日本、タイなど東アジアの金融危機についての本だ。
こちらも面白い。
こちらはドラマや小説ではなく、経済について解説する本だからね。
映画で観た韓国の通貨危機について、IMFがやろうとしたのは韓国の構造改革であって、通貨危機に関して言えばそこまでする必要はなかったのではないか、という話があった。
当時のIMFは、アメリカ政府の意向を強く受けていたという話もあったし、映画の中でもIMFの理事とアメリカ財務局の次官が同じホテルで泊まっていて、
「IMFはアメリカの意向を受けているのか?」
と主人公側に追求される場面もあった。
映画になっているくらいだし、新書「1997年」の方でもそういう記述はあったから、当時もしくはその少しあとくらいから、え?という疑問はあったのだろうね。
IMFが融資したことによって、韓国では多くの中小企業がつぶされ、大企業にリソースが集中した。
結果的に、それが今の韓国経済の強さにつながっているということは考えられる。ただ、聞くところによると今の韓国経済は圧倒的にサムスンやヒュンダイなどの大企業に支えられており、そこ以外の企業はけっこうしんどいという話だ。また財閥系企業に入っても、一定の年齢を超えると退職に追いやられ、激化した競争社会に疲弊する人も多いという。
映画『半地下の家族』は、そういうあたりを描いているのだろうな。
映画の中で主人公の一人は中小企業や韓国国民の一人一人を守るために、IMFの導入をなんとか阻止しようとしていた。
IMFが融資する際の条件としていたのが、中小企業の淘汰だったから。
史実の中で、韓国側でどういう議論があったのかは知らない。
しかし現在の視点で、IMF、グリーンスパンは韓国に対して通貨危機対策以上のものを求めたのではないか、というのは「1997年」の中でも記述されていたところ。
国際機関であるIMFが、韓国という独立した国の構造改革を求めたのは、その役割を大きく逸脱していたのではないかという議論がその後あり、「1997年」においてもそのあたりについて、グリーンスパンの弁明や歯切れが悪いといっていた。
結局、アメリカ政府に求められたからじゃないの?と。
では、韓国が求められた構造改革とはなんだろう。
英語は、論理が明確になりやすい言語だという。
一方で日本語は、そのあたりがあいまいであっても、わりとふわっとまとまってしまうのだとか。
だから、英語は科学論文になりやすい面があるのだとか。
養老孟司氏と藻谷浩介氏の対談や、内田樹氏と三砂ちづる氏との対談など、最近読んだ本でもわりとそのあたりの話、でてきてたな。ちなみにブラジルで長く住まわれていた三砂氏によれば、ポルトガル語は感情的になりやすいみたいな話が出てたっけ。
その国の言語といってしまうと根本的な話になってしまうかもしれないが、それ以外にも各々の持つ国の歴史が持つ不合理さ、理不尽ともいえる慣習。そういったものを論理、合理を旨とするアメリカが嫌ったのではないか。
だから、歴史的な背景のある不合理を排除、つまるところ中小企業のようなより多くの人に根差した領域を切り捨て、欧米についていける大企業が残るよう画策した。
意識してそうしたとまではいわないけど、外国からみてなんか不合理だと思う部分を整理させたら、そうなった、ということじゃないのかなぁ。
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