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2024年05月26日20:15

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【ブックレビュー】語源から哲学がわかる辞典

語源から哲学がわかる辞典
山口裕之著
日本実業出版社

 先日、知人から「哲学の本を読んだり動画を観たりしても、用語が難しくて眠くなる」というクレーム(笑)をもらいました。確かに、日常生活ではまず使わない用語や、意味が違う用語が多いですね。その時は「それまでに無い新しい概念には新しい用語が必要なので造語しなければならないし、翻訳の際に仏教や中国哲学から援用したりもするので、難しい用語になってしまうのは仕方ないです」と答えておきましたが、用語の解釈や理解は哲学だけでなく、多くの学問で高いハードルになっていると思います。


 本書は、大学で哲学を教えている著者の「本当の初心者にお勧めできる入門書になかなかめぐり会えなかった。そこで、それなら自分で書いてしまおうと思って書いた(後略)」(P2)という動機から生まれたようです。タイトルは「辞典」となっていますが、調べるための辞典ではなく、読み物として読み進めつつ、重要な用語を調べる事もできる、という体裁になっています。



 私も含め西洋哲学を理解できない人にとって重要なのは、「存在論」という用語についての次のような指摘だと思います。ちょっと引用が長くなりますが、本書の雰囲気を感じていただきたいです。


・・・・・
 ギリシア語のオンも英語のbeingも、日本語では「存在」と訳されるが、これではbe動詞の意味のうち、「ある:existence(実在=物としてあること)」の方しか訳されていない。be動詞には、物の種類や属性などを示す「〜だ」という意味もある。そして、「オントロジー」は、その二つの意味にまたがって展開されるのである。そのニュアンスを日本語では一語で表現できないので、あえて訳すとすれば、「存在とその種類や属性などについての理論」とでもする他ない。あるいは、訳すのはあきらめて「being論」と言った方が、誤解が少ないかもしれない。西洋思想における「存在論」が、われわれにとっていささか煩雑で理解しがたいことの一因は、be動詞のこうした二義性にある。
・・・・・(P92 「西洋思想における〜」以下は太字)


 と、こんな具合に、哲学用語の難しさや誤解されやすさを解きほぐしていきます。


 もうひとつ西洋哲学というか西洋思想の特徴。


・・・・・
 これは突拍子もない結論のようだが、論理的帰結である。論理を突き詰めていった結果、われわれの経験とはまったく相いれないような結論が出たときに、「経験の方が間違っている」と断言してはばからないのは、西洋思想の大きな特徴である。
・・・・・(P94 「われわれの〜特徴」太字)


 おそらく、イデアや物自体や神仏の存在を心の底から信じている日本人はそれほど多くないと思いますが、西洋人は、物理的実体を持たない何かの存在を本気で信じている人が多いように思います。現在流行している実在論がなかなか私の腑に落ちないのも、ここを信じられないからでしょうか。


 アリストテレスの「ウーシア」「エイドス」の多義性による議論の混乱、そこから発生した西洋哲学の議論の盛り上がりと発展、はとても面白いです。(P119)


 こんな流れで第3章までは主にギリシャ哲学で、第4章は神学です。P147〜P149の「自然科学とプラトン的キリスト教的世界観」等、自然科学とプラトン・キリスト教の関係は本書の重要テーマのひとつだと思います。


 第5章は認識論で、デカルトが主ですが、近代科学への影響という点でマルブランシュを重視しています。ただ、「神は自然法則と名を変えて健在なのである」(P198)と言われても受け入れるのは難しいです。むしろ神への冒涜ではないかと心配になります。他には、ライプニッツやバークリ等を紹介し、現象学や実存主義は軽く触れるだけで本編終了な感じです。たぶん、哲学を専攻しない学部1年生対象ですとこのくらいが限界かもしれません。ここまででもかなりがっつり哲学をやっています。


 興味を持った方は、終章のP233〜P237「西洋哲学とわれわれ」を先に読んで、哲学とは何か、に対する著者の考えを知っておくと本書を読みやすくなるかもしれません。自由意志やAIといった身近で新しい問題を題材にして若い人はリアルに実感しやすいと思います。また、通読した後に、太字の部分と各章のまとめを読むのもお勧めです。「出典と余談、あるいはさらに詳しく知りたい人のための文献ガイド」もとても親切で各書を読みたくなります。


 本書で語源を探り理解してゆく作業を目の当たりにすると、ギリシャ語・ラテン語からフランス語、英語、として伝わった書物を苦労して日本語へ翻訳した偉大な先達への尊敬の念が芽生えます。用語が難しくても仕方ないですし、用語を理解する事の大切さも思い知ります。


 西洋人の思考や価値観を理解する一助になるのは間違いありませんが、ビジネス書の出版社から出されたというのが謎です…。


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