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2022年11月13日15:33

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学位(博士号)取得課題の遂行計画

学士の学位は
大阪市立大学で取得した(商学学士:1984年3月)

修士の学位は
関西大学(大学院)で取得した(文学修士:1994年3月)

だから京大は
博士の学位を取得する目的で入ったので(2002年4月)
学士の学位(学部の卒業)も
修士の学位(修士課程の修了)も
予定に入ってなかった。

なので
学部は
予定通り卒業せず
京大大学院の修士課程に合格したと同時に
学部は退学した。

けれども
学費を毎年払ってくれていた母にすれば
7年分の学費や
下宿代や
書籍費など
500万円ではきかない金額を
僕だけのために使っているのに
「覚は卒業してくれなかった」
と言ったのは正当だ。

なので
修士課程から
博士後期課程へ進学する際に
「進学」という形
つまり
「修士課程を修了して
 博士後期課程への進学を
 許可される形で進む」
のではなく
「博士後期課程選抜入学試験」を
パスする形で
博士後期課程へ「入学」しようと
していたのだけれども

母の願いを受け容れて
修士課程は
予定外の
「修了」
して(2012年3月)
そして
博士後期課程へ「進学」した(2012年4月)。

でも
このことで
変な安心感が出てしまったとしたら
それは最大の失敗だ。

そもそも僕は最初から
「京大では博士の学位さえ取得できれば
 学士の学位も修士の学位も要らない。
 学士の学位は大阪市立大学に授与してもらったし
 修士の学位は関西大学に授与してもらったので
 不要だ」
という意志を持っていた。

まあ
関西大学で得た修士の学位は「文学」で
京都大学で得た修士の学位は「教育学」なので
別物だから
「無駄」ではない
(その意味で学士の学位も
 大阪市立大学の学士が「商学」であるのに対して
 京都大学での学士は(教育学部を卒業するなら)「教育学」であるので
 これも「無駄」ではない)
のだが

僕は
「学士」の学位の区別
(つまり「商学」と「教育学」の区別や
 「医学」「理学」「薬学」「工学」「農学」
 「法学」「文学」「経済学」「総合人間学」
 などの区別)
を無視して
「十把(じっぱ)一絡(ひとから)げ」
(どれもこおれもあまり価値のないものとして、
 多数をひとまとめに扱うこと。また、
 何もかも一緒くたにして扱うこと)
で考えてしまっており

商学学士と
教育学学士では
全く別の価値や意義を有する学士なのに
「商学学士は取ってあるので
 宗教学学士は要らない」
と誤った判断をして
せっかく教育学系列の中では
日本でも第一級の水準である
京都大学の教育学部
(東大教育学部よりも偏差値は高かったと思う)
に入学できたのに

授業も出ずに
「教育学」というものを
学術的に学ぼうという姿勢を持たなかった
のは
大きな判断の誤謬だった。

なので
修士の学位に関しては
「嫌々(いやいや)」ではあったものの
「文学修士号」のみならず
「教育学修士号」を取得できたことは
意味のあることだった。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


博士の学位だけれども
教育学研究科の博士後期課程を
「研究指導認定」を受けた上で「退学」しているので
今年と来年までは
「課程博士号」への「申請資格」はあるので
来年までは「課程博士」の取得を目指す「権利」を
持っている。

それ以後は
「文学博士号」と同じ
「論文博士」への申請となる。

課程博士号の場合
「査読論文2本以上」の規定をクリアすれば
学位は授与されるので
最低限度でも
『教育哲学研究』か
『教育学研究』に
掲載される論文を1本
書けなければならない。

逆に言えば
『教育哲学研究』か
『教育学研究』に
1本でも査読論文を掲載できれば
「課程博士号」への「論文審査願い」を
提出できるところまで
来ている。

けれども
教育学博士以外に
文学博士(文学博士の場合は「論文博士」)
をも目指そうとするのであれば

日本ホワイトヘッド・プロセス学会誌である
『プロセス思想』第16号(2014年)
に掲載された論文は
文学博士号のために
取っておきたい。

教育学博士号は
教育という領域に
(とはいえ教育哲学という領域に限定されるが)
絞ったテーマで論じた文章で
統一したい。

教育をテーマにしない論文は
教育学博士号取得の際には
提出したくない。

なので

『教育哲学研究』と
『教育学研究』の両方に
学術論文を掲載した上で
学位の取得申請をしたい。

とはいえ
「今年か来年まで」
という期限を考えれば
『教育哲学研究』か
『教育学研究』のどちらか一方に
1本査読論文を掲載できるように目標を設定する
しかないだろう。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

「理性」という枠内に
留(とど)まり続けることは
僕の思考枠組みに
不要なストレスを加える。

なので
高天原は蒜山高原の
古民家で
自由に発想を飛翔させて
「ほんとうに書くべき文章」を
まずは実現させたい。

そうした上で
その内容を
「理性」という枠組みに押し込めた論文を作成して
これを学位申請に繋(つな)げる
という方向こそが

僕の特性を十二分に生かした
学位取得への道
だと思う。

学位に振舞(ふりま)わされる
必要はないけれども

シェリングが
非学問的宗教
に対して
学問的宗教としての哲学的宗教を
対置した目的は

理性が理解できる形式(形相)を
宗教は持たねばならない
(そうではないからこそ
 現在日本で問題となっている
 旧統一教会の(献金や政治活動)問題や
 オウム真理教の洗脳問題などの
 「過(あやま)ち」を
 見抜けない)
ということを
明らかにすること
だったと思う。

その意味で
シェリングは
宗教が持つ
危険性を解明し得た
最初の哲学者だった。

だからこそ
シェリングの『啓示の哲学』は
正しく理解されなければならず

理性を越える啓示を
シェリングの意図通りに
(場合によってはシェリングを越えて)
人類に伝える行為は
とても大切で重要で喫緊のこと
なので

動画を出し続けているのだ。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

ということで
学位取得は
生涯の課題として
(シェリングが宗教を非学問の段階から
 学問の水準へ(これまでの宗教の観点からすればそれは格下げであったが)
 「格上げ(ランクを上げること)」する必要と重要性と喫緊性を
 唱えたように)
これを目指すとして

とにかく僕は
シェリングが「将来の人類の課題」とした
「学問的宗教」としての「哲学的宗教」を
創始しよう。

そして
その上で
それが「学問的宗教」である限り

『教育哲学研究』や
『教育学研究』
のみならず

『シェリング年報』や
『宗教学研究』や
『宗教哲学研究』などの
文学博士号取得の為に必要な論文
(文学博士号の審査請求を出し得る論文)
を蓄積する為に必要な
文学・哲学系の学術雑誌へも
投稿可能な「宗教」であることを
意味する。

シェリングの『神話と啓示の哲学』を
現代の学術雑誌へ投稿して
それが「査読」を「合格」できるかどうか
判らないが

少なくともシェリングの時代
シェリングの文章は
学術雑誌へ掲載されていた
(シェリングの時代に「査読」制度があったかどうか
 判らないが
 どんな文章でも学術雑誌へ掲載されたわけでもないだろう)
わけであるから

現代の査読制度は
「理性」という「法廷」で
「学術水準にある」という「認定」を与える
これまでの人類の学術営為の「成果」であるから
これを「通過」できる論文であることが
シェリングの意図した「哲学的宗教」であることの
「証(あかし:証明)」となると
判断して良いと思う。

「規則(形相)」ばかりに目が行って
「内容(質料)」が無ければ(おろそかになってしまえば)
ナンセンスだ。

現代の学術誌に掲載されている論文は
読む気になれない
即ち
自分としては知りたい内容を全く持たない
ナンセンス(無意味)な文章でしかない。

自分が知りたいことが書かれていない文章は
それがたとえ学術水準をクリアした論文であろうとも
自分にとっては
何の意味もない。

そういう学術は
自分には不要だし

「査読」制度が
そういう「無意味な」論文しか
認めないというのであれば

私は喜んで
査読「不合格」の論文を
この世に存在させたい。

「規制」が
良い意味での
つまり
意義のある「自由」を
抑圧する場合

そういう「規制」は
打ち破られるので
(すくなくとも「改正」されるので)
なければならない。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

ということで
せっかく
高天原の古民家
という
「環境(英語:environment、surroundings、circumstances、
       a situation、conditions、a context.
    独語:die Umwelt、die umgebende Welt、die Umgebung、
       die [Lebens]umstände
    仏語:milieu、(雰囲気)ambiance」

来たことを
「導かれた」
と捉えて
この「場所」へ
「導かれた」
「意味」

実行(行為)したい。

☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

そもそも私に
父が与えた名が
「覚」
であり
妹に父が与えた名に
「道」
が入っており

サンスクリット(およびパーリ語)の
बोधि(bodhi:和訳=菩提)
の漢訳が
「智・道・覚」
であるということから

(父は
 政治的には宗教的な信心を持たなかっただろうけれども
 素朴な心の中では
 宗教心の人
 だったのかもしれない。)

私は
「覚」という名に
導かれて

あるいは
私の DNA に籠(こ)められている
直系の全祖先の意志に
導かれて

現在の私の位置と
現在までの私の文章は
在るのかもしれない。

そういうことに
気づき得るか
気づき得ないか
というセンスも

宗教や
哲学的宗教を
創始する者には
問われるのだと
思う。
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