一つ前の日記
にも書いたが
悟り
とは
内在超越者としての直系全祖先(その体現としての DNA 情報)からの逆限定
が直観されることによって
祖先の意志(直接的には身心の生理と心理の意志)を
体感的に感じ取りつつ
その意志に従って判断し行為すること
で
啓示
とは
外在超越者としての神(あらゆる存在の創造主)の自由な行為の帰結(現象)である
現実(歴史)的事実を
直観し
そうではない現象と
区別できるようになることで
変革された意識によって
判断して行為すること。
悟りは
自分自身の直系の祖先全体に限られるが
(DNA が限界だが、
それでも直系祖先「全体」であるということが意味するのは
単に生物としての人間や動植物を越えて存在全体へ及ぶため
結局は外在超越者としての神に「内側から」通じている。)
啓示は
自分の祖先に限定されないで
あらゆる存在と非存在を含めて
この世界を自由に創造する主体が
この世界に現れ出ていることへの
気づき
(創造主の所業(仕業=しわざ)であるものと
創造主の仕業ではなく人間の行為の結果(人工物)であるかを
区別できるようになること)
である。
この気づきは
「神を見た」という体験(Visio Dei=見神体験)に始まり
その体験が何であるのかを確認し探索し
同時に
その体験を凝視して深めてゆく行為の継続によって
徐々に充実してゆく。
「体験」は「一瞬」
であるけれども
「認識」は「漸進(ぜんしん)的」である。
その意味で
「体験」は「頓悟(とんご=瞬間的に悟れると主張すること)」的あり
「(神仏の)認識」は「漸悟(ぜんご=段階的に悟りに至る)」的である。
だからこそ
シェリングは
「積極哲学」としての「神話と啓示の哲学」を
創始したのであり
それは
未だ実現していないが
人類共通の課題としての
全人類に共通の「哲学的宗教」へと
媒介する
(「神話と啓示の哲学」が人類をして
宗教原理を理解して
哲学的宗教を創造できるように導く)
ためであった。
だからこそ
我々は
マルクスの失敗を越えて
本当の未来社会としての
神の国(極楽浄土)が実現できる
認識としての
宗教原理の獲得
(方法は単にこれまでの宗教的修行法を越えて
医学的治療法の一つとしての自律療法(自律性療法)によって)
と
シェリングの積極哲学(神話と啓示の哲学)を理解すること
(同時に
宗教原理を認識する哲学として
西田の絶対無の哲学
および
ホワイトヘッドの歴程哲学
を理解すること)
を通じて
ア・プリオリな総合判断を前提とした
ア・ポステリオリな分析判断を
修得して
今度こそ
マルクスが思い描いた
理想社会としての
(つまりこれまでの共産制社会ではなく
神の国としての、極楽浄土としての)
共産制(私有財産性を全面否定しない共有財産性)社会
を実現できるように
なるといい。
その際
「ことば(使用言語)」としては
「使役表現(二肢言語体系)」は「禁語」として戒め(戒律)
「中動態系言語体系」を「常用語」として制定して
皆が
「させる(支配)・される(従属)」の関係(二肢言語体系による思考枠組み)
を克服して
「なる(成る・為る・生る
=西洋の哲学的思考枠組みとしての「在る→為す→成る」にお対して
ホワイトヘッド歴程哲学の思考枠組みとしての「
成る→為す→在る」)」
あるいは
「ゆ・らゆ(自発・可能・受身=上代)
→る・らる(自発・可能・受身・尊敬=中古)
→れる・られる(自発・可能・受身・尊敬=現代)」
を
常用言語とする
思考枠組みで
物事を
捉え直してゆく過程を
経て
人類全体に
宗教原理の認識が深まって
「やるかやられるか」の思考枠組みを
克服して
「ゆ・らゆ(→る・らる→れる・られる)」の
「自発・可能・受身・尊敬」で
物事を捉えてゆく思考枠組みに
転換した人類(人たち)によって生み出される世界
が
現実となる日を
楽しみにしたい。
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最終更新
令和4(2022)年10月29日 16時50分
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