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2022年10月04日10:38

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神の遺した三つの希望 

 去る9月30日と10月1日に相次いで著名人が落命された事は実に傷ましい事象であった。正に言葉も出ないと言った感じであろうか?
 今回は「神の遺した三つの希望」と題して、この2名の方の生き様を改めて振り返る事にしよう。
 先ず9月30、かの三遊亭円楽師匠が悔しくも薬石効く落命に至ってしまった。さて、円楽師匠と言えば、言わば「腹黒ギャグ」であったり「辛辣な社会風刺」であったりその才覚は目覚ましい物があった事は周知の通りである!しかし!その生涯たるや正に困難の連続であり!非常な労苦の中を歩まれたのだ!先ず落語家を目指す際、故圓楽師匠に弟子入りする訳だが、問題デビュー後にあった様である!何か?それは、デビュー後から所謂「腹黒噺家」となるまでの下積みが2年もの長きに渡り、圓楽師匠がそこに助け船を出し!「腹黒でいかないか?」とのお誘いを受け、そこでメキメキと頭角を現したそうである。では氏が遺した希望とは何か?それは、良くお茶の間受けしていたギャグセンス、圓楽師匠に対しては「馬がしゃべるな!」であったり、はたまた故歌丸師匠にあっては痛烈に「やるか爺!」と、痛快極まりない笑いをお茶の間に届け、世に落語の世界の面白さであったり、噺の面白さを伝え続け!それが即ち国民の生きる希望となったのではないだろうか?然り!ここからも解る通り、笑いの神が遺した第一の希望は「笑い」である!
 閑話休題、去る10月1日にはこれも、嘗てお茶の間や政界を賑わした、アントニオ猪木氏が落命された。
 アントニオ猪木氏にあっても、その生き様は希望その物であった!と言えよう!アントニオ猪木氏と言えば持前の闘魂により「1.2.3ダー!」であったり「元気ですか!?」であったり、はたまた、「闘魂ビンタ」と言う縁起物を生み出したりと、この氏にあってもその才覚は非常に優れていたと言えよう。故に多くの者が涙したのだ!アントニオ猪木氏は東日本大震災の被災地に赴いたり、色々な場面で登場され持前の闘魂により気合を入れ!国民に力を与え!正に!その才覚は神業的であったのではないだろうか?然り!ここからも解る通り、アントニオ猪木氏が遺した希望とは、「闘魂」の二文字である!
 如何なものであろうか?ここまで2名の方の生き様や、その神業的遺産である希望についてみてきたが、そう思われたであろうか?
 さて、この2名の神業的芸能人が遺した第三の希望とは何か?それは即ち「生きる事そのもの」に対する希望だ!
 然り!生きていれば楽しい事ばかりではなく、時として人間は試練の中を歩み、時として憔悴し!「生きるのに疲れた!」とも言いたいであろう!しかし!そんな時には是非!この2名を回顧されたい!
 この2名とて試練数多であり!それでも尚!お茶の間に笑いと勇気を届けてくれた、言わば英雄である!であるならば!我々はここから謙遜に且つ貪欲に学び!この両名の死を無駄にしないよう努める事だ!それこそが!その両名に対する尊敬であり!そこから学ぶ事を通して人間は成長していくのだ!
 故にだ!この両名が遺した三つの希望「笑い、闘魂、生きる事」を常に意識し!時には涙に暮れる日もあって良いのだ!しかし!涙の後に必ず!立ち上がり!再び力強く!前を向いて前進しようではないか!それでこそ!この両名は浮かばれるのである!
 故に!ある程度この両名の死を悼んだなら!是非今度は自身がこの三つの希望「笑い、闘魂、生きる事」を周囲に伝えられるよう。今度は自身の番だ!と力強い一歩を踏み出して行こう!そして、涙に暮れる様な日は思いっきり泣けば良い!しかし!その後には必ず明日への希望を抱き!這い上がり!命ある限り生き続けよう!これが!これこそが!この両名の神的存在が遺した遺言である!
 故にだ!我々は辛い時是非この三つの希望、「笑い、闘魂、生きる事」を思い起こし!前進して行こう!
 彼らが遺した三つの希望、それは「笑い、闘魂、生きる事」だ!そしてその点に於いて彼らは神業的存在だったのだ!

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