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2023年11月26日15:10

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【ブックレビュー】ピュロン主義哲学の概要

ピュロン主義哲学の概要
セクストス・エンペイリコス著
金山弥平・金山万里子訳
京都大学学術出版会


 どうも私は“否定から入る人”と見られがちで評判が悪く、困っています。現代はマスメディアにもネットにもフェイクニュースが溢れ、リアルでは隙あらば騙してやろうという人が大勢いますので、“肯定から入る人”はとても危険です。ではなぜ“否定から入る人”の評判が悪く“肯定から入る人”が評価されているのかというと、“肯定から入る人”は部下として扱いやすいからだと思います。会社でも軍隊でも、命令を受ける側が“否定から入る人”ですと、組織が回りませんので、良い部下は否定から入らない、という風潮になっているのではないでしょうか。私は零細自営業者ですので、何でも肯定していてはいつ誰に騙されるか分かりません。ですから、自分自身は“否定から入る人”で良いと思っています。なかなかそうと宣言できないのが悩ましいです。肯定から入るのはコウペンちゃんだけでいいですね。


 本書は、懐疑主義の祖ピュロンの系譜を受け継ぐ著者の現存するふたつの著書(というかシリーズ)のうち、どちらかというと入門編です。ただ、タイトルは著者が付けたわけではないそうです。

・・・・・
 一五六二年、一冊の書物がヨーロッパで出版され、哲学史上、他に類を見ないほどの反響を呼ぶことになった。出版されたのはセクストス・エンペイリコス『ピュロン主義哲学の概要』のラテン訳であった。以後、モンティーニュ、デカルト、ヒューム、カントなど近世哲学の主要な哲学者たちや、それほど著名ではない他の多くの思想家たちが、「きみは何ごとかを知りうるか?」という問いを突き付けられ、各自この問いに対する答えを模索するなかで、認識論を中心とする近世哲学の流れが形成されていく。哲学の歴史に及ぼした影響の大きさにおいて、セクストスは、プラトン、アリストテレスと比肩しうる古代の哲学者であった。
・・・・・(P432)

 という訳者の解説通り、重要な著作ではありますが、知名度ではイマイチ?かもしれません。ピュロン自身が著作を残さなかったので、本書のように弟子達が記述していくしかないせいでしょうか。ただ、本書は、古代哲学者の著作の多くが失われているため、セクストスの批判を通じて、当時の哲学者や議論を知るための貴重な資料という評価もあります。ピュロンは紀元前300年くらい、セクストス自身は紀元後200年くらいの人とされていますが、生きた年代や著作の執筆順がはっきりしないあたりも面白いです。


 本書は全三巻を一冊にまとめてあり、第一巻では、懐疑主義とは何か、等の説明をしています。有名な「一〇の方式について」「五つの方式について」といった懐疑主義の本には必ず登場する重要なテーマも登場します。第二巻と第三巻はではより具体的な考察を展開していて、とても興味深くエキサイティングです。ただ、あくまでも「概要」という事で、より深い考察はもうひとつの著書『学者たちへの論駁』を参照との事です。この点、訳者が両書の対応部分や他の哲学者の著作の参照ページを2ページ毎に挙げていてくれて、詳細な補注も併せ、ものすごい労作だなと感銘を受けました。「翻訳と注釈は哲学の王道」と何か(たぶん世界哲学史・違ったらごめんなさい)で読みましたが、本当にすごい作業です(語彙不足)。


・・・・・
 (前略)存在するものが現れているとおりにあるかどうかを探求する場合には、われわれは、それがそのように現われいることは認めながら、現われではなく、現われについて語られることを探求の的にしているのである。そしてその後者の探求は、現われそのものを探求の的にするのとは別の事柄である。
・・・・・(P17)

 相関主義や言語哲学みたいですね。


・・・・・
 (前略)例えば、エピクロスは、目的を快楽に置き、また、あらゆるものが原子から構成されているからには、魂は原子から構成されていると言っているが、その場合、どのようにして諸原子の集積の内に快楽が生じうるのか、またどのようにして、このものは選択されるものであり善いものであるが、かのものは回避されるものであり悪いものであるという承認とか判断が生じうるのか、答えるすべはないのである。
・・・・・(P360)

 これは意識のハードプロブレムΣ( ̄□ ̄|||)。


・・・・・
 (前略)例えば、エウリビデスは次のように言っている。
 (中略)
 はじめから生まれてこないのがこの世の者にとっては最善のこと、
 またきらめく太陽の光をも目にしないのが―
 しかし生まれたからには、できるだけ速やかにハデスの門をくぐり、
 厚い土に身を覆われて横たわるのが。
・・・・・(P380)

 反出生主義ですね…。


 ただ、中には強引といいますか、「10の分割」(P235)のように、いやその理屈はおかしい、と言いたいのもあります。それらも含めて、ピュロンやセクストスの主張は、

・・・・・
 懐疑主義とは、いかなる仕方においてであれ、現われるものと思惟されるものとを対置しうる能力であり、これによってわれわれは、対立〔矛盾〕する諸々の物事と諸々の言論の力の拮抗ゆえに、まずは判断保留にいたり、ついで無動揺〔平静〕にいたるのである。
・・・・・(P9)


 を目指す、という姿勢を続けようという事です。
 また、特に、すぐに神様を信じてしまいがちな人は、神について(P263〜)を読んで、神様とは何かについて考えてみて欲しいです。


 慌ただしい現代社会、私達は一日中何度も「判断」を迫られて生きています。もちろんビジネスや日常生活では保留せずに判断せざるを得ない場面も多いですね。ただ、冒頭に書いた通り、世の中は嘘と悪意に満ちていますので、うっかりと騙されないように、判断をいったん保留にして立ち止まる、という慎重さを古代懐疑主義から学びたいと思います。


 読んでる途中で気づいたのですが、訳者の金山弥平氏は、以前読んだ『古代懐疑主義入門』
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1979415380&owner_id=29675278
の訳者でした(おっそーい)。

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